十二月二十四日⑫
十二月二十四日⑫
「どういうことか徹底的に説明して下さい。ええ、きっと怒りませんから」
すでに怒っている様子でそう言う岩崎。もう突っ込むの面倒だ。
「何で私があんなナンパまがいのことをやらなきゃいけないんですか。カップルの!しかも女の人を!この寒い中、たった一人で歩き回った挙句、あんなことを説明もなしにやらされるなんて!正当な報酬をいただかないと、割に合いません!」
「ああ、助かったよ。ありがとう。お礼にアイスクリームを買ってやろう。ダブルでもトリプルでもいいぞ」
「求めているのは、謝礼じゃないです!納得のいく説明を求めてるんです!何でこの寒空の下、すっかり日も落ちているのにアイスを食べなきゃいけないんですか!何がダブルですか!」
こりゃ相当来ているな。さすがの岩崎も寒さが相当堪えたらしい。イライラ度が半端じゃない。類を見ないレベルと言っていい。怒髪天突くとはこのことだろう。
「少し落ち着け。これじゃまともにしゃべれないだろう。とりあえず座ろう」
立ちっぱなしだったので、疲れた。ただでさえ精神的にも肉体的にも疲労しているのに、これ以上疲れるのは御免だ。
「順を追って説明してやる。あんたに頼んだことも含めて」
「納得のいく説明をお願いいたします」
そう何度も言うな。はっきり言って納得させる自信がない。
俺は先ほど藤村に話した内容をそのまま伝えた。
「それで最終的には、本人と直接話すことで、この復讐と逆恨みを晴らそうとしたんだ」
「……………」
「それをするには一対一にする必要がある。どうしても今の彼女には退席してもらう必要があった」
「……………」
終始無言の岩崎。ずっと俺のことをにらんでいるが、話は聞いているんだよな?
「俺は動けないし、店員や他人に頼むには話が混み入りすぎている。となると、必然的にあんたしかできない。あんたにナンパまがいのことをやってもらったのは、そういう経緯があったんだ」
一通り話し終えたが、岩崎の態度は変わらなかった。やれやれ。なぜ俺ばかりを悪者にするんだ。俺だって、人並み以上に苦労したというのに。
俺は横目で藤村を見る。藤村もこちらを見て、目が合う。そして、一呼吸置いたのち、
「岩崎さん、ほんとごめんなさい。私のわがままにつき合わせちゃって。自分勝手で最低だと分かっていたけど、どうしてもやりたかったの。じゃないと、私は前を向けないから」
どこまでも真剣な藤村の様子に、岩崎もようやく軟化し始める。
「本当は全部自分一人でやるつもりだったの。成瀬君にもただついてきてもらうだけでよかった。でも結局一人じゃ何もできなくて、最終的にはお膳立てまで全部やってもらっちゃって……。本当にごめんなさい」
思い切り頭を下げる藤村。さすがに土下座とはいかないが、それでも十分謝意が伝わってくる。岩崎はその様子を五秒ほどじっと見ていたが、やがて耐え切れなくなったように、はー、吐息を吐いた。そして、
「分かりました。私がしたことも成瀬さんが指示したことも、藤村さんがやろうとしてたことも、全部分かりましたから頭を上げて下さい」
神妙な面持ちで顔を上げる藤村。
「全く、藤村さんは困ったものです。もうちょっと事情を話して下されば、私も最初から協力しましたのに」
「ごめんなさい。でも本当にここまでやってもらおうと思ってなかったから」
「分かってます。それは成瀬さんが余計なおせっかいを働いたせいですね」
余計とかおせっかいとか言うな。俺は俺で苦心したのだ。
「成瀬さんも成瀬さんです。もう一言あっただけで、私の気持ちもずいぶん違ってました。成瀬さんは言葉が少なすぎます」
「悪かったな」
「悪いです!大いに反省して下さい!」
しかりつける母親の雰囲気を出し、軽く説教したのち、岩崎は藤村に問いかけた。
「それで、いかがですか?」
それは藤村を気遣うように、優しい響きがあった。
「うん。気は済んだよ」
藤村は微笑んで答えた。
「まだ吹っ切れてないところはあるけど、大丈夫。私はこれで前に進めるよ」
言葉に嘘はなさそうだ。今まで幾度となく見た、悲しい微笑みもない。これなら大丈夫だろう。
「それにしても、成瀬さん、」
「何だ」
「よく分かりましたね。正直説明を聞いた今でもにわかに信じられません」
まあこういうのは一種の閃きだ。確かに根拠は薄かったかもしれないが、俺はなぜかピンと来たのだ。だが、信じられないという岩崎の言い分も分かる。だから、俺はこれ以上言葉を重ねるつもりはなかった。すると、代わりに藤村が口を開いた。
「当然だよね、成瀬君。成瀬君なら、分かってくれると思ってた」
「は?」
こいつは何を言っているんだ?藤村だって、散々納得いかないと口にしていたじゃないか。今になって、手のひらを返すように正反対なことを言いやがって。一体何の冗談だ?
「え?なぜです?」
と思っていたら、とっておきの冗談だった。
「だって、成瀬君は私の彼氏、だもんね!」
「はあぁ?」
俺は思わず頭を抱えた。おいバカ止めろ。
「そ、それは、ど、どういう意味ですか?」
「私も納得できなかったんだけど、そしたら成瀬君がそうやって言ってくれたの。私も、そういえばそうだなって思って」
「へえ……。それは微笑ましいエピソードですね……」
「で、そのあと頭撫でてくれたの」
確かにそうだが、なぜだがニュアンスが全然違う気がする。
「ほほぉ……。それはそれは、仲睦まじくてうらやましいです……」
青筋を立てつつ、微笑みを絶やさない岩崎。さて、そろそろお暇いたしますか。
「成瀬さん、どういうことか説明してもらえますか?」
「どうもこうもない、今日は彼氏役を演じたってことだ」
「それにしては、仲良さそうでしたね。先ほどは視線で会話してましたしぃ?あれも演技だったんですかぁ?」
その顔止めろ。夢に出たらどうする。あと、マフラーを締め上げるな。
「そういえば、成功報酬だけど、」
「はあ?」
そういえばそんなこと言ってたな。何だ、それは。
「覚えてる?私が依頼した時言った言葉」
なんだっけな。思い出せない。どんどん思い出が消えていく気がするのはなぜだろう。あぁ、首を絞められているからか。
「あなたが望むこと、何でもするって言ったでしょ?」
あー、そういえば、そんなこと言ってたような言ってなかったような……。
俺が一瞬思案すると、
「な、成瀬さん。今一体何を考えてたんですか!いやらしいです、最低です、変態です!」
おいおい、ちょっと待てよ。俺は思い出していただけで、何も考えていない。お前こそ一体何を考えていたんだ。
「今なら、本当に何でもしてあげられる気がする」
藤村、お前もちょっと黙ってろ。
ということで、最終的には一体何が何だか分からなくなってしまったが、冬休みに入った瞬間やってきたその厄介な悩み相談は、一件落着となった。冬休み中の部活動のスケジュールはうやむやになってしまったので、全日自由参加となり、気まぐれに連絡を取り合い、集まることでメンバーに通達が行った。
やれやれ、これで冬休みはゆっくりできる。しょっぱなからかなりキツイ冬休みとなってしまったが、のんびり年末年始過ごせるなら挽回できるといったもんだ。




