第三百三十六話
翌日
五人は再び冒険者ギルドにやって来ていた。朝は依頼を受ける冒険者が多いとアイリから聞いていた秋と冬子の助言によって少し時間をずらして訪れたため、掲示板前は程よく空いていた。
「それで、どの依頼を受けるの?」
掲示板を見上げて依頼を確認していた三人に秋は質問した。昨日も依頼を見ていた彼らのことだからやりたいものがあるのだろうと秋は思っていたからだ。
「僕はこれかな」
大輝が指差したのは、魔物の討伐依頼。それは北西の農場近辺に出現する魔物を倒してほしいというものだった。
「困っているみたいだから、僕たちで助けてあげようよ。報酬も悪くないみたいだしさ」
やはり、正義の味方を自負する大輝は困っている人を助けるという依頼を選んでいた。
「私はこれ!」
次にはるなが選んだのは森ウサギの捕獲だった。この魔物は人にも懐くことがあり、愛玩動物として人気だった。
可愛いものが好きなはるなは可愛い森ウサギを捕まえる依頼を選択する。
「私はこれがいいかと思います」
最後にリズが選んだ依頼は採集系の依頼だった。彼女は植物が好きで、薬草などにも詳しいため、久しぶりにゆっくりと散策しながら依頼をこなしてみたいと思っていた。自分の得意分野でみんなの役に立ちたいという思いもあった。
「討伐に捕獲に採集ね。うーん、みんなバラバラね。どれにしましょうか」
統一感のない依頼を選ばれたことに秋はどれを受けたものかと頭を悩ませていた。
「全部受けよう」
悩むメンバーを前にそう言ったのは冬子だった。その発言に一つの依頼を受ける者だと考えていた四人は目を見開いて驚いていた。
「ぜ、全部!? いや、全部か……いいかもしれないね。まずは農場に行って魔物を倒して、近くの森で薬草の採集をして、そのあとで森ウサギを捕獲して帰ろう」
彼女の提案にすぐどのルートで行けばいいか考えた大輝の案に冬子はこくりと頷く。彼女も同じことを考えていたようだった。
「……そうね、そうしましょう。私たちだったら、それくらいはできそうね」
自分たちの能力を改めて考えると、依頼は全て受けたとしても問題なくこなせるものだった。
「それじゃあ、早速受けに行こう」
既に冬子は三つの依頼の番号をメモしており、真っすぐ受付に向かった。
受付で依頼報告や依頼完了確認方法を確認する。どの依頼もランクが最も低い依頼であるため、難易度は低いが農場の魔物討伐についてだけ、注意を受けた。
「魔物は五体襲ってくると聞いています。報酬が低いため、依頼のランク指定も低いものになっていますが、本来であればもう少し高いランクに指定される依頼ですので、どうか気を付けて下さい」
この依頼は依頼主が相場よりもかなり低い金額で申請してきたため、ランクが高い冒険者は割が合わないと受けようとしない。しかし、ランクの低い冒険者が受けるには難易度が高いもので、ギルドとしては取り扱いが難しいものだった。
「わかりました、僕たちに任せて下さい!」
やる気満々で依頼を受ける大輝に受付嬢は驚いていた。依頼を受ける冒険者の中には、彼と同様に自信がある様子で受ける者も少なくない。そういった冒険者は大抵の場合、実力に見合わない自信を持っている場合や、気を付けろと言われたことに怒った冒険者がほとんどだった。
しかし、彼の表情からは慢心などは感じられず、自分の力を分析した上で遂行できると考えているようだった。改めて彼らの装備を見ていくと、そこらの店で買えるようなものではなく、一級品であることもわかった。
「そ、それでは、お気をつけて」
冒険者としてのランクと装備のチグハグさに少し動揺した彼女は少しどもりながら頭を下げた。
その様子を見ていた他の冒険者のうちの一人が受付を離れた彼らに声をかけてくる。
「おい、兄ちゃん。可愛い子ばっか連れてるじゃねーか。誰か一人俺にもわけてくれよ」
下品な笑顔でそう言った男は、髭面でいかにもなタイプの冒険者だった。彼は最近Dランクになったばかりで、今日は依頼の報告にだけ来ていた。そこでルーキーの大輝たちを見かけ、見目麗しい女性たちを率いる彼に絡んで来ていた。後ろでは彼のパーティメンバーがこれまたいやらしくにやにやと笑いながら見ている。
彼らは全員がDランクで、実力はそれなりにある冒険者たちだったが、その素行の悪さにはギルドも頭を痛めている。周囲はまたこいつらかと絡まれた大輝たちを可哀想だなと見ていた。
「なんですか、あなたは。彼女たちは僕の仲間です、わけるとかわけないとかそんなの話になりません。これから依頼にでかけるのですいませんが、そこをどいてもらえますか?」
大切な仲間をいやらしく見られ、どう見ても素行の悪そうな相手を前に大輝は少し厳しい目つきできっぱりと彼に言うが、避ける気配のない相手の態度を見て、横を通ってギルドから出ようとする。
「おいおい、俺のダチが話してるのを無視するなよな」
すると、彼の後方にいた仲間たちが大輝の進路を塞ぐようにやってきた。
「よくある展開」
そうボソリと言ったのは冬子だった。彼女が読んだことのある冒険もので、冒険者ギルドがある話ではこうやって他の冒険者に絡まれる展開が鉄板だった。
「ああん?」
男の内の一人はその呟きが聞こえたらしく、冬子を威嚇する。
「僕の仲間に手を出すのはやめて下さい。彼女たちを誰一人としてあなたたちに渡すつもりはありませんから」
大輝は先ほどより視線と語気を強めて男たちに言った。しかし、これは相手には逆効果のようだった。
「おうおう、兄ちゃん、女の子の前で格好つけたいのはわかるが、そういうのは実力が伴っていないとただの虚勢だぞ」
最初の男が大輝をからかうように言った言葉に、普段あまり感情の起伏を見せない冬子を驚かせていた。
「な、なんてこと。……まさか、こんなバカみたいな人が虚勢なんて言葉を知っているだなんて……意外」
このやりとりを遠巻きで見ている冒険者たちは、そこかよ! と心の中で突っ込んでいた。
「おい、そこのお前、さっきからなんなんだ。ちっと生意気なんじゃねーか?」
冬子を威嚇した男が自分たちを馬鹿にされたと感じて再度彼女を恫喝する。
「はあ、仕方ないわね。……あなたたち、私たちが静かにしている間にどっかいってちょうだい。さもないと……潰すわよ」
冬子を守るように前方に出て来た秋のすごむような最後の言葉を聞いた男たちはその覇気に身を震わせた。
「な、なんだってんだ。くそ、どいつもこいつも生言いやがって! そんな男捨てて黙って俺たちについてくればいいんだよ!」
男が無理やり秋に手を伸ばそうとしたが、その手は届くことなく大輝によって掴まれた。
「おい、やめろって言っているだろ」
大輝の声は決して大きくはなかったが、その声には強い怒りが籠っており、ただのルーキーだと思っていた大輝から放たれる威圧は思わず男たちを後ずさりさせた。
「い、いててっ! おい、離せよ!」
これはまずいと思った男が逃げようと暴れるが、掴まれた腕はギリギリと音をたてていた。どんどん強まるその握力にどう考えても絡む相手を間違えたと恐怖に駆られていた。
「離してほしいなら、どけ」
暴れる男の手を離す様子のない大輝の怒りに満ちた顔を見て、みるみるうちに男の顔色は青くなっていく。
「わ、わかった! どくから勘弁してくれ! 悪かった!」
ここに訪れたばかりの時に見せた穏やかな好青年を思わせる大輝からは想像できないあまりの迫力に手を掴まれた男だけでなく、他の全員が顔を青ざめさせて道を開けていた。
「さあみんな、行こうか」
この様子を以前見たことのある、はるな、秋、冬子はいつもの様子で外に向かい、一人戸惑うリズは驚いた表情のまま、おいていかれないように慌てて一行のあとに続いた。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? エルフの国の水晶姫 1/21発売です!
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