第三百六十四話
帰り道の大輝たちはほとんど口を開かず、静かな道中となった。
山の魔素は発生点がなくなったために、徐々に薄まっていくのがわかったが、大輝たちの中でそれを喜ぶ声をあげる者はいなかった。
手綱を握るのは秋。帰りの馬車になると誰ともなく多少の会話はうまれたが、それでもいつもの明るさとまではいかなかった。
しかし数日経ち、街が遠くに見えてきたところでふと大輝が口を開いた。
「これじゃ、駄目……だよね」
魔族に気圧された自分たち、そしてショックを受けたまま落ち込んでいる自分たち。
「そうね……」
なんとか声を絞り出して賛同したのは秋だったが、普段とは違い、呆然とした返事はまだ気力が足らないように見える。
「もおおお! みんな辛気臭いよ! あいつは確かにすっごく強そうだった。確かに今のうちらじゃ勝てないかもしれないよ? でもさ、それは今のうちらなんだよ!」
耐えきれないように大声を上げたはるなは雰囲気の悪さに苛立っており、思いのたけをぶちまけた。
しかし、それは正論であり、自分が弱いということを認めた上で更に上を目指すというはるなの強さだった。
「そう、ですね。私恥ずかしいです、正直あの魔族の姿を見て何も言うことができませんでした。あの時はただただ恐怖するばかりで……」
悲しげに表情を曇らせたリズも自分の弱さを認める。
「うん……でも僕たちはあの魔族に今の段階で出会うことができてよかったと思う! だって、五人揃って無事なんだよ? だったら、ここから上を目指すことができるんだよ!」
大輝はみんなに向けてではなく、自身を鼓舞するためにわざと明るく大きな声で言う。暗いままで悩むのは自分たちらしくないと思ったのだ。
「もっといろいろな修行方法があると思う」
冬子が城で読んだ本には様々な強者についての情報も載っており、その中にはかつての勇者たちが行った特別な修行法についても載っていた。
「そうさ、まだまだ僕たちは実力で伝説の勇者に遠く及ばない。でも、伝説の勇者だって最初から強かったわけじゃないんだよね?」
大輝のその問いにその通りだとリズと冬子が頷く。
「最後にはあんなことになってしまった勇者ですが、こちらの世界に召喚されてから多くの師のもとで学び成長したと聞いています」
「うん、あの物語も最後のとこがちょっと胡散臭いし、きっとすごい勇者だったんだと思う」
リズと冬子が思い浮かべているのは同じ物語、千年前の魔王と戦った伝説の勇者の話だった。
「千年も語り継がれる伝説の勇者ですら、きっと最初は僕たちのようにひよっこだったんだよ。だったら、今の僕たちだってひよっこなんだ。雛鳥は成長して羽ばたくんだよ!」
まるで演説をするように語り掛ける大輝にとって勇者という響きは憧れでもあった。地球にいる時に物語やゲーム、アニメの中で戦い称えられた勇者。それらは皆、素晴らしい実力を持った者ばかりだった。
自らが勇者と呼ばれるようになってからも、その憧れは大輝の中に強く存在していた。
「まだ僕たちは勇者見習いなんだ。だから、本当の勇者になれるようにがんばらないと!」
その勇者ですら、様々な成長の末に勇者として認められた。ならば、今の自分たちは現状に満足せずに上を目指さなければいけない。そう強く思っていた。
大輝が明るさを取り戻すことで、馬車の中の雰囲気もいつものものへと戻っていた。
気をとりなおした一行は、盛り上がった気持ちでトゥーラへと凱旋する。
報告のため真っすぐギルドへと向かうと、すぐにギルドマスターのもとへと通された。
「うむ、ご苦労だった。……それで山はどうだった?」
開口一番、ねぎらいもそこそこにグランは結果について質問をした。
「結果だけ言うと、おそらく魔素はこれ以上増えないと思われます」
「おぉ! さすがは勇者殿!」
それを聞いたグランとミルファは喜びを顔に表した。しかしすぐに大輝たちの表情が固いことに気付き、喜びを一旦引っ込める。
「続きがあります」
これで話は終わりではない。そう言う大輝に続きを話すよう促し、グランたちは再び聞く体勢に戻る。
「原因である魔素を生み出す武器を取り除くことはできましたが、それをやったのは僕たちではありません」
そこで不思議そうにグランとミルファは顔を見合わせる。他の冒険者を派遣した覚えもなく、大輝たち以上に魔物と戦える者の心当たりはなかった。あっても、恐らくは街から離れていた。
口を開こうとするとこみあげてくるあの時の悔しさを押し隠して、真っすぐグランたちを見ながら大輝は淡々と起こったことを話していく。
「僕たちは山にはびこる魔物たちを倒しながら登って行きました。すると、魔素を吐き出している洞窟を見つけたんです。恐らくはその洞窟の奥に魔素の原因があるのだろうと。……その予想は当たり、奥の広場のような場所の中央に黒い剣が刺さっていました」
頷きながら話を聞いていたグランは、その剣はおそらく森で戦った魔物と同種のものであろうと考えていた。
「それだけならよかったんですが、その剣の傍には魔族がいたんです……」
「魔族!!」
「まさかそんな!」
大輝の言葉にグランは焦ったように立ち上がり、ミルファも嘆くように口に手をやる。
これまで魔族領に近い場所ではたまに魔族を見かけることもあったが、こんな内陸のしかも目立った場所ではない山の洞窟の中に現れることはいまだかつてなかった。
「人に近い外見で、男だと思います。皮膚の色は緑色、頭には角が生えていました。あれは魔族です」
「し、しかし、似たような別の種族ということは考えられんかの?」
人里からそう遠くない場所に魔族が現れたとあっては悠長にしていられないため、グランは酷く焦っており、彼らが嘘をつくような人ではないと分かっていても、嘘であってほしいとつい聞いてしまう。
「あの圧力、魔力、外見だけでなく……あれは通常の人のそれをはるかに凌駕していました。僕たちに話しかけたあとは一瞬で姿を消したため、幸いにも僕たちは無事でしたが、もし戦っていたらどうなったか……」
負けると大輝は口にしなかったが、そうなったであろうことは誰から見ても明白だった。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? 獣人の国の狂戦士 6/26発売です!
ナンバリングされていませんが、3巻にあたります!




