第三百四十八話
グランが出発の合図を出すと、それぞれのパーティは馬車に乗って森へと向かうことになった。
しかし、この時点で既にいくつかのパーティは揉め事を起こしていた。だが今回は参加している人数が圧倒的に多いために、ギルド側も全てを掌握することはできないのだ。
「みんな血気盛んだねえ」
まるで他人事のようにそれを遠目に見ている大輝は御者をしながらのんびりと呟いた。
大輝のパーティには見目麗しい女性が四人もいるため、揉め事に巻き込まれないようできるだけそういったパーティからは離れた場所で移動をしていた。
それでも一言でいいから話したいのか、彼女らにちょっかいを出そうとする冒険者が馬車へと近寄ってくる。
「なあなあ、姉ちゃんたち。そんな冴えない男とじゃなく、俺たちと一緒に行こうぜ。俺たちはこう見えてもBランク冒険者だ、いい思いさせてやるよ」
下品な笑みを浮かべて話しかけてくるその冒険者の態度に嫌悪感を感じた秋が今にも舌打ちしそうなくらいにいらつき、こういうことには慣れつつあるはるなはどうしたものかと困った表情になる。
仲間に嫌な思いをさせていることに耐えきれなくなったリズが毅然とした態度で彼らを注意しようと口を開きかけたところで、状況が一変する。
「おい、やめろ!」
大輝が怒って男たちを恫喝……ではなくそれは先ほど大輝たちに声をかけてきたガルギスの声だった。咎めるようなそれに男たちは予想外の方向からの参入で苛立っているようだった。
「お、おいおい、あんたはリーダーの客じゃないか。一体なんだっていうんだ!」
覇気の混じったガルギスの存在気づき、一瞬動揺するものの、なぜ彼に怒鳴りつけられたのか理解していない男たちは赤い一撃の末端メンバーだった。
「彼女たちは今回の依頼を受けた冒険者だ。そして、お前たちはクラン赤い一撃のメンバーだよな」
そんなことは言われなくてもわかっていると男たちは首を傾げる。
「何を当たり前のことを言ってるんだ? リーダーの客だっていうからどんな切れ者かと思っていたが、ただの馬鹿なのか?」
「がははっ、違いねぇ!」
呆れたような視線を向けた男たちは、面白おかしくなったのか馬鹿にするようにガルギスのことを笑う。
挑発なのか、何も考えていない発言なのかわからなかったが、それを冷たい視線で見ているガルギスの反応はとても静かなものだった。
「お前たち……そうやって赤い一撃の評判を落としていいのか? わかっていないようだから言っておくが、お前たちは今回の大規模依頼を受諾して参加している。それは彼女たちも同じだ」
淡々とした口調のガルギスの指摘を聞いて、徐々に男たちはもしかしたらまずいことなのか? と疑問に思い始めていた。少しづつ逃げ道のないところへ追い詰められていくような感覚に焦りがこみ上げる。
「お前らにはわからないかもしれないが、彼女たちはかなりの実力者だ。そこへお前たちは下品に声をかけて、彼女たちの邪魔をした。これで何かしら依頼の失敗に繋がったらお前たちの責任に、ひいては赤い一撃の責任になる。……そうなったらカルロスの責任になるかもしれないな?」
自分たちの迂闊な行動で尊敬しているリーダーの責任になるかもしれないとまで言われ、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「そ、そんなつもりじゃ、ちょ、ちょっとからかっただけさ! なあ!!」
「そうさ、悪ふざけがすぎたみたいだ。ね、姉ちゃんたちも悪かったな。……おい、いこうぜ!」
尻尾を巻くように男たちは大輝たちの馬車から慌てて離れていく。余計な騒ぎになる前に事態が解決したことにリズと大輝はほっと胸を撫でおろしている。
「あんたたち、悪かったな。俺が世話になってるクランのやつらが迷惑をかけた」
詫びるようにガルギスは彼らの分も含めて深く頭を下げる。そんなガルギスの人の良さを感じ取った大輝たちはこちらが助けてもらったのにと逆に申し訳なくなった。
「あなたが悪いわけじゃない。だから謝らなくていい」
冬子は視線を落としていた手元の本をそっと閉じると、ガルギスに静かに声をかけた。
「そう言ってくれると助かる。あんたたちと赤い一撃の間で軋轢ができたら、きっと今回の依頼は失敗するだろうからな……リーダーのカルロスは本当にいいやつなんだ。ただ人数が増えすぎて末端まで目が届かないだけでな」
ほっとしたように顔をあげたガルギスは苦笑交じりに頭を掻いていた。カルロスとガルギスは互いを認め合っているため、ガルギスは彼を庇うような言葉を口にする。
「まあ、そういうことなんでしょうね。あなたみたいな人がいるなら大丈夫だと思うけど、そのリーダーさんにもう少し助言をしてあげるといいかもしれないわね」
怒りが落ち着いた秋はため息交じりにガルギスにアドバイスをする。自分たちのパーティでも、大輝が暴走しそうになった時にも秋やはるな、冬子が声をかけることでバランスを保っていた。ガルギスが本当にカルロスのことを思っているのならちゃんと話すべきだと思ったのだ。
「あぁ、俺もずっといられるわけじゃないから早いうちに話をしておくことにするよ。それにはまずこの依頼を成功させないとなっ。期待してるぜ!」
ニッと笑顔を見せたガルギスはそう言って、足早にカルロスのもとへと戻って行った。
「あんな冒険者もいるんだね。僕たちが登録したばかりの時もあんな風に絡んで来たやつらがいたから、冒険者っていうのはそれと同種類のやつらばかりなのかと思ったよ」
大輝も後ろでの会話が聞こえてきており、ガルギスの対応に対して好感を持っていた。最初憧れていた冒険者像に合う人物になかなか出会えなかったことを悲しく思っていただけに、ガルギスの存在は嬉しかったようだ。
「ギルドのところで声をかけてきた時にも思ったけど、あの人は元々冒険者じゃなかったのかもしれないよ? なんとなくだけど、冒険者独特の空気感みたいなのがなかったような気がするもん」
ほわほわとほほ笑むはるなは勘のようなものだったが、それを自然と感じ取っていた。
「はるなの言いたいことわかるかも。リーダーの客人って言ってたし、武闘大会に出場していたって話だから、冒険者よりも闘技者なのかもしれない」
再び本を開きだした冬子も同様のことを感じ取っており、淡々と分析する。
「でも、これで余計な摩擦が生まれずに済みましたから、依頼に集中できますね」
「そうだね、ここからが本番だ。こんなふうに冒険者同士で争ってる場合じゃないよ」
安心したように微笑むリズの言葉に気を引き締めた大輝が賛同する。
その先も小さな諍いはあったが、それでも森に近づくにつれてそこにいた者たちは皆、表情が厳しくなっていった。
中でも魔力の変化に敏感な者は、どことなく森に対して重苦しさを感じている。それ以外の者たちも何か嫌な感じがすると思う者も少なからずいた。明らかに森の様子がおかしいと誰もが感じ取っている。
異変が告げられた森の前に辿りつくと、そこでグランが再び演説をする。
「諸君、ここまでご苦労だった。しかし、ここからが本番だ。これまでは多少の揉め事も大事の前の小事と見逃していたが、ここからはそれでは困る。自分の命を、そして仲間の命を失いたくなければ、依頼に集中してくれ。そして、この森をいつもの森と思うな。ここにはAランク以上の魔物が何体も存在する。少しの油断が死に直結することを忘れるな。……準備はできているな? いくぞ!」
武器を構えたグランが先頭となり、いよいよ森の中に入って行く。
彼だけでは危険であるため、実力者であるカルロスやガルギスも厳しい表情で前を行くグランの側に位置していた。
だがいくらグランが厳しい言葉を投げかけても、強力な戦力がいるから、人数が多いから、ただ大げさに言っているだけだから、と様々な理由でたかをくくっている冒険者たちがいまだに存在した。
彼らはその考えをすぐに後悔することとなる……。
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