第三百五十九話
翌日
野営の後始末をし、トゥーラの東にある山を登り始めた一行はゆっくりとした速度で進んでいくことにした。
彼らが選んだ作戦は魔物を見つけたらすぐに戦わず、なるべく少数になるよう誘導してから整った体勢で戦闘を行っていくというものだった。
順調に戦闘をこなしていく中、大輝たちは何度目かの戦闘で、レッドマンティスと戦っていた。地球のカマキリによく似ているが大きさは子供ほどある魔物は両手の大きなカマで襲いかかろうと構えていた。
「よし、それじゃ今回は冬子の魔法から始めよう! 頼んだよ!」
大輝の指示を受けて冬子はこくりと頷いた。
「……“フレアアロー”」
生み出された炎の矢がレッドマンティスへ向かって行く。
大輝たちが戦闘態勢に入っているのをわかっていたレッドマンティスは、向かってくる炎の矢をあっさりと避ける。しかし、これは想定の範囲内だった。
冬子いわく、アロー系の魔法は威力に反して消費魔力が少ないため、一般的な魔法使いが多用する。しかし、攻撃範囲が狭く、軌道が単純であるがゆえに避けられやすい。
だから冬子はその弱点をカバーするために攻撃の際に複数のアローを撃ちだすことがある。
「くらえええ!」
しかし、これは一人の戦いではなくパーティでの戦いだった。ならば、魔法を避けられたあとのことを考えて動けばいい。
颯爽と飛び出した大輝が右からレッドマンティスに斬りかかる。体勢が崩れたところへの攻撃にレッドマンティスは驚くが、反射で動かしたカマでその攻撃を受けることに成功する。
「せいっ!」
反対からは秋が剣で斬りつけようとするが、こちらもカマによって防がれてしまう。
レッドマンティスにとってカマは最強の武器であるため、強度もかなりのものだった。使い方によって盾にもできるほどだ。
「よそうずみだよおおおおお!」
にっこりと笑顔で武器を大きく振りかぶったのははるなだった。
両のカマは二人の攻撃によって動きを塞がれている。そこにはるながメイスで思い切り殴りかかると、下方から頭を吹き飛ばすかのような一撃が繰り出される。それに合わせて大輝、秋、はるなが一斉に距離をとった。
「“フレアアロー”!」
ガツンと頭部を揺さぶられたレッドマンティスへと再度冬子が魔法を放つ。頭部を揺さぶられてぐらぐらしているレッドマンティスだったが、視界に一瞬入った炎の矢を大きな動きでなんとかかわそうとする。
「グギャアアアアアアアア!」
しかし、次の瞬間、レッドマンティスは苦しげな叫び声をあげていた。痛みにもだえ苦しむレッドマンティスの目にはリズが放った矢が突き刺さっていた。矢自体に魔力を込めたそれは威力が増しており、完全に片目が見えなくなっていた。
「やりました!」
達成感に満ちた表情で立つリズ。後方で構えていた彼女は炎の矢によって動く方向を制限されたレッドマンティスに矢を放っていた。炎の矢に続く第二の影矢のような攻撃をすることで、今までであれば避けられていた攻撃を決定的な攻撃へと昇華させていた。
「くらええええ!」
「いけええ!」
攻撃のチャンスが来たと判断した大輝と秋は苦しんでいるレッドマンティスの身体を斬りつける。二人とも剣に魔力を込めて斬りつけたため、大ダメージを与えることに成功し、これが決定打となり、レッドマンティスを撃破することとなる。
「ふう……いまのはいい感じだったね」
詰めていた息を吐く大輝はレッドマンティスから視線を逸らさずにみんなに声をかけた。
「そうね、悪くなかったと思うわ」
剣をおさめた秋も同様に最後まで気を抜かずに、みんなの元へと戻る。
強力な魔法や特別な攻撃を使わずに連携を重視しての戦い。更には戦いに対しての気構えや、最後まで気を抜かない。これらを重点におくことで戦闘に対する動きの精度を高めようとしていた。
「ふう、うちも気持ちよく振りぬけたよ!」
メイスを思い切り振り回した一撃はジャストミートだったため、スカッとしたのかはるなは満面の笑顔だった。
「私の攻撃もちゃんと当たりましたよ!」
リズの矢があたったことでレッドマンティスの視界を一つ潰せたことは大きかった。レッドマンティスはカマキリのような魔物だけあって、目は複眼であり、広い視野を持っていたからだ。
「うん、あの攻撃はすごくよかったね。弓の精度もかなり上がってきてるんじゃないかな」
大輝はそう言ってリズへ笑顔を向ける。戦えば戦うほどにリズの弓の腕前はあがり、今では百発百中とまではいかないが限りなくそれに近いレベルになってきていた。
これは余談だが、彼女の母親の系譜をたどっていくとそこにはエルフの存在があった。それゆえに彼女に最も向いている武器が弓なのは必然といえたかもしれいない。
「ありがとうございます! 戦闘訓練をしても剣を使うことがほとんどだったんですけど、使えば使うほどに弓がしっくりきます」
少し興奮交じりに弓を抱えるリズはこれまで戦闘において結果を出すことができず、自分で自分のことを足手まといだと思っていたが、一つの結果を出すことができたことに大変喜んでいた。
「リズ!」
「は、はい!」
これまで戦いの際に厳しいアドバイスをしてくれた秋に名前を呼ばれ、思わずリズはどもって背筋をピンと正してしまう。
「次も期待してるわよ!」
声をかけた当初は硬い表情をしていた秋は表情を緩めるとぐっと親指を立てて、笑顔でリズに声をかけた。
リズにとってそれは何よりの誉め言葉であった。戦力として、仲間として認められた。大げさな言い方だったが、彼女にとってはそれほどの感動だった。じりじりと胸のあたりに熱いものがこみあげ、それが涙となってリズの大きな瞳から零れ落ちる。
「ちょ、ちょっと何泣いてるのよ! ……もう。これじゃ、私が悪いみたいじゃない……」
褒めたつもりが泣かせてしまったことに驚き戸惑う秋。なだめようと手を伸ばしたところではるながリズの泣き顔に気付いて大きな声を上げる。
「あー、秋ちゃん泣かせたー! いけないんだー!」
子どもが子どもをからかうような口調で歯をみせつつ笑うはるなが秋を注意する。
「えっ、いや、これは違うんだってば!」
リズを泣き止ませようとなんとかしようとすればするほどに秋は焦ってしまう。リズ自身もぽろぽろと溢れ出す涙を止めることができずに周囲を止めることができない。
すると、ポンッと秋の肩に手を置かれた。次は何だと勢いよく振り返った秋の背後には冬子がいた。
「秋、いじめよくない……」
相変わらずの無表情でぼそりと冬子が追い打ちをかける。
「はははっ、秋が焦るなんて珍しいね」
大輝は人ごとであるからか、秋が振り回されている様子に笑っていた。リズが泣いているのも悲しいからではないことがわかっていたからだ。
「ちょっ、大輝まで! もう、リズ泣き止みなさい!」
「は、はいっ……!」
反射的にリズは返事を返したが、魔物に一撃与えられた達成感と自分の実力で大輝たちの戦闘に加われた感動というのはひとしおらしく、彼女が実際に泣き止むまではしばらく時間がかかった。
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