第二百七十二話
前回のあらすじを三行で
帝国のイメージとは?
悩み考えるレイラ
自分の目で確かめよう
帝国へは陸路の移動であったため、蒼太たちの旅路はゆっくりとしたものであった。
エドの能力は他の馬に比べて高いので、付与魔法をかければかなりの時間短縮は図れる。だが帝国は人の出入りが多く、道中でも旅人や商人、他の冒険者などとすれ違うことが考えられるため、余計な疑いはかけられたくない。だから特に強化をせずに今回は移動することにした。
そのため、帝国にたどり着くまでにいくつもの村や街で宿をとることとなる。
「あんたたち、帝国に向かうのかい?」
聞かれたのは、そのうちのとある酒場でのことだった。
蒼太たちが宿泊する宿の一階にあり、食事はそこでという話だったので案内された通りにここで食事をしていると酔っ払いの一人が話しかけてきた。
「その予定だが……何か用か?」
酔っ払いがただ絡んできたと考えた蒼太は、やや厳しい口調で男に返事をした。
「おいおい、兄ちゃんそんな怖い顔するなよ。そんな顔じゃあ連れの姉ちゃんたちにも嫌われちまうぞ。がっはっは」
男は下品な笑いで蒼太をからかい、手に持ったエールをあおる。歳は四十代半ばといったところだろうか、腰には片手剣を身に着けており、彼も冒険者であろうことがうかがえる。
「それで、何か用か?」
それでも蒼太は表情を変えずに同じ質問をした。
「がっはっは、面白い兄ちゃんだな。なあに大した話じゃないんだけどよ、兄ちゃんは腕に自信があるように見えたから声をかけてみたのさ。帝国は今強いやつを求めてるらしいからな」
そこまで言うと再度大きくエールをあおった。ジョッキの中身が空になったのか、男は底を見て指で舐めとろうとしている。
「その話詳しく聞かせてもらえるか?」
男の言葉に引っかかった蒼太がようやく話に食いつくと、男はにやりと笑って右手を掌を上にして前に出す。
「仕方ない……」
必要経費だと考えた蒼太は何枚かの硬貨を取り出すと男の手の上に乗せる。
「へっへ、毎度あり! おい、姉ちゃん酒を持ってきてくれ! これで頼む」
にたにたと下品な笑いで支払いに満足した男は近くを通った給仕に金を渡し、追加の酒を注文する。
「おい、酔いつぶれる前にちゃんと話をしてくれよ」
その様子を見て蒼太は注意をするが、男は悪びれた様子はなくわかってると頷いた。
「全くせっかちな兄ちゃんだなあ、話してやるから安心しろ。ちょっと待てって」
男は酒が運ばれてくると、それに口をつけてから蒼太へと身体を向ける。
「で、何の話だったっけか?」
「おい! 全くこれだから酔っ払いは……帝国が強いやつを集めてるって話だ」
男は素で忘れていたらしく、蒼太に言われてようやく思い出す。
「そうだった、がっはっは。悪い悪い、それで帝国なんだが最近腕に自信のあるやつを集めているらしい。なんでも将軍だったかが直轄の部隊を作っているらしくてな、そこの強化を図っているらしい。他の国では規律を守れずに辞めさせられるようなやつでも、実力さえあればお構いなしに雇ってるらしいぞ」
このタイミングで蒼太が敵と予想している将軍が軍備の増強をしていることに驚きを覚える。
「そうなのか……」
男に返す返事もおざなりなものになる。
「なんだなんだ、自分から聞いておいて気のない返事をするなあ。そんなことより続きだ。将軍の集めている部隊なんだが、給料もだいぶ優遇されているらしいぞ。だから申し込むやつは後を絶たないんだとさ」
それでも男は酒の分は喋る気があるらしく、またひとつ大きくジョッキをあおると続けて話した。
一方の蒼太は表情を固くして様々な憶測を立てていた。敵の戦力が強化されている、しかもこれからも継続的に。そう考えると蒼太にとって喜べない話だった。
「だがな……やめておいたほうがいいぜ」
これまでの話は実に景気のいい話だったが、そこで男は身をかがめて声のトーンを落とした。
「なぜだ? 将軍と言われるほどの権力者の直の部下になれて給料もいい、しかも性格を問わないのであればやめる理由はないと思うが?」
「がっはっは、そうだな条件だけ聞けば破格だ。だがな、よくない噂もチラホラとな」
男はそこまで言うと、更に手を差し出してくる。これ以上聞きたいなら金を払えという催促だった。情報に対して対価を支払うことに抵抗はなかったが、男が酔いつぶれてしまわないかという心配があった。
しかし、このままでは話が進まないようなので追加の金を男に渡す。
「毎度あり、じゃあ話すぜ? 将軍の部下になるとどうやら非人道的な任務につかされるらしい。それにその将軍ってやつがまた怪しいんだとさ、おおっと……こんなことほかの誰かに聞かれたら捕まっちまうな。とにかく、そいつは実力もあるし部下にも優しいらしいが、他のものでは知ることができないような情報までなんでも言い当てるんだそうだ。まるで預言者のようにな。それに、誰も知らないような知識まで持ってて、帝国の技術を格段に進歩させたんだとよ」
べらべらと喋る酔った男の話を聞いて蒼太は将軍に対する一つの推測を思いつく。
「そいつはもしかして……」
彼はそこまでで言葉を飲み込んだ。
「ん? もしかして? なんなんだ?」
「いや、なんでもない。それで話はそこまでで終わりか?」
蒼太は男に悟られないよう冷たい視線を送り、質問する。
「あ、あぁ、あとは将軍は国外にでかい屋敷を持ってて、そこに部下たちを住まわせているとか聞いたことがあるくらいだな」
男の酔いはその視線を受けたことですっかり醒めてしまったようで、それだけ返すと驚いた顔をしていた。
「だったら、これで話は終わりだな。助かった、ありがとう」
「お、おう。じゃあな」
冷たくあしらわれた男は呆気にとられた表情のまま固まっていたが、そのうち元々自分がいたテーブルにおとなしく戻っていった。
「さっきのはどういうことです?」
男が戻っていったのを目で追っていたディーナが蒼太に質問をするが、蒼太は首を横に振った。
「ここは人の目が多すぎる。あとで、な」
周囲から先ほどの男とのやりとりを見られていたため、蒼太たちのテーブルには注目が集まっており、皆が聞き耳を立てている中で会話を聞かれるのを避けたかった。その意図が伝わり、ディーナは静かに頷く。レイラはというと目の前の食事に夢中で蒼太たちのやりとりに気付いていないようだった。
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