第三百十話
前回のあらすじを三行で
父親の敵
膠着状態
女神との邂逅
蒼太の意識が現実に戻ってきたことを自覚すると、まだ時が止まったままであった。だが時間が動き出すタイミングは自然と理解できていた。
「動け」
そう呟くだけで一気に時が動き出した。
「げほっ、げほっ。さすが親父を倒しただけのことはあるね。でも、こっちも本気出すよ!」
ただの強がりかとも思われたが、彼女の魔力はどんどん高まっていた。人間に近い姿から徐々に魔族である本来の姿に戻っていくことで、彼女は本来の力を取り戻していた。
魔族が本来住む地域では空気中の魔素が強くそのままで生活できたが、こちらの大陸では姿を人に近づけなければ魔素が少なく生きていくのが困難になる。
しかし、彼女は蒼太を倒すためにその力の全てを開放していく。
「これ長いこと持たないから、一気にいかせてもらうね!」
そう言うと彼女は先ほどまでを更に何段階も上回る速度と威力で蒼太に殴りかかった。
「ぐっ!」
さすがの蒼太も急に速度の上がったそれを避けることができずに、腕で受けるのがやっとのことだった。そして、そのまま後ろに吹き飛ばされる。
「まだだよ」
だが、それを許さずに彼女は追いかけてくる。
吹き飛ぶ蒼太に並走して、横から二の拳を繰り出す。態勢が崩れていた蒼太の腹部に拳は直撃した。
「ぐふっ!」
この世界に再召喚されてから蒼太が直撃をくらうのは初めてのことだった。蒼太はゴロゴロと転がっていく。
「ほら、早く立ちなよ。こっちは時間がないんだからさ……それとも立たせてほしいのかい?」
フレアフルの挑戦的な言葉に蒼太は立ち上がった。しかし挑発に乗ったわけではなく、口元には笑みが浮かんでいる。
「それが本気の姿か。なかなか強いじゃないか、最初からそっちできてくれたら俺だってそれなりの対応はしたんだがな」
蒼太の言葉は反対に彼女を挑発していた。
「なかなか、だって? あたいの拳になすすべなく吹き飛ばされたあんたが、どの口で言ってる!!」
素直に強さを認めず、いまだに彼女のことを下に見ていると感じたフレアフルは蒼太に向かって怒鳴り声をあげた。
「なすすべなく、ね。そう言うのはご自慢の拳を見てからでも遅くはないんじゃないのか?」
蒼太は離れた場所からではあるが、彼女の拳を指差していた。
「あたいの拳がなんだっていうんだよ……えっ、なんで?」
何を言われたか分からなかった彼女は訝しげな表情で言われるがままに視線を下ろすと、彼女の拳には傷がついていた。それは致命的なものではなく、小さなものだったが傷として残っており、どんなに意識を向けても回復する兆しが見られない。
「な、なんで、なんで治らないの!?」
未だかつて傷が治らないという経験をしたことがない彼女にとって、これは初めて感じる恐怖だった。
「言っただろ? 俺はお前の親父を倒したってな。つまり、俺にはお前に対しても戦う手段を持っているってわけだ」
蒼太は彼女の攻撃を避けることはできなかったが、当たる瞬間に彼女の拳を風の魔力で覆いかまいたちを作り出し、小さいながら傷をつけることに成功していた。
「何を、何をしたんだあああ!」
ぞくりと身体を駆け抜ける恐怖を振り払うかのように怒りへ転換し、再度蒼太へと向かってくる。
だが怒りに満ちた直線的な動きは蒼太にとって狙いやすいものであり、恰好のカモだった。
「その性格は細かい駆け引きが重要になる戦いには向いていないな」
蒼太は拳を夜月で受け流し、そのまま弾くことで態勢を崩す。
「なんで!」
簡単に当たったはずの拳が再び当たらなくなったことに驚く。本来の姿に戻ったことで自分の能力は最大限に発揮している。確かに単調な攻撃だったかもしれないが、蒼太が当たり前のように防いだことに軽いパニックになっていた。
「なぜって、俺のほうが強いからだろ」
何とか立て直そうとしている彼女に夜月が容赦なく振り下ろされ、ばっさりと肩口から斬られていく。
「ぐうううううう、あああああああ!!」
初めて感じた強い痛みに彼女は叫びながらごろごろとのたうちまわる。
「不死身であるという能力に頼り過ぎだ。そのせいで防御もおろそかになっているし、武器を使わないのも今まで拳で倒せなかった相手がいなかったからなんだろ? 自分より強いやつがいつか現れるかもしれない、そう考えて研鑽しないからこんなことになるんだ」
彼女の身を拘束する手段はいくつかあったが、彼女を倒さずに放置した場合、新たな魔王として君臨する可能性も考えられたため、蒼太の攻撃に一切の容赦はなかった。
「悪いが止めを刺させてもらうぞ」
転がっているフレアフル目がけて夜月を振り下ろそうとすると、後ろから何かが飛んできたため、蒼太はそれを咄嗟に飛んで避ける。飛んできたそれはフレアフルの近くの床に突き刺さって止まった。
「まさか手を出してくるとは思わなかった」
蒼太は視線を彼女に向けたまま、それを投げた主に話しかけた。
「俺はフレアにそれを渡しただけだ……武器がないのは公平じゃないと思ったんでな。その途中にたまたまお前がいただけだ」
本郷は鼻で笑い、何が悪い? と言いたげな表情でそう言う。
「別にいいが、あいつにアレが使いこなせるのか?」
フレアフルのすぐそばに刺さったその大きな剣を杖がわりに彼女は立ち上がる。
今では一瞬で怪我が回復することはなかったが、それでも本来の姿になっていることも相まって回復力は高く、蒼太に斬られた肩の傷は何とかつながっていた。
「ぐう、お前、絶対殺してやるからな!」
痛みをこらえながら彼女はその剣を構えた。小柄な彼女の身体のサイズからすると不釣り合いな大きさだったか、まるで片手剣でも持つかのように軽々とそれを持ち上げる。
「怪我してるのによくそんなでかいの持ち上げられるもんだ」
「これは、肉体が強化される特殊な魔剣だからね。あたいならこれくらいできるんだよ!」
彼女は剣を構えて蒼太に向かってきた。
「武闘大会で見たのと同じようなやつだな……それにしても太刀筋が甘いな。そんなんじゃ俺には勝てないぞ」
蒼太の言葉通り、必死に剣を振り回すものの、彼女は使い慣れていない様子が見え見えで剣技も素人そのものだった。
「うるっさい!」
それでも彼女は力まかせに振り回していく。使い方は稚拙だったが、まるで嵐のように振り回されたそれを避けるのは蒼太も困難であり、夜月で受け止めることにする。
双方が触れた瞬間に大きな金属音が響きわたる。
「悪いが、お前の相手をいつまでもしているわけにはいかないんだ」
蒼太の左手には蒼月が握られており、それが彼女の胴に向かっていく。
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