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十二月二十四日①

十二月二十四日①


 時刻は午前八時四十五分。俺はすでに駅前に来ていた。今日はいよいよ本番である。俺は珍しいことに、それなりに緊張していた。それは、今日が俺にとって初めてのクリスマスデートだから、ではない。ぶっちゃけそんなものはどうでもいい。それに、俺はデートなんて気分ではない。これから何が起こるのか、不安で仕方ない。依頼人であるはずの藤村が何かを隠しているせいで、一体誰を信じればいいのか、何を疑えばいいのか、もはや分からなくなってしまっている。目に見える物すべてを疑わなければいけないこの状況は、厄介極まりない。

「やれやれ」

 藤村が来てないのをいいことに、俺はため息を吐く。周りにはすでにカップルたちが大勢いて、どいつもこいつも楽しそうだ。大概にしてもらいたいね。本来なら、俺は家でのんびり過ごしていたはずだ。なのに、なぜこんなことに。

 そこで突然ケータイが振動する。開くと、メールを受信していた。送信者は、もちろんあいつだ。そして、内容は、

『不用意にため息とか吐かないで下さい。不幸が訪れますよ』

 俺は辺りを見回す。すると、駅中のコンビニで立ち読みをしている一人の女性と目が合う。どうやら俺が来るより先に、集合場所に来ていたらしい。ご苦労である。

 メールの相手は岩崎だ。俺の視線の先にいるそいつは、珍しいことに帽子をかぶっていた。普段は着ないような地味なコートを羽織り、口元をマフラーで隠している。それでは逆に目立つような気がするが、それは俺がじろじろ見ていても、同じことだ。

『あまり不自然な行動をするなよ。それだとまんま不審者に見える』

 とメールを送ると、内容を確認した岩崎が表情を変える。

『誰のためにこんなことをしていると思っているんですか!』

 俺のためなのか?確かに頼んだのは俺だが、強制はしていないぞ。言いたいことはいくつかあったが、これ以上続けると藤村の登場に気付けない恐れがあるので、

『何かあったら、連絡する。それまで各自その場で待機。Over to you』

 と送っておいた。返事はすぐに返ってきた。

『勝手に仕切らないで下さい。Roger.good luck.end』

 あいつ、意外とノリがいいな。視線を向けると、頬を膨らませていた。どうやらあまり機嫌がよろしくないらしい。俺がご機嫌取りをしなければならないような事態にならないといいな。

 俺は岩崎から視線を外すと、時計を確認する。そろそろ来るだろうか。俺は辺りを見回す。俺の目の前を何組かのカップルが通り過ぎる。それにしても、人が多いな。人ごみは嫌いなのだ。こんな日にいろいろ気を回しながら歩き回らなければいけないなんて、俺の心はますます荒んでいく一方である。俺の精神は著しく害されていくね。困ったもんだ。せっかく冬休みなのにな。

 今日何度目かのため息を吐く。嫌なものをあらかた吐き出すと、顔を上げた。やれやれ。すると俺の視線の先に、一人の女性がいた。俺の待ち人、藤村佳澄である。ようやく来たか、と思い、俺は気合を入れなおしたのだが、当の藤村はなかなか俺のほうに寄って来ない。まだ俺を見つけていないのか。声をかけてやろうと思ったが、すんでのところで踏みとどまる。

 藤村はある一点を凝視していた。その視線を辿ってみても、何だか分からない。特別珍しいものも、怪しげなものもない。一体何を見ているんだろう。

 俺が声をかけられないでいると、向こうが気付いたようで、こちらにやってきた。

「おーい、成瀬君。早かったね。おはよ」

 声をかけてくる藤村からは、先ほどの異様な雰囲気は消え失せていた。ただ、妙な緊張感が、身体から発せられている。いつものように軽口を叩いてはいるが、とてもじゃないがいつも通りに見えない。

「おーい、成瀬君?どうした?」

 俺は藤村の問いかけに、答えることができなかった。

「あれ?もしかして、私の艶姿に見とれてる?なんちゃって」

 昨日にも増して妙なテンションだ。今日、これから何が待っているのか。先ほどに増して、不安になってきた。

「そうだな。その服、似合っているぞ」

「え?あはは。そんな真剣に言わないでよ。照れるよ。でもありがと」

 言って、藤村は俺の全身に目を向けた。俺は昨日買ったものを、全身にまとっていた。コートだけは買わずに済んだのだが、それ以外は足の先から頭のてっぺんまで、全部昨日買ったものだ。

「うーん、いいね。私の見立て通り。よく似合っているよ」

「自画自賛か?」

「なーに言ってんの。成瀬君のことを褒めているに決まっているでしょ」

 周りから見て、俺と藤村は恋人に見えているのだろうか。演じているこっちは、どうにも恋人という気分ではないのだが。それを考えると、この作戦が致命的だったような気がするね。

「さーて!ちょうど時間だし、そろそろ行きますか!」

「ああ、そうだな」

「成瀬君、それはないんじゃないかな。もう少し楽しそうにしてくれないかな。私、依頼人だよ。目標達成できなかったら、成功報酬は払わないからね」

 むちゃくちゃ言いやがる。俺は一度断っているんだぞ。それをあんたが無理やり押し通しただけじゃないか。とは、さすがに言えないので、もう少しましなことを言う。

「俺は冷静で落ち着きのある大人だからな」

 あと、成功報酬ってなんだよ。聞いてないぞ。

「なーんか、棘があるんだよな。ま、いいか。じゃ、参りましょー!」

 言って、藤村は腕をからめてくる。身体は自然と密着する。ここまでする必要があるのだろうか。とは言え、俺はちっとも協力的じゃないので、この程度は黙って享受しよう。しかし、享受できなかったやつが一人。

 その瞬間、ケータイが振動したので、開いてみると、受信メールが一件。

『くっつきすぎです!いやらしい!』

 俺のせいじゃないぞ。あと、無駄にメールしてくるんじゃない。これは二重尾行なんだ。藤村に感づかれたらどうするんだ。俺はメールを無視して、ケータイをしまった。

「で、今日はどこに行くんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 聞いてない。聞かなかった俺も悪いが。

 藤村とは身長が近いので、ただでさえ顔が近いのだが、腕を組んでいるせいで、その近さが尋常じゃない。近くから見上げてくる藤村の顔が、思い切り笑顔になる。そして、目的地を簡潔に答えた。

「遊園地」

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