第三百六十二話
夜が明ける前に、冬子と大輝は見張りを交代して冬子が眠りについた。その時になにやらいつもより楽しそうな雰囲気を身に纏っていた冬子に首を傾げつつも、大輝は交代してすぐに眠りについた彼女を見ている内に抱いた疑問はかき消えていた。
そして朝を迎えてみんなが起き出してきても、一人起きていてくれたことへの気遣いから冬子の目が覚めるまで待つことにした。
「……ん? 朝?」
差し込む朝日にもぞもぞと冬子が目覚ますと、既に他の面々は出発する準備を終えていた。
「あ、とーこちゃんおはよー!」
「冬子、大丈夫? 遅くまで見張りやってくれていたんでしょ? ごめんなさいね」
朝から元気いっぱいのはるなと心配そうにしている秋が声をかけてくる。
「ん、大丈夫。よく休めた」
冬子は元々睡眠時間が短いため、短時間でも休めたことで体力と魔力が回復していた。
「見張りありがとう。これで進めそうだよ」
にっこりとほほ笑んだ大輝は冬子に感謝の気持ちを伝える。大輝も途中で交代して疲れているはずだったが、それを全く表には出さず爽快なまでの笑顔だった。
「気にしないで。それよりも、今日もきっと大変な戦いが待っているはずだがら、昨日よりも効率的に動けるようがんばろう」
真っすぐな笑顔で礼を言われたことに内心で照れていた冬子だったが、それを隠すように話を切り替えた。
「私ももっとうまくできるようにがんばります!」
真剣な表情のリズも握り拳を作って宣言する。
「そうね、私たちも気を引き締めないと。冬子が一番魔力の調整がうまかったみたいだから、負けられないわね」
負けず嫌いの秋は昨日の戦いを思い出しながら、自分が調整できる部分がないかを考えていた。
「さあ、みんな元気になったみたいだから今日こそは元凶に辿りつくようがんばろう!」
立ち上がった大輝の言葉に全員が頷く。リーダーである大輝の言葉は、全員の気持ちを引き上げる力を持っており、全員やる気に満ちた表情になっている。
その表情を確認すると一行は洞窟から出た。
慎重に外を探りながら結界を解除していくが、外には魔物の姿はなかった。
「昨日のあれでここら辺の魔物は全て倒したのかな?」
周囲を見回しながら大輝がつぶやくが、その答えは誰も持っていなかった。それだけ昨日は必死に戦っていたのだろう。
「わからないけど慎重に行きましょう」
歩き出した秋も周囲に気を配るが、魔物の気配はなかった。
「魔物がいないからしばらくは楽できそうだねえ。うち、昨日みたいのはしばらく勘弁してほしいかも……」
秋の後ろを歩きながら昨日の戦いを思い出したはるなの表情にはぐったりとした疲れの色が浮かんでいた。
「大丈夫、今度は一気に数を減らせるから」
はるなの隣を歩く冬子は昨日の妄想が魔法にも及んだ結果、城で読んだ魔導書に載っていた広範囲魔法を使っていこうと考えていた。
「城での訓練や洞窟での戦いでは、基本少数対少数だったけどここなら一気に倒せる」
今まで使わずにいた魔法を試せることに冬子はどことなく嬉しそうだった。
「大量の魔物が出た場合はそうしよう。真っ向から戦って戦力を消耗するのはもったいないからね」
「そうね、期待してるわよ冬子」
歩きながら首だけ振り返った大輝も秋も冬子の魔法に期待していた。
そして、それには自分たちの動き方も重要になっていることもわかっていた。
「まずは……この魔素を生み出している魔物を見つけないと」
ふと立ち止まった大輝は進む道の先を見据えて呟いた。
山道を登っていく一行だったが、数体の魔物の戦う程度で順調ともいえる道中だった。
「なんか、おかしいね」
「うん、魔物がいないなんて……うち、嫌な予感がするよ」
ぽつりと漏らした大輝の言葉に、硬い表情のはるなが返事を返す。はるなが嫌な予感といったことで、リズを除くメンバーは険しい表情になっていた。
「み、みなさん怖い顔をされてますが、どうかしたのでしょうか?」
一人わかっていないリズが戸惑いながら質問する。
「……はるなが嫌な予感と言った時は、大抵そのとおり嫌なことが起こるのよ。それもかなりのレベルのね」
秋が険しい顔のままリズに振り向く。地球にいた頃からはるなが感じた予感の結果は酷いものが多かったため、この表情となっていた。
「でも、いつもみんななんとかしてくれたんだから、今回も大丈夫だよ! しかも、今回はリズちゃんがいるんだから百人力!」
だが当のはるなはぱっと表情を変えると仲間への信頼から満面の笑みで答える。
内心では不安が強い彼女だったが、それでもそれを感じ取らせないように明るく振る舞っていた。
「そうだね、それにこれは避けられないことだ。僕たちの勇者としての資質が試されているといっても過言じゃない。これくらいのこと解決できなきゃ打倒魔王なんて夢だろうからね」
大輝も心に強い気持ちを持ってみんなを鼓舞する。
「よ、よくわかりませんが、微力ながら全力を尽くします!」
彼らが頑張っているのならば期待に応えたいとリズも強い決意を見せた。
他のみんなもそれぞれの言葉で思いを口にしようとしたが、何かを感じ取ったはるなが急に左を勢いよく向いたことでそれは中断された。
「あそこ! あそこ、まずい気がする」
彼女が指をさすそちらは山道から外れた道で、その先には大きく口を開けた洞窟があるのが確認できた。
「……行こう」
引き締まった表情の大輝の言葉に迷いはなかった。他のメンバーも無言で頷いて大輝の後ろに続く。
洞窟に近づくにつれて魔素の濃度が濃くなっているのを皆が肌で感じる。
「これは、ここが元凶みたいだね……」
この洞窟は蒼太が山を登った際には気付かなかった場所だった。
山頂へ向かう道ではなく、横に外れた道。そして、はるなの直感が探りあてた場所。目的が魔素の原因についての調査、および対処だったからこそ気付いた場所。
同じ山だったが、蒼太と大輝たちで目的が異なるためにその道も別のものになった。
「入るよ」
休憩した洞窟とは異なり、闇が深い洞窟へと勇者一行は大輝を先頭に足を踏み入れる。そこは、冬子の風魔法でも中を探索することができないほど魔素が濃くなっていた……。
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