第三百三十五話
トゥーラに到着すると身分証明書の提示を求められるが、城で発行してもらっていた一時的なもので問題なく通ることができた。
「でも、これって人族領でしか通用しないみたいだからどこかで身分証を作らないとだね」
無事に街へと入ったはるなは自分の身分証をじっと見ながらそう話すが、どこで作りたいかは内心では決まっていた。
「そうだねえ、どこがいいだろう」
馬車を操縦しながら大輝がそわそわとした態度を必死で隠しながら返事をした。彼もはるなと同様で、どこに行きたいか決まっているようだった。
「はあ、あんたたちは……ハッキリいいなさいよ。あそこに行きたいんでしょ?」
落ち着きのない二人の様子から秋はそれがどこなのかわかっている様子だった。
「秋、冒険者ギルドへ行こう」
冬子は自分の希望をハッキリと言った。
大輝とはるなはゲームが好きであるため、冬子は好きな本の中に冒険ものがあったため、冒険者への憧れがあり、みんな揃って冒険者ギルドへの登録を希望していた。
「はあ、わかったわよ。ギルドでカードを作ってそれを身分証にしましょう」
「秋さん……なんか嬉しそうですね」
呆れたような口調ながらも、内心は秋も他の三人と同様に冒険者ギルドへ行くことを楽しみにしていた。彼女の場合は色々な武器が見られるかもしれないということに興味を持っていた。
城で騎士たちが持っている武器は支給されたものがほとんどで、秋たちが持っているものよりランクの落ちるものばかりだった。しかし、冒険者なら見たことのないものを見られるかもしれない。そう考えると今からわくわくしていた。
「えっ、いえ、そんなことないわよ! みんなが言うから私は仕方なく」
顔を真っ赤にして言う彼女の言葉に説得力はなかった。ここまでの旅で数々のかわいらしい秋のエピソードを聞かされていたリズにはその表情は明らかに照れ隠しにしか見えなかったのだ。
「うふふっ、やっぱり秋さんも可愛いですね」
ほんわりとしたリズの笑顔の前には秋は観念するしかなかった。
「うぅ……」
恥ずかしさが頂点に達してうなだれる秋を見て、みんなは笑顔になっていた。
そうこうしていると、馬車は冒険者ギルドの前へと辿り着いた。人の出入りもそこそこあるようで、解放されている扉からは中の話し声なども聞こえてくる。
「ここが冒険者ギルド……」
ギルドの建物を見上げながら呆然と大輝が呟いた。その表情はどこか緊張しているようだった。
「あれ? だいくん、もしかして緊張してるの?」
なぜ先に行かないのだろうとはるなが大輝の顔を覗き込む。彼とは反対にはるなたち女性組は全く緊張していないようだった。
「い、いや、そんなことはないよ?」
どもりながら返すその態度から緊張しているのは明らかだった。いざとなると腰が引けてしまう意気地のなさがここで出てしまっていたようだ。
「まあ、入ってみたら案外あっさりとしてるわよ。とにかく入りましょう」
ここで彼を待っていたらいつまでも先に進めないと呆れた秋と早く入りたいという好奇心が抑えられないはるなが大輝の背中を押しながらギルドの中へと入っていく。
「ちょっ、まっ!」
不意打ちを喰らった大輝は抵抗する間もなく、ずるずると中に押し込まれてしまった。
扉をくぐってギルドに足を踏み入れると、騒がしい大輝たちに注目が集まった。冒険者たちの独特の探りを入れるような眼差しに大輝はすっかり委縮してしまった。
「あ、いえ、あのすいません」
とりあえず何か言わなければと思った大輝は謝っておく。その気弱な様子に冒険者たちは興味を失って、視線を戻した。あたりにはまた初心者冒険者が来たのかと生暖かい雰囲気すら感じられた。
「あ、あはは」
大輝はその空気の変化に気付いて、乾いた笑いになる。もっとしゃきっと最初の一歩を踏み出すはずが、全く格好がつかなかったことを少し残念に思っていた。
「もう、大輝のせいで舐められたじゃない。しっかりしてよね!」
そう言うと秋はバシンと気合を入れるように大輝の背中を叩いた。
「ご、ごめん」
その勢いによろめきながらも、いつも通りのやり取りに大輝の緊張は少しほぐれていた。
「さ、早速登録に行こうか。あそこでいいのかな?」
きょろきょろとあたりを見回して受付を見つけた大輝は四人を率いてそちらに向かう。
男一人に女四人という彼らは今度は別の注目を浴びていたが、一行は誰も気づくことはなかった。
「いらっしゃいませ、当ギルドは初めてでしょうか? ご用件をうかがわせていただきます」
大輝たちの受付を担当したのは、トゥーラの受付嬢の中でも人気の高いアイリだった。エルフより少し耳の小さいハーフエルフの彼女はブロンドのロングヘアーを揺らして軽い会釈の後、彼らを見ていた。
「えっと、あの、僕たち冒険者登録したいんですけど……」
大輝のおどおどした様子にアイリは笑顔になる。冒険者の街となれば初心者の冒険者も多く訪れるため、彼らもまたそうなのだろうと微笑ましささえ感じた。
「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ。難しいことはありません。こちらの書類に記入して、転写後に一滴血を垂らして完了です」
アイリは彼の緊張をほぐそうと、できるだけゆっくりと優しい口調で説明する。
「じゃあ、その登録を五人お願いします」
いつの間にか隣に立っていた秋が大輝に代わって話を進めていた。
「承知しました。それでは、みなさんそれぞれこちらの用紙への記入をお願いします」
彼女がまとめ役なのだろうと察したアイリが申し込み用紙を取り出して五人へと渡していく。
用紙記入を終えると、それを転写し、血を一滴ずつ垂らして本人登録を完了させていく。
それが終わると、今度はアイリからギルドの説明へと移っていく。蒼太と違って彼らは冒険者になるのは完全に初めてであるため、一行は念入りに説明を聞いていた。そして彼らも疑問に思ったことを逐次質問していたため、アイリは珍しいなと思っていた。
「……以上になります」
久しぶりに全てを事細かく説明したため、アイリは疲労感があったが満足感のほうが勝っていた。以前説明をちゃんと聞いてくれた蒼太のことを思い出しながら、慣れていない様子の彼らの力になれたらいいと思ったのだ。
「ふむふむ、冬子……なにか漏れはないかしら?」
一通り聞いたつもりではあったが、秋は自分以上に記憶力のいい冬子へ確認する。
「大丈夫だと思う」
思う、という一見すると不確定要素のありそうな言葉は冬子がよく使う表現であり、前半の大丈夫という言葉が聞けただけで十分だと秋は判断する。
「長々とありがとうございました。ほら、あなたたちもお礼を言いなさい!」
大輝とはるなとリズは、秋と冬子に説明を聞くことを任せて一足先に掲示板を見ていたため、秋に注意された。
「ご、ごめん」
「ごめんねー」
「も、申し訳ありません」
三者三様の謝罪をしてから、五人全員で再度アイリへとお礼を述べた。気にすることはないとアイリは笑顔で彼らを見送った。
登録と謝罪と感謝を終えた一行は次に宿を探すつもりだった。滞在するからには拠点となる宿屋を探しておかなければならないからだ。
しかし、説明を聞かずに先に掲示板を見ていた三人はそわそわしている。
「あ、あの秋ちゃん」
もじもじとしながらはるながまず秋に話しかける。お願い事をする時の彼女特有の上目遣いで秋を見ていた。
「何よ?」
長い付き合いもあってはるなが言う事は目にも明らかだったが、それよりも早く宿を決めたい秋は少し棘のある声になっていた。
「せっかくだから依頼を受けてみたいなあ……なんて」
はるなはドキドキしながら秋に言ったが、後ろの大輝とリズも同様の表情だった。
「あのねえ、私たちには目的があるんだから、ん? なによ?」
想像通りのお願いに呆れた様子の秋は後ろから少し服を引っ張られているのを感じた。その犯人は先ほどまで一緒に話を聞いていた冬子だった。
「私も依頼受けてみたい」
これで四対一の構図になったため、秋は諦めたようにガックリと肩を落とした。
「はあ、仕方ないわね。じゃあ何か受けましょう」
説明の中にも依頼の話は出ていたため、秋も興味がなかったわけではなく、それを隠して四人に返事をした。
「やった!」
「やりました!」
はるなとリズがお互いの手を合わせて喜んでいる。ほっとしたように大輝と冬子も笑顔になっていた。
「ただし! すぐにはダメ、今日は宿をとって休むわよ。そして、明日改めて依頼を受けましょう」
これが秋の妥協点であり、宿がないと困ることがわかっている四人も渋々ながら頷いていた。
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