第二百九十九話

「ぶるるる」

　エドは立ち上がると首を横に振ってから身体の状態を確かめる。

　しかし、彼のダメージは軽微だった。鎧の衝撃吸収能力に加えて、回復能力、そして彼自身の防御力の高さがダメージを軽減させていた。付け加えると、彼は腕が当たった瞬間に衝撃を軽減させようと自ら飛んでいた。

「グオオオオオ」

　ギガントサイクロプスはエドが起き上がったのを確認すると、追い打ちをかけるため腕を振り上げていた。それが振り下ろされエドに触れようとした瞬間、エドは強い光を放ち、ギガントサイクロプスは目が眩み、とっさに腕を引いてしまう。

　光が収まるとエドの鎧の一部は解除され、地面に落ちている。そして背中には先ほどのアトラと同様に翼が生えていた。

　黒翼のペガサスとなったエドはギガントサイクロプスへと向かっていく。

　その速度は今までのそれを上回っており、その動きをギガントサイクロプスは捉えられないでいる。

「ヒヒーン！」

　鳴き声がした方向をむこうとするが、振りむいた時には既にエドの姿は次の位置に移動している。エドはその素早さを利用して、すれ違いざまに次々に蹄による攻撃をあてていく。

「グル、グアアア！」

　自我を失った状態でも、翻弄されている今の状況には戸惑っているようだった。

　

　地上に降り立ったエドは強力な魔力を蹄に注ぐと、足首にガツンと強力な一撃を放った。

「グアアアアア！」

　エドは足にもダメージを加えており、この一撃がとどめとなったギガントサイクロプスは足元から崩れ落ちるように倒れてしまう。

「ぶるる」

　これで止めだ、とエドは強い眼差しと共に口にした。

「ガ、ガアア」

　その眼差しと先ほどの強い一撃に狂化が和らいだのか、もう降参だ、助けてくれ、そうギガントサイクロプスは言っているように見える。

　そんな彼を無視したエドは倒れたギガントサイクロプスの頭部に向けて全魔力を込めた一撃を放った。

「ギャアアアアアアアアアア！！」

　全力といっていいその一撃はギガントサイクロプスの脳天を直撃し、そのまま断末魔の声をあげて彼は命を失った。

「ぶるる」

　とどめをさせたことを見守っていたエドも最後の一撃に魔力を使い果たし、どさりとその場に横倒しで倒れこんでしまった。

　ブルグは自分の使役していた魔物がエドに倒されるのを呆然と見ていたが、そのエドが倒れたことで意識を取り戻し、片手剣を手にエドの元へと歩み寄っていく。

「……死ね、死んじまえ。僕の可愛い魔物たちを殺した罪を償え！」

　魔物の大半は彼が自分で召喚したギガントサイクロプスが殺したのだが、そんなことはどこかに消えさり、エドによって傷つけられた自分のプライドを取り戻すことだけを考えていた。

「ぶ、ぶるるる」

　視線だけ彼の方を向いたエドは何か言おうとするが、ブルグには理解できないため、その言葉が彼に届くことはなかった。

「死ね！！」

　もちろん弱っているエドであれば、いくら剣の心得があっても当人の戦闘能力の低いブルグであっても殺すことは容易だった。

　しかし、それは実現することはなかった。

「がふっ……」

　片手剣がエドに迫りくる瞬間、ブルグはそう声をあげてその場に倒れた。

『やれやれ、戦いが終わったところで水をさそうとするとは戦士の風上にもおけん』

　その後ろではアトラが呆れたようにブルグの背中を押さえつけていた。

　アトラの言う戦士とは、職業のそれではなく戦うものという意味だったが、この言葉もブルグの耳には届くことはなかった。

『それにしても、エド殿。このような男に情けをかけるなど、優しいにもほどがありますぞ』

　先ほどのエドの言葉は、後ろに気をつけろよという意味だった。共闘していた際にアトラが背中を守ってくれていたことをちゃんとわかっていたからこその発言だ。

「ぶるる」

　その言葉にエドは言葉を返す。

『ふむ、確かにそうですな。エド殿が気にかけていると思ったゆえに、殺すことは避けましたからな……あれがなければ殺していたかもしれません』

　アトラはエドの言葉に納得して頷いて、足元にいる気を失ったブルグを加減しながらも軽く踏みつけた。

『さて、この男も放っておくわけには行きませんな……おい、この男を縛り上げろ！』

　アトラはどこからともなく縄を取り出すと、近くまで来ていたダグラスへと放り投げる。

「は、はい……ブルグさん、ごめんよ」

　仲間に謝罪の言葉をかけながら、ダグラスは言われた通りにする。

『そいつにもこれをはめるのだ』

　縛り終えたところにアトラが取り出したのはダグラスの首につけられたものと同じ首輪を取り出していた。

「……ごめんよ、ブルグさん」

　先ほどの同じような謝罪をしながらも、ダグラスは言われるがままに首輪をつけていった。

『これで終わりだ。さて、この戦いを見ている方が満足いく結果になったかな？　それともふがいない部下に嘆いているところか……いずれにせよ、我々の勝利だ』

　アトラは空中に目を向けて、そういった。当然のようにエドもそちらを見ていた。

　最上階

「くっくっく、すごいなお前の仲間は。ダグラスとブルグが手も足もでないじゃないか、しかも一人はただの、とは言い難いが馬だろ？　まさか一人でギガントサイクロプスを倒すとは思わなかったぞ」

　本郷は深い笑みを浮かべて楽しそうに言うが、蒼太にしてみれば当然の結果だった。

「……アトラ、狼のほうだがあいつはエンペラーウルフ。ウルフ種でも最上位の種だ、あの強さも当然と言えるだろ。そして馬のほうのエドだが、あいつはただの馬じゃない。俺たちとの訓練の結果、種族として進化したエンペラーホースだ。魔物は種によって進化して強力なものになるのは知られているが、実はそれが動物にも適応される」

　淡々とした蒼太の説明を本郷は一言一句聞き漏らすまいと真剣に聞いていた。

「はははっ、ここにきてそんな新事実を知ることになるとはな。俺が知らないことがあるとは思わなかったぞ！」

　自分が知らないことを聞いたことで本郷は笑いがこみあげてくる。まるで自分自身が全知であるかのような口ぶりだった。

「……あいつらだけじゃない、今回俺と一緒に来てくれたみんながかなりの強さを持っている。お前の部下なんぞに負けるかよ」

　蒼太はその笑い声にいらつきながらそう口にした。

「ふふふっ、そうかそうか。そいつは楽しみだな、まだまだ他の戦いがあるから楽しめそうだな。ほれ、次の戦いを見ようじゃないか」

　本郷が次の画面を大きく映す。そこにはにらみ合うようにボーガとレイラが対峙していた。