第三百三十話 エピローグ②
出来上がったばかりの村では小人族たちが幸せそうに暮らしていた。それを眩しそうに目を細めて見た本郷は小人族の村をあとにしようとしていた。
「ホンゴー殿、長いことすまんかったのう」
そう言ったのは見送りに来ていた小人族の族長のザムズだった。申し訳なさそうな中にも寂しささえうかがえる族長の表情から、長年一緒にやってきた彼らとの別れとなると思うところがあるのだろう。
「いえ、これは元々私がまいた種ですから。なんとか村として軌道にのったので一安心です」
すっきりした顔で本郷はそう返した。彼はこの数年、身を粉にして小人族の村作りに尽力していた。資金は帝国時代の財産を切り崩し、転生前の知識を総動員して過ごしやすい村を作ろうとしてきた。
その結果は、村人たちの顔をみれば一目瞭然。本郷に恨みの視線を送るものはおらず、どの村人も笑顔で彼らを見送っていた。数年かかってようやく完成した小人族の村は一族全員が快適に暮らせる造りになっており、ようやく彼らの安寧の地となったのだ。
「ホンゴー様、そろそろお時間です」
彼の隣にはいつもダークエルフのナルルースがいた。彼女は無理をしようとする本郷のスケジュール管理をする、いわば秘書のような役割を果たしていた。
「そんな時間か。それでは族長、長い間世話になりました」
本郷、ナルルースが深々と頭を下げて村をあとにする。
「もう、早くいこーよー」
そんな二人を急かすのは魔族のフレアフルだった。彼女はぶーぶー文句を言いながらもいまだその身は本郷とともにあり、身体能力の高さを生かし、村の再建に力を貸していた。
「フレアは少し我慢というものを覚えるといいよねー」
彼女をたしなめたのはブルグだった。いつもかぶっていたフードはおろされ、赤い短髪が日に当たって快活さを際立たせた。
彼は小人族に対して、本郷、ボーガの二人と共に土下座をして謝ったあとは、部下の魔物たちの力を使って家の建築や資材集めに奔走していた。最初は小人族たちはその能力に襲撃を思い出してびっくりする者もいたが、ブルグの命令を聞いて一生懸命魔物たちが働く姿を見て、次第に普段の生活でも力仕事があれば彼の能力を借りるものさえいた。
「うるっさいなあ!」
ブルグ自身の能力が弱いため、彼女の突っ込みによってブルグは吹き飛ばされていた。
「あいたたた、フレアは手加減というものを覚えてよ!」
それでもここ何年も突っ込みを喰らい続けてきたブルグの防御力はあがってきていた。
「もう、二人とも少し静かにしていて下さい。小人族のみなさんとのお別れなんですよ?」
今ではここまでのやり取りが慣例となっており、いつも通りの三人のやりとりを見て小人族は笑顔になっていた。
「騒がせて申し訳ない、そろそろ発たせてもらいます」
そろった仲間たちを苦笑交じりで見ていたが、最後は本郷がそう言って村に背中を向けた。
「また来いよ!」
「ここはあんたたちの家でもあるんだからな!」
「ありがとう!」
小人族は口々に本郷たちに声をかけて盛大に見送った。
彼らが小人族に対してやってきたことを最初に聞いた時は、誰もが本郷たちのことを睨み付け、恨み、嫌っていた。しかし、彼らはそれらに負けずに一心に村の再建を成し、そのことで小人族たちの信頼を勝ち取った。
過去の罪は消えないが、それでも小人族は彼らを受け入れることを選択していた。
「ありがたいことだな……」
馬車に乗り込んだ本郷がぽつりと漏らした。
その呟きはナルルース、フレアフル、ブルグ、そしてここまで無言を貫いていたボーガの耳に届いており、彼らは皆頷いていた。
『人というのは不思議なものだな。あれだけ恨んでいたかと思えば、今は笑顔で送り出している』
小竜状態のブラオードは小人族の反応の変化を不思議に思っていた。本郷たちはこの数年、罪をそそぐためにわき目を振らずにがんばってきていた。それをずっと見守ってきたブラオードだったが、古龍種にとっての数年というものは極あっという間に感じているため、そこに感覚の齟齬が出ていた。
「まあ、そういうものだと思ってくれればいいさ。さすがに、俺たちとの感覚の違いを埋めるのは難しいから」
本郷は彼の言葉にそう返した。過去に何度か説明をしたことはあったが、理解してもらうことができずに志半ばで断念する結果となっていたからだ。
「とにかく、これで私たちは次のステップに進めます。どこに行きま……どうかしましたか?」
ボーガが手綱をとっているはずの馬車が止まったことで、ナルルースが御者台にいる彼に尋ねる。
「あいつらが来た」
ある一点を指し示すボーガは目ではなく、気配でその存在をとらえていた。
「あいつら?」
反対にナルルースは種族特性の視力の強化を使って、ボーガが示す先に目を向ける。
「……確かに」
彼女は向かってくる人物の姿を見てふっと笑ったのちに頷いた。
本郷は二人が言うのであれば来るのだろうと特に構えずに、遭遇するのを待つことにした。
しばらく待っていると、その相手が姿を見せる。
「よう、久しぶりだな」
それは蒼太たち一行だった。
「蒼太か、久しぶりだな。ナルの修行が終わってからはディーナさんも来ることがなかったからな」
返事を返したのは本郷。ディーナは蒼太が宣言した通り、ちょくちょく小人族の村を訪れて彼女の精霊魔法の修行につきあっていた。
「お久しぶりです。あれから精霊さんとは仲良く過ごせていますか?」
「おかげさまで私の話を聞いてくれるようになりました。ありがとうございます」
師匠であるディーナの問いに、ナルルースは深々と頭を下げて礼を言う。最初はナルルースも時に卑屈になることもあったが、ディーナの親身な対応に種族の差など気にすることがなくなり、そうやって修行を行っていくうちに仲良くなっていた。
「それで、わざわざこんなところまでどうしたんだ?」
最もな疑問を本郷が口にする。
「そりゃ、お前たちの門出を見送りにきたに決まっているだろ? 俺が言い出したこととはいえ、今日までご苦労さんだったな」
元々は蒼太の提案ではあったが、やり抜くという気持ちは本郷たち自身のものであったため、彼の言葉に悪い気はしていなかった。
「ありがとうな」
素直に出てきた本郷の感謝の言葉には、見送りに来てくれたことだけでなく、小人族に謝罪をする機会を作ってくれて、更には罪をそそぐチャンスを与えてくれたことに対してもだった。
「素直に感謝されるとどこか気持ち悪い気もするが、それはひねくれた考え方なんだろうな。素直に受け取るよ」
本郷を見てふっとほほ笑んだ蒼太は自分の考えを正して、彼の言葉を受け入れた。
「それで、お前たちは最初言ってたみたいに旅に出るのか?」
ふと本郷との戦いの後に話していたことを思い出した蒼太は続けて質問を投げかける。
「あぁ、行き先は特に決めていないんだが、とりあえず気ままにあちこちを訪ねる旅にでも出ようかと思っている」
とりあえず小人族の村を出発した彼らだったが、あてがある旅ではなかった。
「そうか。最近の俺たちはダンジョンに潜っているんだ。世界の色々な場所にあるからな、これがなかなか興味深いし面白いものが手に入る」
「ほう、それは面白そうだな」
この世界の一般人が聞けば、ダンジョンといえば危険であり実入りも少ない面倒な場所という認識だった。もちろん一部の冒険者からすれば、いろんな意味でおいしい場所という認識でもある。
しかし、この元々地球から来た蒼太と本郷からしてみるとダンジョンに潜るのに必要な理由は一つで十分だった。
「ロマンがあるだろ?」
「うむ」
蒼太の言葉に対する即答ともいえる本郷の頷きは、彼らならではのものだった。
「ははっ、やっぱり同郷ってのはいいもんだな。あんたは敵で過去にやらかしたことを考えると憎むべき対象だが、実際はどこか憎めない部分もある。不思議なものだよ」
蒼太は嬉しそうにそう言うが、対する本郷はどこか複雑な表情をしている。
「本当に二人にはすまないことをした」
ぐっと表情を硬くした彼は今でも自分がやったことを後悔していた。彼らは仲間を殺されたというのに自分を許し、認めてくれている。ディーナに至っては片割れといってもいい双子の兄を殺され、自分を深く恨んでもおかしくないという思いが本郷にはあった。根が真面目だからこそ、本郷は数年たった今も後悔の気持ちが薄れることなどなかった。
「もういいんです。あれは過去のあなたがやったことです、事情を聞けばわかる部分もありますから」
ディーナは自分が同じ状況になったら同じことをしても仕方ないとも考えていたため、彼を許すことにしていた。誰よりも兄を思っているからこそ、恨むことよりも許すことを選んだのだ。
「ありがとう、すまなかった」
本郷は再度謝罪の言葉を口にするが、ディーナは柔らかな笑顔のままだった。
「まあ、お互い未来に生きよう。これから色々な面白いことが俺たちを待っているんだからな」
千年前の真実を知るという再召喚された時の目的を果たし、自由にこの世界を冒険し始めて数年。まだまだ、この世界を探索したらない蒼太は本郷に向かってにやりと笑う。
「あぁ、俺たちも何か目標を見つけられるようにがんばるよ。二人ともありがとうな」
本郷はそう言うと、ボーガに馬を出すよう合図した。ゆっくりと走り出した馬車から本郷の仲間たちも思い思いに蒼太たちに別れの挨拶として手を振ったりしていた。
そんな旅に出た彼らを見送った蒼太は隣にいるディーナの手をぎゅっと握る。未来に向かって歩き出していたのは本郷たちだけではないようだ。
「これで、俺たちの胸のつかえもとれたな」
「はい」
微笑みかける蒼太にそっと手を握り返したディーナの顔は幸せに満ちた笑顔になっていた。
この先、蒼太たちはダンジョンハンターを続けながら旅をし、本郷たちは目的のない旅をしていくこととなる。
その中で蒼太たちは一つの変化を感じることとなった。千年前の勇者たちの物語、この物語は別の世界から召喚された勇者が魔王の呪縛によって仲間の勇者をその手にかけるというものだった。
しかし、今現在語られている千年前の勇者たちの話は違うものになっている。召喚された勇者は見事魔王に止めをさしたが、他の勇者たちは戦いに命を燃やし尽くし、亡くなったというものだった。また、一人生き残った勇者も魔王を倒したことによる時空の変化に巻き込まれ、元の世界に戻ったという終わりになっている。
この物語とは別に、新たな勇者の物語も世に語られるようになった。
とある人族の王国に召喚された勇者四人。彼らが今代の魔王を倒したという物語。ただの高校生だった彼らが、どう成長しどうやって魔王を倒すに至ったのか。
それはまた別の物語……。
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2016年最後の更新です。




