第三百三十四話
Uターンした一行は森から村へと戻っていく。帰りも魔素の濃さこそ感じていたが、特に危ない魔物が出てくることはなかった。
馬車を回収したメンバーは大輝が御者を担当し、四人は馬車の中で話していた。
「あの森には近寄らないように説明しておいたほうがいいですね。村長さんに話しておきましょう」
根本的な解決はできなかったことでこの森が危険なことに変わりはない。リズの提案に四人も頷いていた。
「森に子供や村の人が近づいたら危険だよねえ」
森の中の魔素や対峙した魔物たちを思い出したはるなも森の危険性を感じとっていた。鍛錬していない初心者や村人たちが以前のように気軽に入れる森ではなくなってしまったことが心苦しいようだった。
「リズが名前を出して説明したほうがいいでしょうね。よろしく頼むわよ。言い出しっぺさん」
秋はリズの肩を軽く叩いてそう頼んだ。
「わ、わかりました。任せて下さい」
リズは勇者四人に憧れを抱いており、その一人である秋に頼られたことで喜んでいた。
村についた一行は、話していた通りに村長へと説明に行く。
話を聞いた村長も最近の森の異変に気付いていた。それに加え、リズのネームバリューも功を奏していたようで彼らの話をちゃんと聞いてくれた。
「ふむ、やはりそうでしたか。ありがとうございます、村の者にはわしのほうから伝えておきましょう。姫様に勇者様方、本当にありがとうございます。おい、すぐにみんなにこのことを伝えてくるんじゃ」
村長は頭を下げると、すぐに近くにいた青年に声をかけた。青年は話を聞いていたようで一礼するとすぐに部屋を出て行った。
「本当は僕たちが何とかできればいいんですが、今はまだその力が足りません。本当にすいません……」
大輝はまだ成長段階のであるため、今はと付け足したが力足らずであることを不甲斐ないと思っていた。ぐっと握られたこぶしにも悔しさがにじみ出ていた。
「いえいえ、報告してくれただけでありがたい。この村には戦える戦力はほとんどおりませんので調査をしてくれただけでも助かります」
穏やかに首を振った村長は謝罪する大輝に笑顔で返した。村でも対策を考えて行かなければならなかったところに勇者である彼らが訪れたのはタイミングが良かったのだ。
「大輝、今はまだ私たちは弱い。でも、もっともっと強くなってこの村の人たちや各地で困っている人たちを助けましょう!」
大輝の肩に手を置いた秋も大輝の正義感にあてられており、この世界に住む人々を守りたいと思っていた。勇者として力を持ってこの世界に来たからには、その力を何かを救ったり守ったりするために使うべきだと考えていたからだ。
「ほっほっほ、頼もしいですな。それまでお待ちしておりますぞ」
村長はそんな彼らを微笑ましく見ていた。通りすがりの小さな村のことをこれだけ思ってくれる人たちならば、きっといつか彼らがなんとかしてくれるのだろうと感じていた。
「それでは、失礼します」
大輝たちは悔しさを胸に村長の家をあとにした。何度か後ろを振り返りそうになるが、力がない自分たちがいてもどうしようもないのならば、先へ進んで少しでも早く力をつけようと足を進めていく。
「一応にはなるけど、リズの初戦もできたわけだし、冒険者の街に向かいましょうか」
本来の最初の目的地は冒険者の街トゥーラであったため、秋はそう提案した。
「そうだねえ、大きな街らしいから楽しみだよ。ねえねえ、着いたらみんなでお買い物とかしようね」
前向きな性格のはるなは既にトゥーラへと気持ちが向かっているようだった。頭の中では何を買おうか早くも考え始めていた。
「本屋に行きたい」
冒険者の街となればそれなりの大きさの街であることを調べていた冬子も城の書庫から持ち出した本は既に読破しており、新しい本を求めていた。
「僕も楽しみだよ。冒険者ギルドとかも行ってみたいね」
大輝もこの村と城しか知らないため、色々な人がいると思われるトゥーラに向かうことにわくわくしていた。これから先は本格的な冒険が待ち受けていることもより期待感を高めていた。
「私も! 私も楽しみです!」
弾むような反応を示したのはリズだった。彼女は旅に出ることもそうだったが、大輝同様にトゥーラに向かうことを楽しみにしていた。
「ふふっ、私も楽しみよ。ここはまるでゲームの世界みたいだものね、獣人とかもいるんでしょ? 一目、会ってみたいわね」
秋は動物が好きなため、獣人という種がどういうものなのか興味津々だった。いつもしっかり者として気を張っている彼女の顔が柔らかくなっていることに、リズ以外の付き合いの長いメンバーは気付いていた。
「秋ちゃんはほんと動物好きだよねえ」
「あ、あの、獣人の方々は動物とは違うので、その、そういう言い方をされると」
怒ってしまうだろう。そう考えたリズは念のため、二人を注意する。この世界の常識に詳しくない勇者たちを助ける存在として、おずおずと遠慮がちであるものの、きちんと伝えなければと必死だった。
「そうだった。ごめんねリズちゃん、街についたら気を付けないと。秋ちゃんも獣人さん見つけても突進しちゃだめだからね」
「し、しないわよ!」
はるながにやにやと笑いながら注意するため、秋は少し顔を赤らめながら慌てて否定する。
しかし、大輝、はるな、冬子の三人は秋が可愛いものに目がないことを知っているため、もし注意されていなければ突進していたかもしれないと想像して笑っていた。
「も、もう、行くわよ!」
照れを隠すために、秋は少し大きな声でそう言うとすぐに馬車へと乗り込んだ。
「ふふっ、秋ちゃん可愛いなあ」
はるなはそのうしろを追いかけながら、楽しそうに笑っている。
「あ、あのアキさんはなんていうか、こう、冷静な感じなのでは?」
リズは訓練をしている時や謁見の時の秋のイメージが強いため、今の照れて赤くなった秋のギャップに驚いていた。
「あー、そう見えるよね。僕も知り合ったばかりの頃はそう思っていたよ。いつも冷静で騒いでいる僕らを止める役割でね」
ぽりぽりと頬を掻く大輝の言葉にこくこくとリズは頷く。
「でも、秋は女の子らしいところがたくさんある」
そう淡々と言ったのは冬子だった。
秋は女子剣道部の元主将で周囲から男勝りだと思われていた。本人もそう思っている節がある。彼女のショートカットの髪が快活さをより際立たせていた。
「そうそう、もしかしたらだけどこの中で一番女の子っぽいの秋ちゃんかもしれないよ?」
くるんと振り返りながらはるなが人差し指を立ててそう言った。さすがにそれは、そう思ったリズは首を横に振ろうとしたが、大輝も冬子も同意するように頷いていた。
「えっ? 本当に?」
戸惑うリズの質問にこれまた三人がにっこりと頷いていた。
「こらっ! 早く馬車に乗りなさい!」
なかなか乗り込んでこない四人に向かって秋が声を張り上げる。
「やばっ、みんないこう」
大輝に促されて四人が慌てて馬車に乗り込んだ。どこかまだ顔に赤みの残る秋が先に中で座っているのを見たはるなたちはみんなで微笑んでいた。
「ほら大輝、操縦頼んだわよ!」
御者台に乗った大輝に乱雑に秋が声をかけていよいよ出発となった。
馬車の中では秋の可愛いエピソードがはるなと冬子によって語られ、リズが興味深そうにそれを聞いていた。もちろんその度に秋が恥ずかしさから怒っていたが、手綱を握りながら大輝はこんな旅も悪くないなと頬を緩ませていた。
一行は途中、何度かの野宿をして、トゥーラへと向かった。
野宿には、蒼太の聖域のテントよりも幾分かランクの下がるものだったが騎士団の遠征でも使うものを用意しており、正確には野宿ではなくテントでの寝泊りだった。
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ナンバリングされていませんが、2巻にあたります!




