第三十二話
蒼太は数時間ぶっ通しで本を読み続けていた為、身体が固くなっているのを感じた。
本を置き、背伸びをすると身体がバキバキと音をたてる。
一通り読み終わったため、山積みになっていた本を棚に戻していく。
それを終えると今度は他の棚を順番に眺めていく。特に目的はないが面白い本はないかと気分転換に見ていく。
魔術書、歴史書、物語、学術書、辞典、経済書など様々なタイトルが棚ごとに分類され並んでいる。
蒼太は気になるタイトルがあると手に取りパラパラとめくり、興味がなくなるとまた戻し次の棚に移る。
そうしていく内に児童書のコーナーへと辿り着く。
絵本に始まり、子供向けの物語やおとぎ話、勉強のための本などが並んでいる。
その内の一つを手に取り、他の本同様パラパラと読み進めていく。
しかし、今までの本の時とは違い本棚に戻さず、それどころか本を最初から、今度はゆっくりと読み直していく。
ダラダラと気を抜いていた表情は引き締まり、険しい顔になっていく。
「これが千年前の戦いの結末だっていうのか、一体なんでこんな……」
その手の中にある本のタイトルは『七人の勇者の伝説』。それは千年前の蒼太達七人の勇者と魔王の戦いを記した物語。
その本を読み終えると、類似した本を探して読んでいくが大筋はどの本も同じ内容だった。
物語では蒼太は魔王の血を浴び、最後の闇魔法を受けたことにより正気を失ったとある。
そして、その手で仲間である竜人とエルフと獣人の勇者を次々に殺し、最後には姫の送還魔法で地球に戻っている。
その姫も送還魔法を使ったことで命を落とした。
蒼太が思い出せる限りでは、魔王との戦いの際にみんなが作ってくれた隙をつき、とどめの一撃をさしている。
しかし、それももやがかかっており、霧の中で少しだけ見えるようなぼやけた記憶だった。
あの戦いは皆が皆、力を出し切りその身は疲弊していた。
そんな状態で魔法をかけられれば闇に落ちてしまう。しかも媒体として魔王の血が使われたとなれば、その効果も絶大だ。普通ならば。
蒼太は魔王の得意な闇魔法対策として、光属性の装備を複数つけており、魔法耐性を上げる付与魔法を複数かけていた。
更に、当時勇者として蒼太は『光の神の加護』を受けていた。
例え魔王の血を媒体にした闇魔法だとしても、弱った状態の魔王が放った魔法で蒼太が闇に落ちるとは思いがたかった。
その他に、蒼太が引っかかっていたのは問題の媒体となっている魔王の血だった。
ユニークスキルを使いながら何度も魔王に切りつけたが、一度として血が出た記憶はなく剣に血がつくこともなかった。
止どめだったからとはいえ、身体に浴びるほどの血が出たとは考えづらい。
更に最大の矛盾点だが、おとぎ話のようなものだから仕方ないと流されるかもしれないが、全員が死ぬなり送還されるなりしたはずなのに、誰がこの物語を紡いだというのか。
それが最大の疑問だったが、その誰かを突き止めることが出来れば物語の真相を知ることが出来るかもしれない。蒼太はそう考える。
勇者の誰かが生きていたのか、それとも他に誰かがいたのか。
「ここから一番近いのは、エルフ族領か……」
千年の時が経過しているため、何も情報を得られないかもしれない。
それでも、何か真相の欠片だけでも手に入る可能性はゼロではない、そう思った蒼太は本を戻すと受付へと向かう。
「あ、お帰りですか……どうかしましたか? 何か怖い顔をしてますが」
帰り際には受付の司書は女性のみになっており、男性職員は書棚の整理をしているようだった。
「いや、なんでもない。色々助かったよ、保証金を返してもらえるか?」
「はい、ありがとうございました。またのご利用お待ちしています」
蒼太は金貨を受け取ると、扉を開け外へ出る。
日が傾き人通りも減る中、蒼太の足はまっすぐに目的の場所へと向かっていた。
目的の店へ着くと、扉をあける。
入り口のベルが鳴り、店員が反応する。
「はいはい、いらっしゃい何かようか……おや、ソータじゃないか。またうちの設備を使いたくなったのかい?」
普段はエルミアが店番をすることが多いが、今日は珍しくカレナが店番をしていた。
「いや、今日はあんたに話があって来たんだ」
カレナは驚いた顔をするが、すぐに笑顔になる。
「ははっ、この年寄りと話したいなんて嬉しいことを言ってくれるね。いいよ、聞こうじゃないか。店を閉めるからちょっと待っておくれ」
扉の札を閉店に変えて、鍵をかけ、カーテンを閉めていく。
「さぁ、奥の部屋に行こうか。茶ぐらいなら出すよ。エルミアがいないから、味はイマイチかもしれないけどね」
この間行った作業部屋とは別の応接室へと案内される。
「座って待ってておくれ、私はお茶をいれてくるよ」
カレナが部屋を出て行ったので、蒼太は部屋の中を見渡す。
天井には灯りの魔道具が設置されていて、向かい合うようにソファが二つあり、その間には座卓がある。
部屋の隅には台の上に花瓶が置かれ、花が飾られていて綺麗に整頓されており、掃除も行き届いている。
部屋を眺めていると、カレナが戻ってくる。
「おまたせ、紅茶と簡単なものだけど茶菓子を用意したよ」
これでもか、というくらい濃い色の紅茶とおいしそうなクッキーがテーブルの上に並ぶ。
その紅茶を一口すすると、蒼太は噴出す。
「げほっ、げほっ! なんだこれは!!」
カップをテーブルに戻し、取り出したハンカチで口を拭う。
「おや? そんなにまずかったかね? おかしいねえ、淹れ方はエルミアとそんなに変わらないと思うんだけど」
カレナは紅茶を涼しい顔で飲んでいる。
口直しに食べたクッキーは、今まで食べた中でも上位にランクするほどの味だった。
「このギャップは一体……」
「あー、そのクッキーはエルミアが焼いたからね。私が言うのもなんだけど、あの子はきっといい嫁になるよ」
腕を組み、うんうんと頷く。
蒼太は鞄から水を取り出しそれを飲み干す。
「それで、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「ん? あぁ、そうだったね……で、一体何だい? また錬金術のことかい? それともエルミアのことかい?」
蒼太は首を横に振る。
「どっちも違う、というかエルミアの話はあんたがしたいだけだろ……俺が聞きたいのは、あんたがいた国、エルフ族の国のことだ」
カレナは紅茶を飲む手が止まり、そのままカップをソーサーに戻す。
「……一体あの国の何が知りたいんだい?」
表情も少し険しくなる。
「そんなに難しいことを聞きたいわけじゃない、あんたのあの国に対する現在の印象と、千年前の戦い以降に何か大きなことが起きてないか。それを聞きたい」
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