第三百三十三話
森の奥へと歩を進めていくに連れて次第に魔素が濃くなっているのを彼らはひしひしと感じ取っていた。
「これはすごいね……」
このあたりは村にも近く、元々駆け出しの冒険者が散策するような森だったが、今は誰も近寄らないような森になっていた。あまりにも濃すぎる魔素は身体に毒だからだ。魔物もその影響を受けて進化してしまうことがある。
「ちょっと気配が濃すぎるね」
その魔素の影響を受けた魔物の気配が強くなってきたため、大輝は歩く速さをゆっくり目にしていた。いつ魔物が飛び出してくるか分からないからだ。
「みんな、いつでも戦いに移れるようにしておいてね」
秋も大輝と同様の考えであり、後方に注意を促していく。他の三人は声を出さずに頷いて、自分の武器を改めて握り直していた。
「……来る!」
咄嗟に大輝が声をあげるが、これは気配を感じ取ったわけではなく前方から何かが走ってくる足音が聞こえたためだった。周囲にはがさがさと草をかき分けてくる音が響く。
「三人は道の左右にわかれて! 大輝、迎え撃つわよ!」
大輝と秋は剣を構え、後衛三人は指示通りに左右にわかれていつでも攻撃に移れるように準備をしていた。
警戒する彼らの元へ足音はドンドン近づいてくる。しばらく待つと足音の主がその姿を現した。
普通の熊よりも明らかに大きな体をもち、鋭い爪を持つ魔物が狙いを彼らに絞って突き進んでくる。
「あれは……ビッグボア! しかも群れで来る!」
魔物について最も詳しい冬子が声をあげた。その数は大輝たちと同じ五体。そして魔物について知識を得ていた彼女は書物に描かれているものより、目の前のビッグボアが明らかに凶暴性が強いことを感じ取っていた。
「秋! いくよ!」
先手必勝と言わんばかりに先頭の二頭に目標を定めて大輝と秋が斬りかかっていく。
「ブオオオオオ!」
急所を的確に捉えて振り下ろされたその攻撃を受けた二頭はそのまま絶命するが、その他の数頭は仲間がやられたことに気もとめず、二人の横を抜けて行く。むしろ数が減って走りやすくなったと言わんばかりだった。
「後ろ行ったよ!」
秋が後方へ声をかけるが、既に三人は攻撃に入っていた。杖を構えた冬子の周囲には淡い光と共に魔法発動の用意ができており、その狙いを定めていた。
「ファイアアロー!」
そして冬子は単体を倒すために大きな炎の矢を放つ。鋭く放たれた魔法は勢いよく向かってくるビッグボアの一体を捕らえた。
「くらええええ!」
自身に向かって走って来たビッグボアにはるなはメイスを振りかぶる。彼女は補助魔法だけではなく、メイスを鈍器として使用していた。
「い、いかせません!」
少し緊張した面持ちのリズも片手剣を構えている。自分よりもはるかに大きなビッグボア相手に怯んでいる様子だった。
「ブオ! ブオオオ!」
迫りくるビッグボアたちは、一体は炎の矢で貫かれ、一体ははるなのメイスで近くの太い木へと吹き飛ばされる。しかし、少しためらいのあったリズの攻撃はビッグボアに傷をつけることはできたが、致命傷とはいかなかった。
「ブルル、ブオオオオン!」
その手負いの一頭がぐるんと向きを変え、今度はこちらの攻撃だと言った様子で最初よりも怒りに身を任せてリズに向かって突っ込んでいく。
「危ない!」
いつでも飛び出せるように構えていた大輝がそれを見て声を出すが、リズは冷静にビッグボアの攻撃を避けていく。ここで慌ててしまってはいけないと彼女なりに気合を入れているようだった。
「こ、これくらい!」
そしてすれ違いざまの一瞬に剣を振るい、その巨体に斬りつけた。その一撃でもビッグボアを倒すことはかなわなかったが、近くの木に突っ込ませることに成功する。
「とどめ!」
木に当たって動きを止めたビッグボアの頭をはるなが振り下ろしたメイスがとらえた。ドゴッという鈍い音と共に絶命したビッグボアが砂煙をあげて地に沈んだ。
「は、はあ、よかったです」
ビッグボアが倒れたのを確認したリズは途端に足の力が抜けて、ぺしゃりとその場に崩れ落ちた。戦闘の緊張から解き放たれたのだろう。
「リズちゃんすごいよ!」
「よくあの突進を避けた」
そんなリズの元へ駆けつけたはるな、冬子が彼女のことを称賛する。すごいすごいと繰り返すはるなと柔らかな笑顔を浮かべた冬子をぼんやりとリズは見上げていた。
「ふう、リズも動けるみたいで一安心だね」
「そうね……私たちに比べると若干攻撃力の面では劣るみたいだけど、それでも冷静な動きができて回復魔法も使えるから、今後必要な戦力になるわね。ただ、やっぱり特訓は必要よ」
少し離れたところで見ていた大輝は彼女が無事なまま戦いを終えることができたと喜んだが、秋は今後の戦いを踏まえて共に戦っていく力があるかどうかを冷静に判断していた。
「秋はクールだねえ……」
「私は!」
大輝の言葉に一瞬熱くなりそうになるが、次の彼の言葉を聞いて頭に上った血が降りてくるのを感じた。
「僕はどうも感情移入しがちだから冷静に見てくれる秋がいてくれて、ほんと助かるよ」
何の気なしに大輝が笑顔でそう言ってきたため、秋は苦笑した。自分がしっかりしなくてはいけないとどこか気を張っていた自分に気付いたのだ。彼の言葉で無駄に入っていた力が抜ける。
「あなたはなんていうか、変わらないわね。ふう、まあそれが私の役割だから構わないわ。大輝はみんなのことをしっかりと見て守ってあげてね」
苦笑交じりに秋は自分は自分の役割を果たすから、唯一の男である大輝にはみんなを守ってもらうよう依頼する。
「ん? もちろんだよ! はるなも冬子もリズも、それに秋のことだって守ってみせるさ」
当然と言うように全員の名前を挙げて頷いた彼にまさか男勝りの自分の名前まで守る対象に入ってるとは思わず、秋は面をくらっていた。みんなを守っているつもりが秋自身もちゃんと大輝に守られていることを感じた瞬間だった。
「おーい、二人とも。リズちゃんのこと褒めてあげてよ!」
二人で話をしている大輝と秋のもとへ、三人がやってきた。その三人の身体に特に怪我がないか咄嗟に見たのは癖のようなものだろう。
「あぁ、ごめんごめん。さっきのリズは確かにすごかったね。あれが魔物との初対戦だとは思えないくらいだったよ。というか、心の準備もほとんどできず突発的な戦闘なのにあれだけ動ければ十分だよ!」
大輝は先ほどのビッグボアとの戦闘を思い出してリズに声をかける。予想以上の動きができることが見れて安心している様子だった。
「あ、ありがとうございます!」
彼に笑顔で褒められたことでリズは頬を赤く染めて、大輝に礼を言った。
「ふう、まあまあってところね。私たち四人はさっきのビッグボアを一撃で倒したわ。でも、あなたは二撃加えてそれでも倒しきれず、最後ははるながとどめという形だったわ……」
そこへ褒めてばかりでは成長しないと判断した秋によって冷静な分析が伝えられる。他の三人に褒められ気分がよかったリズだったが、秋の言葉で神妙な面持ちになっていた。
「ちょ、ちょっと、秋ちゃんそんな風に言わなくたって!」
少し強い口調で秋を咎めようとするはるなだったが、それはそっと大輝に止められる。一瞬困惑したような表情を見せたはるなだったが、大輝の真剣な表情に思い当たることがあるのか口を閉じた。
「でも、まあ悪くないわ。自分の身を守ることができていたし、剣の腕前は徐々に上達するでしょ。何より、武器のランクが私たちのものより少し低いのよね……なんで私たちにはいいものよこして、姫であるリズに最高のものを渡さないのか疑問よ」
最終的にはリズを褒めつつ、少し話題をそらして秋はこの話題を打ち切る。褒めることがあまり得意ではないのかどこか照れが感じられた。
みんなで褒めすぎて調子に乗って現状に甘えてもらっては困る。かといって、落ち込んだままでも士気にかかわるため、秋は装備に話を移すことでリズの能力の問題だけではないことを追加していた。
「ほんとだよねえ。うちのメイスとか、かなりいいものだってみんな言ってたし」
「私のロッドも同じ」
はるなと冬子がそれぞれの武器を見ながら言った。先ほど戦闘で乱暴に使われていたはずのメイスもどこにも傷がつくことがなかった。
「うーん、剣となると私と大輝も使っているし、騎士団の人たちも使うからもしかしたら……」
そうそういい武器を大量に一国が持っているというのは珍しいと考えた秋は自分の推測を口にする。
「いいものが残っていなかったってことかな?」
同じ考えに至ったのか秋の言葉を大輝が引き継ぐ。それは秋が言おうとした言葉そのものであったため、頷いていた。
「確かに……片手剣の需要は高いので、なかなか良い武器が回ってこないと騎士の方がおっしゃっていました。その中で考えたら私の剣は上等な部類にあたるのかもしれませんね」
城の騎士たちとの会話を思い出しながらリズは自分の剣を鞘から抜いていた。すらりと抜かれた剣は姫である彼女でも扱いやすい細身のものだった。勇者である四人に比べたら劣る剣であったが、それでもその中でいいものを与えてもらったというのはわかる。だがこの先もずっと使っていくには少し不安が残るようだ。
「なんにせよ、ここはだいぶ危険だね。腕試しに来るようなところじゃないのは確かだ」
「そうね、戻りましょう」
一行はまだ一戦しかしていなかったが、それだけで森の危険性を感じ取ることができていた。明らかに異様な雰囲気と出てきた魔物も本来のものより凶暴性が強かった。
彼らは実力あったがゆえにあっさりと五体のビッグボアを倒すことができたが、それでもこのクラスの魔物が出てくるとあってはこれ以上無理をする必要はないとの判断だった。
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