第三百五十八話
目的の山に向かう道中、馬車の操縦をしているのは秋だった。他の四人は馬車の中でそれぞれ腰かけている。
「それにしても早い段階で次の情報が見つかってよかったねえ」
馬車に揺られながら、はるなは機嫌の良さそうなふんわりとした笑顔を浮かべている。
「そうだね、問題はこういった状況の場所がどれだけあるのか、原因はどこにあるのか……」
考え込むような仕草をしている大輝は同じように黒い剣の魔物を倒したとしても、根本的な解決にならないことを悩んでいた。
「……これは私の予想になりますが、あの魔物は偶然発生したものではなく、誰かが意図的に置いたものだと思います」
硬い表情のリズが考えた末の予想を口にする。
「意図的にって、魔物を?」
きょとんとした表情を見せたはるなは首を傾げながら顎に人差し指をあて、素直に疑問を口にする。
「はい、そしてそんなことができるのは恐らく魔族だけだと思われます。全ての魔物を操ることができるわけではありませんが、魔族は新たな魔物を生み出すことがあると聞いたことがあります」
リズは魔王討伐のために勇者召喚を行っており、勇者の役に立てるように日頃から魔族について調べていた。
「そんなことが……だったら、アレを壊していくことは魔族の戦力を削ぐことになるのかな?」
魔族が何を目的に設置しているのかは謎のままだが、それでも何か考えがあって行っていることを邪魔できればそれは魔族にダメージを与えるのではないかと大輝は考える。
「わかりませんが、その可能性はあると思います。何にせよ放置しておくわけにはいきませんからね」
決意のこもった表情で頷いたリズは世界を救いたいと考えており、魔物たちをそのまま野放しにしておくという考えはなかった。
「ふふっ、だいくんだけじゃなく、リズちゃんも正義の味方みたいだね」
強い志を持つリズに対してはるなはいつもの幼馴染を見ているようで、思わず柔らかな笑顔になっていた。
「えっと、そんなすごいものではなくてですね、その……」
わたわたと手を振るリズははるなに褒められたことで、ほんのりと顔を赤くしていた。
「うんうん、やっぱりリズちゃんは可愛いなあ。それに物知りだしね!」
「魔族が生み出す魔物は、最初のうちは試行錯誤して実験体をこちらの大地に送り込むことがあると、城で見つけた文献に書いてあった」
物知りという言葉に対抗して、冬子がリズの情報を補足する。無表情ながらも新たな情報を出せたことにどこか誇らしげだ。
「じゃあ、この間の森やこれから向かう山。それらが実験体という可能性もあるわけだね……もしそうだとしたなら実験を順調に進めさせるのは邪魔しなくちゃだめだ」
冬子がリズに張りあおうとしたために出した情報だったが、これを聞いたことで大輝は倒す理由をより強くすることとなった。
それを御者台で背中越しに聞いていた秋はやれやれとため息をついている。やる気を出すのはいいが、変に頑張り過ぎないように自分が見てあげなければと手綱を握る手に力が入っていた。
それから彼らは数日かけて山へと向かうことになる。
道中魔物が出ることもあったが大輝たちの敵ではなく、魔法の練習台に消えていった。
「よし、それじゃ早速登ろうか!」
山のふもとに着くなり、意気込んだように大輝がそう言ったが、その肩に手を乗せて止めた秋は首を振っていた。
「ちょっと待って、そろそろ夕方になる時間よ。そうなったら視界が悪くなって、不利な状況に置かれてしまう。大輝がこの状況を早くなんとかしたいのはわかるけど、それで仲間を危険にさらすことになるのは了承できないわよ?」
秋の指摘はもっともであり、やる気満々だっただけに少々名残惜しい様子だったが大輝は納得する。
「……わかったよ。それじゃあ、今日は山から少し離れた場所で休もう」
気を取り直した大輝の決断に四人は頷いた。
それぞれ役割分担をしながら野宿の準備をしていき、食事の時間になると、ふと秋が口を開く。
「みんな食べながら聞いてちょうだい……山に登るのを明日にしてもらったわけだけど、時間的な問題があるっていうのは本当のこと。……でも、少しみんなとゆっくりと話をしておきたかったの」
なんとなく秋の言いたいことを聞くべきだと思った四人は食事をしながら耳を傾けている。
「この間の森での依頼。大量の魔物が出て来て、苦戦しながらもなんとか倒せたのはみんなも覚えてるわね?」
当然だとみんなが深く頷いた。あの時の大規模討伐は彼らにとってまだハッキリと思い出せるほどの記憶だ。
「赤い一撃の人たちがいたからこそ成り立った依頼だと思う」
硬い表情の秋が何を言いたいのかわかってきた冬子が言葉を繋ぐようにそう言うと、そのとおりだと今度は秋が頷いた。
「そのとおり、でも今度の依頼は私たち五人だけで挑むことになるわ。おそらく魔物の数も強さも前回のあの戦いと同じくらいだと思っていいでしょうね」
ここまで来ると全員が何を言いたいのか理解する。いつの間にか食事の手を止め、みんなが秋のほうに視線を向けていた。
「……私たちは強くならないといけない。大量の魔物の相手をできるように、一人一人が強い魔物と戦えるように」
今のままではだめだと秋は危機感を感じていた。このままいけば自分たちが前回と同じような依頼をこなすことはできないと。
「そう、だね。確かに秋の言うとおりだよ。僕たちの目的は魔王を倒すことだ。でも、魔王の手下の魔族が作った魔物に苦戦するようでは魔王どころか恐らく幹部のような魔族にも勝てないかもしれない」
鍛錬をする内に城の騎士に負けることのなくなった大輝だったが、いまだ自分の実力不足を感じていた。勇者として他の人より強いと言っても、上には上がいるのだと思い知らされた。
「そのとおりよ。これは予想になるけど、まだ魔族は本格的には動いていないと思う。動いていれば各地でいっせいに魔物が大暴れしてても不思議じゃないから。だから、今のうちに私たちは相応の実力を着けなければいけないと思うの」
秋の言葉に再びみんなが頷くが、その中で一人、リズはやや暗い表情だった。
「リズ? どうかしたかしら?」
「あ、いえ、その……」
そんなリズの様子に気付いた秋の質問にリズは言いよどむ。
「リズ、僕たちは仲間だ。何か気になることがあったら気にせず言ってくれていいよ」
隣りにいた大輝の優しい言葉に意を決したリズは胸のうちの不安を言葉にする。
「……私は勇者ではありません。みなさんのように魔族や魔物と戦えるだけの力がありません。そんな私がこの先もついて行っては足手まといではないでしょうか?」
これがリズが抱えている不安だった。この世界で大輝たちが旅をするのに困らないようについてきたものの、きっとこの先の成長率を考えれば、勇者である彼らと圧倒的に差が開くだろうとリズは思っていた。
それを聞いた四人は一瞬目を見開いて驚いたかと思うと、揃って笑顔になる。
「ふふっ、もうリズちゃんってば、お姫様で回復魔法も使えて、武器も扱えるのにそんなことを悩んでたんだねー」
大輝とは反対の隣に腰かけていたはるなは笑顔でリズの手をとった。きゅっと握って優しく揺らしながらリズの不安が少しでもなくなればいいとのんびりとした口調で話す。
「リズ、いいのよ。私たちだってスキルはもってるけどちゃんと使いこなせているわけじゃないわ。だから、みんなで強くなるの!」
きりっとした表情の秋はみんなという言葉の中にリズが入っていることを強調する。
「リズ、一緒にがんばろう」
ぐっと指を立てながら、冬子はシンプルな言葉で励まそうとする。彼女の一緒にという言葉にリズは感動していた。
「言いたいことはみんなに言われちゃったね……僕もはるなも秋も冬子もまだまだ未熟だよ。それはリズも同じだ。でも未熟ってことはまだまだ伸びしろがあるってことなんだ。だから、僕たちはまだ強くなれる! もちろんリズもね!」
リーダーらしい言葉で爽やかな笑顔を向けながら大輝が締めくくると、リズの顔から不安が消えていた。
「はい! がんばります!」
そしてここ最近で一番の笑顔になってリズは応えた。
異世界に来て勇者として戦う彼らの力になれるように精一杯努力しようと決意を込めて。
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