冬支度
急に妖精が現れていたので、驚愕で固まってしまう。
固まる自分。
ふんぞり返る妖精。
訪れる無言。
ようやく解凍したので、仕方なく恐る恐る尋ねてみる。
「あの、家妖精さんですか?」
「俺が家妖精に見える?」
「…いいえ。」
「フフン、俺は本の妖精、本妖精だ!」
「そのままの名前ですね…。」
「ちなみに家妖精にも男性形があるんだぞ。
でも妖精に性別はない。単にどの形態をとるかという話だ。」
ふうん、妖精ってのも結構色々あるもんだなあとか考えて現実逃避しつつも、やっぱり目の前の光景は変わらないわけで。
「俺がお前のところにわざわざ降臨してやったんだ、喜べ。」
「ア、ハイ。」
「お前なんか面白いスキル構成しているな。」
「まあ、そうなんでしょうか。」
「ちょっと俺の言う通りにスキル取ってみないか?
悪いようにはしないから。」
えっ、本妖精にまでスキル取得指南されるの!?
タリさんから熱血写字生講座を受けてるのに!?
ま、まあ聞くだけなら…
「お前は本草学とか植物系の図鑑に力を入れているらしいが、そっちは今は置いとけ。
ズバリ、お前にぴったりなのは楽譜の写字だ!」
「ええ…。」
「いや、植物の図鑑だのは後回しにしろ、って言ってるんだ。
やるのを禁止しているわけじゃない。
むしろ奨励したいくらいだ。
ただ、俺の野望…もといお前の成長の為には楽譜の写字がぴったりなんだ。
大体今のペースで売れるものを作って冬の資金作りに間に合うのか?」
「いや、確かにそれはおっしゃる通りなんですが。」
「だろ、そこで手っ取り早く稼ぐなら楽譜の写字だ。」
「それはまあ一理あります。」
なんと言っても楽譜の方が図鑑と比べて圧倒的にかかる労力が減る。
「ただ、楽譜の稀覯本と言っても普通の楽譜じゃあダメだ。
好事家が好むような楽曲を選び、美しく装飾し、音符と絵が流れるハーモニーを描くようなデザインを配し、オーケストラの曲を普通の部屋で演奏する四重奏くらいを想定して売りに出さないといけない。」
「……。」
「そこでだな、お前には編曲とデザインのスキルを取ってほしい。」
ううん、編曲が1ポイント、デザインが3ポイントかあー。
まあ取れはするんですけども…。
「編曲って他に何に使えるんでしょうか。」
「そりゃあ、お前、旅に出るだろ?
旅に出たら色んな文化があるだろ?
もちろん土地の民謡とかもあるだろ?
お前はその土地の民謡も本として残したいと思ったとして、そこで楽譜に写す際に重要なのが編曲スキルだ。」
「なんかずいぶんと具体的に来ましたね。」
うーん。まあスキルポイントがまだあるからいいか。
いや、なんか256ポイントも要求されるスキル進化を抱えて、そんな余裕はないのだが、果てしなく遠い道に目標を見失いそうになっているのもまた事実で。
「わかりました、乗りましょう。」
「よし!それでこそこの俺様の弟子だ!」
弟子?弟子になったのか?今ので?
とりあえず今から楽譜の作成に勤しめ!ということでまたもや熱血写字生講座が組まれていったわけだった。
オフラインで調べてみたところ、本妖精はそれなりにメジャーな妖精だった。
いや、メジャーとマイナーの中間くらいな立ち位置かもしれない。
本好きの人のところに現れるようだが、本を何冊読んだ、などの条件が一緒でも現れない場合もあるらしい。
謎な妖精だ。
なんだか読書傾向やスキル構成などが尖っている方が現れやすくなるらしい。
そして遂にアンケートの期限が来てしまった。
そう、自分が1位を取ってしまった秋のイベントのアンケートだ。
貴重なSPを1ポイントもらえる機会だというのに、ここまで先延ばしにしてきたのは単純に答えづらいから、だった。
自分が1位をとった場合、難しかったも違う気がするし、易しかったというのも違う気がする。
結局それで先延ばしして今日を迎えたというわけだ。
で、出した答えは設問を飛ばす、だった。
苦肉の策だ!
備考欄にアンデッド達が喋っていた内容について感想を書いたが、イベントのフィードバックとして正しいのかはわからない。
でも後日きちんとメールにポイントが1つ付いて返ってきた。
そんなわけで日々楽譜の写字に明け暮れながら、ここのピアノをもう少し弾きやすく編曲しろだの言ってくる本妖精に操られつつ奴の思惑に乗っていると、結構な収入が手に入った。
音楽家ギルドにも登録し、音楽家ギルドの図書室に楽譜を1冊ずつ納入しろというので従い、そのギルドの図書室に通いつめ、本妖精の強い勧めでサラディ王国の珍しい国歌や歌、ゴブリン・コボルト・人魚の歌なども楽譜にして収めた。
もちろん通常の楽譜も教会に預けて販売してもらったのだが、好事家にはオンリーワンであるサラディの歌とかゴブリン・コボルト・人魚の歌が大ヒットした。
売上は喜捨分以外は自分のものにしていい、とは聞いていたが、最初の秋の収益はすべて教会に寄付することにした。
ヤズイの孤児院よりよっぽど恵まれている環境の孤児院だが、やはり大きな都市は都市でどうしてもお金が必要になるのだ。
毎晩地獄の浮遊ループを繰り返していると、やはり情も湧いてくるというもの。
冬の衣類など、都市に相応しい、他の子に見劣りしないものを揃えるとなると、結構な金額になる。
その為ならまあ秋の分だったら冬支度の為に稼ごうと思ったくらいだし、喜んで寄付しようじゃないか。
皆にコートを作ってプレゼントをする、というのは納期的に見ても人数的に見ても仕上がり的に見ても無理そうだったので、金の力を借りたとも言える。
でも皆の分にちゃんと耐久性アップを付与しました。
20人分だったので、付与を色んなものにつけていたらスキルレベルが上がった。
セーターの補修や日々の靴下の繕い物だとかは継続的に行っている。
私財を擲って冬用のコートだの保存食だのを買い込んでいると、ある日一通のメールが届いた。
それもプレイヤーからだった。
そういえばフィルターでメールをフレンド・運営からのみ受け付けなど色々設定できたなあと思い出しながら、デフォルトの誰からでも受け取れるようにしたままだったのをちょっと悔んだが、メール自体は特段おかしなところはなかった。
なんとなれば、我々はミューズというプレイヤーの情報クランの者です、ついてはインタビューしたい、というような主旨のメールだったのだ。
闇雲に断るのも変だったし、本妖精にも相談してみたところ、是非受けてみろという答えだったので、承諾の旨のメールを出し、インタビューを受けることになった。
当日現れたのは背の高い優男風の男性で、なんといってもアバターの衣装がお洒落だった。
多分全部プレイヤーメイドなんじゃないかと思う。
もしかしたら自身がデザインしたものかもしれない。
なんかとってもお金がかかっている匂いがする。
名前はジュリアン_126さんというらしい。
アンダーバーと数字は他との差別化を図る為らしく、気にせず発音してくれとのことだったのでジュリアンさんと呼ぶことにする。
そもそも情報クランの何たるかを知らないので、まずは情報クランについて説明してもらうことになった。
情報クランといえば攻略情報を売っているクランがわかりやすいでしょうか、と言われ頷く。
ジュリアンさんが所属するクラン、ミューズは攻略情報ではなく、ここティルファに本拠地を置くクランらしい。
ティルファには現在3つの情報クランがあり、それぞれ専門分野が違うとのこと。
共通しているのは芸術を扱っている情報クランというところだ。
芸術一般、音楽・演劇、工芸系で分かれているそう。
ミューズは工芸系の情報クランだそうだ。
行っているのは要はタウン雑誌のようなものだ、と説明してもらった。
流行りや無名のアーティストにインタビューしたり、美術館やギャラリーのイベントを載せたり、各芸術講座の募集や求人を載せたり、要は諸々のことを雑誌として発刊したり、好事家にとっておきの情報を売ったり、依頼人に合わせた工房を紹介したりを生業としているらしい。
そんなにピンと来たわけでもないが、そんなものまであるんだーという驚きでいっぱいだった。
クランとしては売上が多い方では全くないが、芸術好きの者が集まってワイワイ楽しく情報を売り買いしているとのことだった。
自分を工芸分野のアーティストとは認識していなかったが(本妖精が出現したことからも本の要素が強いプレイヤーだと認識していた)、確かに装飾を施した楽譜を作っていることは工芸の範囲なのかもしれない。
音楽関連の情報クランではなく、工芸系のクランがインタビューに来た、というのが面白かった。
音楽・演劇系の情報クランは劇場系の情報が多く、あまり個人単位の音楽イベントはカバーしていないらしい。
まあ好事家の私的音楽イベントなんてそもそも秘匿してそうだしな。
ミューズはさる好事家のコレクション自慢で知ったらしい。
情報クランは芸術系以外にもその他色々あるんだそう。
釣り場の情報を売り買いする釣り情報クランとか、温泉観光地や秘湯の情報を扱うクランとか、精霊情報を集めているクランとか。
奥が深い。
あと雑誌、今はzineというんだっけ、同人誌を発行するのは個人単位でも出来るらしい。
どんどんディープな世界になってきてたな。
かなりマニアックな内容のものも多いんだとか。
でも花妖精の外見を集めた個人誌とかちょっと興味あるかも。
あとペット特集とかね。
そこまでマニアックじゃないものを読んでみたい。
普通にインタビューを行ったが、どうやら教会における写字生の育成プログラムに興味がある様子だったのでその辺を重点的に話した。
彼らは教会が聖書の稀覯本を取り扱っていることは知っていたが、それをプレイヤーが学べたり、聖書以外の本を発行できるのを知らなかったそうだ。
後々本草学や植物の図鑑に取り組みたい、と言うとかなり質問をされた。
そういえば世間話として生成AIのことも話題に上った。
このゲームでは生成AIが普通に使われているが、それでも人間がコントロールして管理しているという。
一つ一つを人間が確認することは出来ないが、こういう物を作れ、という指示のもとAIが実行しているんだそう。
街中の建物などは運営側がこういうコンセプト、と美術ボードを作り、それを参照して生成AIが作成する流れになっているんだとか。
そしてティルファのこれだけの芸術都市ぶりも、生成AIが後押ししている。
NPCの作成や行動アルゴリズムなどは生成AI頼りだ。
NPC作成の為に、運営側のアーティストは死ぬほどキャラクターデザインを描き下ろしたらしい。
無数のそれらを参考に、何倍ものNPCが生み出されているわけだ。
もちろんプレイヤーの数も多いが、NPCも芸術志向の者が多く存在する都市、それがティルファだ。
ジュリアンさんは以前は生成AIを闇雲に怖いと感じていたそうだが、このゲームを始めてから適材適所だと考えるようになったそう。
確かに情報クランが3つ存在しても軋轢を生まないくらいティルファが賑わってこれだけの芸術品を日々生み出しているのは圧巻の一言だ。
図書館でも思ったけれど、作り出すだけでなく、編集する力をAIが有していることが驚きだった。
インタビューが終わる頃には日が落ちていたが、ジュリアンさんはありがとう、いいインタビューでしたと握手して去っていった。
謝礼としてお金をお支払いしますとのことだったので、断ってティルファの情報を売ってもらうことにした。
おすすめのギャラリーだったり工房だったりを教えてもらい、双方Win-Winで別れた。
今日はなんだか色んな事を学んだ気がする。
プレイヤークランにも色々あるもんなんだなあ。
ジュリアンさんの来訪によりインスピレーションを得たので、いよいよ冬は本格的に植物図鑑を作ろう、ということで本妖精とまとまった。
今度は中身だけでなく、装丁にも力を入れよう、と気合いが入る。
獣革や布地に刺繍を施すデザインなんかがいいかもしれない。
それから休眠に入る前の最後の蜂蜜採取をした。
テイルファはヤズイほどは冬が厳しくないようで、今の時期でも蜂蜜が採れるのは嬉しい。
もちろん蜂蜜は全部採らないで、冬越し分は残してあるし、冬の間は砂糖水を置いておくらしい。
子供達にはパンケーキを作って、蜂蜜をかけて食べさせた。
薬草園などが本格的にある教会なので、養蜂箱の数もそれなりにあったのだが、孤児院の養蜂箱は一つ。
子供達が食べた孤児院の蜂蜜以外は教会で冬の薬として取っておくそう。
冬は冬で本格的に雪が降る前に裏庭の開墾を終わらせなければいけない。
やることがいっぱいだ。春になったら更に仕事が増える。
それでもこうしてお茶を飲みながら冬を待つのは嫌いじゃない。
マテスさんが入れてくれた香り高い紅茶を飲みながらジューノ神父の話を聞きつつ、ティルファでの冬を思いながら窓の外を眺めるのだった。




