第三百四十五話
ギルドマスタールームの扉の前でノックをしてからミルファが先に部屋へと入り、大輝たちもそれに続いた。
「ん? ミルファか、何かあったのか?」
奥の方の机で積み重ねられている書類を見ていたグランが顔をあげて質問をする。整った身なりといかつい顔立ちがギルドマスターとしての貫禄を出していた。
「あのギルドマスター、こちらの冒険者の方々からお話があるそうです。……その内の一人が、南の王国の王家の方のようです」
足早にグランに近づいたミルファは耳打ちで状況を伝えた。
「ふむ、王家の人間となれば無下にするわけにもいくまい。とりあえず、そこにかけてくれ。私がギルドマスターのグランだ」
グランは自己紹介をしつつ、自分も対面にあるソファに腰かける。
「失礼します。僕は大輝といいます、一応このパーティのリーダーということになっています」
リーダーの大輝と王女のリズだけがソファに座り、残りの面々は後ろに立っていた。
「私はエリザベス=フォン=アーディナルと申します。アーディナル家の第二王女です」
座りながらも優雅さを出しながらリズは自己紹介をしつつ、改めて身分の証明にと王家の紋章をテーブルの上に置く。
「ふむ、その王女さんが一体わしになんの用なんだ?」
その王家の紋章をちらりと見たあと、グランはリズを射抜くように目を細めて質問をする。
「それは僕から。僕たちは先日冒険者登録したばかりの者です。そして、依頼を三つほどうけて先ほど戻ったところです」
「ふむ」
これがどう本題に繋がってくるのか。そう思いつつグランは相槌を打つ。
「みなさんが受けた依頼は、森ウサギの捕獲、農場の魔物討伐、それと治癒草の採集でしたね」
グランの後方に立っていたミルファはいつの間にか用意していた魔道具を見ながら列挙していく。
「そうです。その三つ目の治癒草の採集に向かう途中で、僕たちは魔物に遭遇しました……大量のオークです」
オーク、その言葉になにか思うところがあるのかグランは眉はピクリと動く。
「……続けてくれ」
低く響くような声でグランにそう言われ、大輝は頷く。
「そこにはジェネラルオークが大量に、そしてオークキングもいました」
「やはりか……少し前に話があって調査を出したんだが、そいつらは怪我をして帰ってきたもんでな。正確な情報が知りたかったんだ。できればもっと詳しく話してくれ」
ここにきてグランと、後ろにいるミルファの食いつきが良くなってくる。どうやら彼らもそのことについて情報が欲しかったようだった。
「数は正確には覚えていませんが、オークキングは一体、ジェネラルオークは数十体いたと思います」
大輝があげた数にグランとミルファの二人はごくりと唾を飲んだ。すぐさま対応に出なければならない事態だと二人は視線を交わす。
「ミルファ、今動けそうな冒険者はどれくらいだ?」
「そうですね……Bランクパーティがいくつかといったところでしょうか。Cランク以下だとあれを相手取るのは少々厳しいでしょうし……」
グランの問いかけに瞬時に答えたミルファは、今残っているギルドのメンバーを思い浮かべて厳しい表情になっている。
「むむっ、あいつも確か別のとこに行ってたな……となると、わしらが動くしかないか」
他にも思い当たる人物がいたようだが、頼れないことを思い出し、グランは腕を組みながら考え込む。
「あ、あの……」
「ミルファ、三兄弟はまだ回復しないのか?」
いきなりグランたちが会議のようにやり取りを始めてしまったので、いつ言い出そうか迷いながらも大輝が何か言おうとするが、それはグランの言葉によって遮られる。ギルドマスターとして緊急事態の対応を考えているせいか、彼の耳には大輝の言葉が届いていないようだった。
「残念ながらみなさん療養中らしいです……私も準備をしておきます」
ミルファも同様のようで、昔の装備を用意する算段を頭の中でつけている。大輝たちがいることをすっかり忘れているかのような話しぶりに、大輝は困惑しながらリズと顔を見合った。
「あ、あの、だから……」
「うむ、昔の血が騒ぐな。わしも装備を準備しよう」
それでもあきらめずにリズが声をかけるものの、とうとうそれを無視してグランが立ち上がり、壁にかかった武器を手に取ろうとする。
「あの!!」
その瞬間、あまりに話を聞かない二人に業を煮やした秋が大声で二人に声をかけた。いくらなんでも全く話を聞いてもらえない苛立ちから、声に少し威圧が入ってしまったのは仕方のないことだろう。
「な、なんだ?」
「ど、どうされました?」
いきなり大きな声を出され、二人の注目が秋に集まったところで、彼女は視線で大輝に続きを促す。早く話さないと埒が明かないぞとその視線は物語っていた。
「さっきから僕が言おうとしているのは、そのオークたちは全て僕たちで倒したということです」
秋にあてられて一瞬身を竦めた大輝は気持ちを切り替えて、毅然とした態度でその結果を告げる。
「はぁっ?」
「えっ?」
二人ともキョトンして大輝のことを見ていた。まさか駆け出しの冒険者である彼らが倒したとは夢にも思っていないのだろう。
「だから、僕たち五人でジェネラルもキングも全部のオークを倒してきました。今日はその報告に来たんです。下の受付で言ったら大騒ぎになるだろうから、わざわざ王家の者という証を見せてギルドマスターに会わせてもらったんです」
ここでまた遮られてはかなわないと大輝はまくし立てるように話す。それに気圧されたグランは再度ゆっくりとソファに腰を下ろす。
「ほ、本当か? 本当にその数のオークを倒したのか?」
疑っている、というより確認のため、グランは問いかけた。
「もちろんです。王家の名にかけて真実であることを誓いましょう」
その答えは凛と王家の者としての雰囲気を出したリズによるものであり、他の面々もその言葉に力強く頷いていた。
「そ、そうか……」
彼らの目を見て、長年いろんな人を見て来た彼はとうとう事実だと認めたようで、力なく目のあたりに手をやると一息ついた。先程の焦りが不必要になったことで、グランは気の抜けた表情をしている。
「はあ、お前たち登録したばかりだと言っていたな? ということはFランクか?」
ため息をついたあとに顔をあげたグランの質問に一同は頷く。
「一体最近の新人はどうなっているんだ、こいつらといい、ソータといい……」
呆れ交じりにぽつりと漏らしたグランの言葉に大輝たちの表情が変わる。彼らにとってその名前は聞き覚えのあるもので、もし記憶にある人物と同じならば、というような焦燥感に駆られていた。
「今、ソータと言いましたか!? そいつはどんなやつですか?」
気持ちの焦りから今にも身を乗り出さん勢いで大輝がテーブルに手をついて質問する。
「ど、どうしたというんだ。あいつは、ちょうどお前くらいの背丈で青髪だったか。あとは、なんだ、ギルドマスターのわしに対しても敬意を払わん生意気なやつだったな。まあ、実力は本物だったようだが……」
なぜその名前に食いつくのかわからないといった表情のグランは困惑しながらも思い出すように話し始めた。それは蒼太のことを認めたくないが、仕方なく認めているという様子だった。
「青髪……近衛は確か黒髪だったよね? リズ、髪の色を変えるアイテムとかってあるのかい?」
特徴を聞いて自分たちの知っている人物と違うことを疑問に思った大輝は髪色を秋たちに確認すると、リズにはアイテムのことを確認する。それに対して秋たちは頷き、リズは首を横に振った。リズのそれは、ない、という回答ではなく、わからないというものだった。
「あの、髪の色を変えるアイテムですが、聞いたことはあります。ですが、実物は私も見たことがありませんね」
そっと補足するように静かに告げられたのはミルファの回答だった。それを聞いた大輝たちは、ギルドのトップに仕えるような人でさえ見たことのないものを自分たちの知るクラスメイトが持っているとは到底思えなかった。
「うーん、じゃあ違うのかなあ?」
「その冒険者、いまどこにいる?」
微妙に似ているようで似ていない特徴に大輝が首をひねる後ろで、冬子が質問した。
「すみませんが、それはお答えできません。他の冒険者の情報をギルドが漏らすことはできませんので」
「同じ冒険者として旅をしていればいつか会うこともあるかもしれないわ。その時を待ちましょう」
申し訳なさそうにミルファに拒絶された彼らは、ギルドの口のかたさを改めて認識した。その中で一人、秋だけはソータが近衛蒼太であると、どこか確信めいた予感を感じていた。
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