第三百二十話
前回のあらすじを三行で
魂斬る剣
不幸の理由
あっちでうまくやるんだねぇ
「これでしばらくすれば目覚めるだろう」
その声は蒼太のものだった。横たわる本郷の側で彼の容態を見ていた蒼太がそう判断すると本郷の仲間たちはほっとした表情になった。
「あ、ありがとうございます!」
礼を言いながら頭を下げたのはナルルースだった。彼女に続いてボーガ、ブルグ、フレアフルも頭を下げる。
戦いを下の階で待っていたそれぞれの仲間たちは、物音がしなくなったことを聞きつけて戻ってきていた。そこには意識を失い、倒れる本郷と毅然と立つ蒼太がいた。蒼太は斬りつけた傷に対して回復薬を本郷にかけ、それでも魂を燃やして戦った本郷の身体は回復が追いつかないため、ディーナが回復魔法をかけた。最初は本郷がやられたことに怒りがこみあげたものの、本郷の仲間たちには回復魔法が使える者がいなかったため、本郷がいなくなるくらいなら自分たちがおとなしく見守っていた方がいいと判断したようだった。
「気にしないでくれ、というか回復薬を使ったのは俺だが斬ったのも俺だ。それと回復魔法を使ったのはディーナだから頭を下げるなら俺じゃなくてディーナにしてくれ」
そう言ってから蒼太はディーナに視線を移す。本郷の仲間たちも一斉に視線を彼女に向けて、それぞれ感謝の意を込めて頭を下げた。
「そんな、気にしないで! もう、みなさん頭を上げて下さい」
頭を下げられたことでディーナは困ってしまっていた。
「いえ、敵対しているはずなのに治療をしてくれるなんて、頭を下げても下げたりないくらいです」
これはディーナと戦ったナルルースの言葉だった。先ほどまではディーナを憎い敵だと思っていたが、今では大切に思っていた本郷を助けてくれた恩人だという思いがナルルースを穏やかな気持ちにさせていた。
「まあ、どちらにせよあとはこいつ次第だな」
蒼太が仰向けになってナルルースに膝枕されている本郷のことを指差していた。
「……んん」
蒼太の言葉に反応したわけではなかったが、本郷が目を覚ましたのか、声を発する。
「エルダード様?」
それに気づいたナルルースの声で本郷の覚醒が促される。うっすらと開かれた本郷の視界いっぱいにナルルースの心配そうな表情がうつった。
「ん、ナルか? それにお前たち……俺は……っ!!」
そこまで言うと本郷は慌てて身体を起こした。
「俺は、確か斬られて! つっ!」
傷は確かに塞がっていたが、それでも完治したわけではないため痛みが残っており、ひきつったような痛みに本郷は顔を曇らせている。
「まだ無理しないほうがいい。切れ味がよかったからくっつくのも早いだろうが、しばらくは痛むだろうからな」
そう声をかけてきたのがその傷をつけた蒼太だったため、本郷は目を見開いて驚いていた。
「なぜお前が! いててっ」
食って掛かる様子の本郷に蒼太は嘆息する。
「はぁ、だから無理はするなって言っただろ? おい、お前たちの大将なんだから、無理しないよう見張っておけよ」
「承知しました。もう、急に動かないでください、エルダード様」
蒼太の呆れたような言葉にナルルースは即答して、立ち上がろうとする本郷の動きを止めようとした。
「……状況がつかめないって顔だな。とりあえず言っておくと俺とお前の戦いは俺の勝ちだ。それはこいつら全員が認めていることだから、それは受け入れてくれ」
「そうか、やはり俺の負けだったか……」
本郷も蒼太に斬られたのは覚えており、女神から色々な話を聞いていたため、これについてはすんなりと受け入れられた。覚醒した頭で周りの状況を確認すると、それぞれの仲間が集まっており、自身の仲間たちが心配そうにこちらを見ているのが分かった。それもあって本郷の頭は冷静さを取り戻す。
「それと、もしかしたら既にわかっているのかもしれないが、お前のユニークスキルは消失している。そしてこれもわかっているかもしれないが、それは俺のユニークスキルによるものだ」
女神の説明と蒼太の言葉が合っているため、本郷は素直に頷く。実際、どこかずっと感じていた楔のような感覚も消えたように思ったからだ。
「そう、みたいだな。魂斬る剣だったか? これで俺はもう記憶を維持したまま転生することはできなくなったわけだ」
彼が転生してきたことをここにいる直属の部下たちには話してあったため、彼らはそれぞれ驚いていた。
「俺は謝らないぞ。そのユニークスキルをなんとかしなければ、ここで俺が勝っても無意味だったからな」
「なんだって!?」
悪びれない蒼太にフレアフルは食ってかかろうとするが、それは本郷によって止められる。それでフレアフルはしゅんとしたように大人しくなった。
起きたばかりの時は混乱していたが、今の本郷はとても落ち着いていた。
「色々とわかったことがあって、今ではお前には感謝している。俺のユニークスキルを斬ってくれてありがとう」
なぜ自分がこれまで不幸な目にあっていたのか、その原因がわかり、それを取り除いてくれたのが蒼太だと知ったため、彼は憑き物が落ちたようなすっきりした顔をしていた。
「ん? よくわからないが、俺たちが勝ったんだから俺の仲間や俺に関わるやつらに手を出すなよ?」
かなり広い範囲での指定だったが素直に本郷は頷いていた。
「あぁ、もう俺の目的は意味がないことがわかったからな。小人族はもちろん竜人族にも手を出すつもりはない。お前たちにも謝らないとだな、あっさりと負けてしまった上に目的も諦めるわけだ。一体なんのために俺についてきたのか? って感じだろう」
やや自虐的に言う本郷だったが、彼の仲間たちは誰一人異議を唱えることなく一様に首を横に振る。
「私はあなただからついてきたので……最後のダークエルフとなった私を助けてくれたあなただから!」
「あ、あたいもだよ! 親父が死んで、どうしていいかわからずにいたあたいに手を差し伸べてくれたのはエル様だけだよ!」
ナルルース、フレアフルの二人は涙を流しながらそれぞれ本郷に抱き着いていた。
「私もです。そもそも帝国でも低い地位にいて、うだつが上がらないままの私に声をかけてここまで成長させてくれたのはエルダード様です!」
「僕も魔物を操れるの気持ち悪いって言われて、親にも怖がられてたけどその力を活かす道を示してくれたのはエルダード様だから」
ボーガとブルグも彼女たちの言葉に続いた。
「俺は自分の目的の為にお前たちの力を利用したんだぞ?」
仲間たちがそれぞれ自分をこんなにも慕ってくれていたのだと知らなかった本郷のその言葉にも全員が首を横に振った。
『何を言っている。お前がこいつらを助けた理由がなんであれこいつらは生きる道を見つけたんだ、お前のおかげでな。理由なんてそれだけで十分だろう』
見た目が最も人間らしくないブラオードに、最も人間らしい言葉を言われて本郷は面を喰らっていた。
「は、はは、竜であるお前にそれを言われるとはな」
今まで彼に意見できたのはブラオードだけだった。人でもエルフでも魔族でもない、はるかに長い時を生きる竜種は本郷にとって長年頼ってきた相手で、そんな彼に意見を言われたのを嬉しく思ったのは今回が初めてだった。
「それで、目的は意味がなくなったってことだが、お前はこれからどうするんだ?」
彼らのやりとりを見ていた蒼太が質問する。本郷の答え次第では、彼の、彼らの行動を制限する必要があると考えたためだった。
「……まだ具体的には考えられていないが、将軍職を辞して旅にでも出ようかと考えている。この国の宰相は優秀だから、俺がいなくても問題はないはずだ。こいつらも俺の直属の部下であって、帝国には別に戦力があるしな」
その答えは蒼太にとって意外なものだったが、彼が戦いの末に得た答えは蒼太にはわからないものなんだろうと納得する。
「ふむ、だったら心配はないか。それで大将がこう言っているがお前たちはどうするんだ?」
その質問に、彼らは既にどの道をゆくか決めているようだった。
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