第三百六十三話
洞窟の中に入ると改めて魔素の濃さを感じることとなる。
「なんか、気持ち悪いねえ」
肌にまとわりつくようなその感覚にはるなは顔をしかめた。洞窟自体の雰囲気もそうだが、充満している魔素がその気分を害してきている。
「そうね、これしてても魔素が身体に入ってくるのがわかっていやね」
それに返したのは秋だった。
冬子の提案で大輝たちは布を口元を覆うように巻いて、魔素を吸い込まないようにしていた。だが完全にシャットアウトできているわけではないため、それでも自然と身の内に入り込んでくる魔素に対していい気分ではなかった。
「ねえ、はるなが結界を張って、魔素を防ぐことってできないかな?」
「それいいかも!」
大輝の提案を聞いて、はるなはできるかもしれないと表情を明るくすると早速試していく。
はるなが展開した結界は結界は大輝たち一行を優しく包んでいく。その効果はてきめんで、大輝が言ったとおりに魔素の侵入を完全に防ぐことに成功していた。
「やったね! これだったら、布はずしちゃっていいよね」
嬉しそうに布を取ろうとするはるなの手を冬子がすっと掴んで止める。
「結界を解かなければいけない状況になるかもしれない、その時に布を巻きなおすのは時間のロス」
「うぅ……そうだった。冬子ちゃんありがとね。というわけなので、みんなも布をとらないでいこっか」
はるながしょぼくれる姿を微笑ましく思った一同はそれを笑顔で見ていた。
「さて、気を引き締めていくわよ……まだまだ奥は深いみたいしね」
すっと秋が前方に視線を向けても、魔素をねっとりと纏う通路が伸びているだけでなんの変化も見当たらなかった。
それからしばらく結界に包まれた大輝たちは慎重に進んで行く。道中、魔物と出くわすこともなかったが、それでも気を緩めることはなかった。
「おかしいね」
「えぇ、おかしいわ」
大輝の呟きに同意したのは秋だった。
「ここに来るまでの山道の魔素も濃くて、魔物も多かった……ここはそれ以上に魔素が濃い場所なのになんで魔物が一体もいないのでしょうか?」
思案するような表情で何がおかしいのかをリズが口にする。
「あぁ、これは異常だ……一番奥に集まっているのか、それとも何か理由があるのか」
そろそろ最奥部が近い、そんな予感を全員が持っていた。それは全員が大輝の言葉に合わせて視線を奥に向けたことが示していた。
「行こう」
この先に待ち受けるものがどんなものなのか改めて気を引き締めて慎重な足取りで大輝が先行して進んで行く。はるなたちは声を発さず、ただ頷いて大輝のあとをついて行く。
足音と息遣いだけが響くその道中も、ついには終わりを見せる。
「ついたみたいだね」
通路の終わりでそっと壁に身を隠しつつ先を見据えた大輝は何でもないように言うが、その声のトーンは低かった。
その理由は、眼前に広がっていた光景にあった。
洞窟の一番奥は大きく開けており、広場のようになっている。その広場の中央には一本の剣が存在感を露わに深く突き刺さっていた。ごくりと誰かが息を飲むのがわかる。
「あ、あれ」
怯えるようにはるながそっと指をさす。その先にいるのは角の生えた人間のように見えた。身に纏うマントがはっきりと見えることからこちらに背を向けていることがわかる。
「しっ……恐らくあれは魔族。今までに戦った魔物たちよりも明らかに格上」
冬子がはるなの口元に指をあてて黙らせる。
広場にあるのは剣だけ、広場にいるのは魔族だけ、他の魔物たちの気配は全くといっていいほどなかった。しんと静まり返った中でその光景は異常なものに見えていた。
「おーい、そこの人。隠れてないで出て来いよ」
ふいに洞窟に響いたのは魔族の言葉だった。
「なっ!?」
隠れていたはずの大輝たちは驚きに声を失う。
「そこにみーんな隠れてるんだろ? いち、にー、さん……五人か。とりあえず話をしようぜ、もう見つかっているんだからさ」
さっきまで背を向けていたはずの魔族が振り返って大輝たちがいる方を見ている。肩を竦めた魔族は軽い口調だったが、その身に秘める魔力は今まで戦ったどの魔物よりも強力なものだった。ステータスがわからずともはっきりと感じ取れるほどのそれに大輝たちは恐怖を覚える。
「みんな……行こう」
絞り出すような大輝の言葉に反論するものはいなかった。その理由の一つはあの魔族から逃げられないと感じていたため、もう一つは大輝の判断ならついて行こうという思いだった。
「おー、やっぱり五人だったか。俺の勘も鈍っていないようでよかったよ」
姿を現した大輝たちを見た魔族の男は喜んでおり、まるで子どものようだった。
「それで、あんたたち一体何しにこんな場所に来たんだ?」
「……この山の魔素が濃い原因を探りに」
警戒を崩すことはしないが、大輝は目の前の男の質問に素直に答えることにする。
「なるほどなるほど……ってこれか!」
納得したように何度か頷いた男はあっさりと剣を引き抜いて手にする。
「そう、だと思う。その剣から魔素が生み出されているみたいだから」
相手が軽い口調であるため、それに引きづられたように大輝も友人と話しているかのような錯覚に陥る。危ないと警戒する気持ちとその錯覚に内心がせめぎあう。
「ふむふむ、それじゃあこの剣が邪魔ってことか……だけど壊させるわけにはいかないな!」
じっと剣を見つめながらそう言った男はその言葉をきっかけに大輝のことを強く睨み付ける。
「くっ!」
殺気を飛ばされた大輝は慌てて自身の剣を引き抜いた。防衛本能が働いたのだろう。
「はっはっは、怖いなあ。そんな剣を構えられたら俺もビビっちまうぞ」
殺気を飛ばすことをやめない男は相変わらずケラケラと笑いながら戦闘態勢に入った大輝たちを楽しそうに見ていた。
「まあ、ここであんたたちと戦ってもいいんだけど、結構この山を登ってくるの大変だったろ? 魔物も多かったはずだからな。だから……ここは俺を見逃してくれ、じゃあな!」
剣を手にしたまま男はふわりとマントをひるがえす。
「きえっ!?」
「たっ!?」
目を見開いて驚く大輝の言葉に同じように驚いた秋が続く。
二人の言葉のとおり、そこには剣も魔族もどちらの姿もなかった。ただ魔素の残り香のようなものが漂うのみだ。
「……逃げたの、かな?」
見逃してくれと言った男の言葉からそう考えたはるな。もちろんはるなも本気であの魔族が逃げたとは思っていなかったが、それほどにあっさりとした見事な引き際だった。
「……とりあえずの問題は解消できたみたいだ。でも、魔族が絡んでいるってことを報告しないと」
あの魔族の男と剣を失ったこの空間からもう先ほどまでの濃厚な魔素の発生は感じられない。
だが大輝の表情は、事態が解決したにしては厳しいものだった。
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