十二月二十四日⑪
十二月二十四日⑪
「あぁー、」
例のカップルがカフェを去ってからも、しばらく涙を流しながら立ち尽くしていた藤村だったが、突然声を上げた。
「すっきりした!」
割と大きな声だった。目の前を行く客たちの何人かがこちらを見た。すっきりしたのは大変喜ばしいことだが、泣いている女と一緒にいる俺は、大変居心地が悪い。無駄に注目を浴びるようなマネはやめてもらいたいね。
「しかし、びっくりしたよ。今まで全然積極的じゃなかった成瀬君が、いきなり『行くぞ』なんて言うんだもん」
「悪かったな」
まあギリギリで閃いたからな。行動が急になったのは仕方のないことだったのだ。
「悪い悪い!意味分からないまま、ここに連れてこられたら岩崎さんまでいたし」
どうやら本当に気付いていなかったみたいだな。まあ尾行は成功していたのだろう。しかし、岩崎を連れて来てよかった。念には念を入れた作戦だったが、どうやら奏功したらしい。
「岩崎さんはどこにいるの?」
「さあな。無事終わったし、そろそろ呼んでやるか」
俺がケータイを取り出すと、
「あ、ちょっと待って。まだ呼ばないで」
手をつかまれ、止められる。
「何でだ?必要ないのに待機させてると、あとで何言われるか分からないぞ」
「必要あるの。ていうか、やっぱり成瀬君尻に敷かれてるんだね」
敷かれてねえよ。やっぱりってなんだ。
「必要ってなんだよ」
「ねえ、何で分かったの?あの人が私の元カレで、私の目的があの人に新しい恋人を見せつけることだったって」
「やっぱりストーカー云々は全部嘘だったんだな」
「うん」
まあストーカーなんて全く気にしていないな、とは、最初から思っていたことだ。だが完全に否定できる要素がなかったから黙っていたが。
「なるほど、元カレに対してあてつけをしていたわけか」
「そう。何で分かったの?」
と、言われてもな。正直そこまで確信があったわけじゃないし、もちろん証拠なんてない。何となくが積み重なった結果だ。最終的には勘だが。
「あんた、今日一日ずっとキョロキョロと辺りを見渡していたな」
「え?」
建物の中でも外でも、ずっと辺りを見渡していた。
「最初はストーカーに怯えて辺りを見渡しているのかと思った。アトラクションやショップを探しているのか、とも考えた。だが、どちらも違った」
藤村は辺りを見渡していたが、歩調は穏やかで、逃げている雰囲気はなかった。情緒不安定ではあったが、怯えている様子はなかった。毎年一回来ている人間が、建物を探すとは思えない。それに地図とアプリを駆使していたのだ。そう辺りを見渡す必要はない。ましていわんや、建物の中では、な。
「………………」
無言で俺の話を聞く藤村。ここまでは反論なしと捉えていいだろう。
「そこでふと思い出した。今朝待ち合わせした時のあんたを」
「待ち合わせした時の、私?」
そう。今朝俺が藤村を見つけたとき、藤村は何かをじっと見つめていた。昼食をとり、会計をするときもそうだ。何かをじっと見つめていた。そこで閃いたのだ。
「あんたは誰かを探している、ってね」
藤村は、誰かを探し、追っていたのだ。先に述べた二つは、見つけたのだろう。そのターゲットを。
「じゃあ、誰を探していたのか、ってところだけど、」
「まず思いつくのはストーカー」
だが、先ほども言ったが昨日も今日も、藤村は見えない影に怯えていない。むしろ探している。
「仮に、とっ捕まえるつもりだった、と考えたとしても、わざわざこんなところでやる必要はないし、そんな気概があるなら、TCCに相談する前に実行しているだろう」
ということで、ストーカーは否定。
「じゃあ次に思いつくのは?」
「元カレ」
「いきなりそこなの?」
そりゃそうだろう。俺は藤村のことをほとんど知らないし、性格や人となりについても、土下座されてから今日までの短い間でしか判断できない。この三日間で元カレの話がたびたび出てきた。その時、総じて未練と後悔を感じた。
「消去法だったが、奏功した。そのピースがはまってからは、すぐだったな」
なぜこんなことをするのか。新しい彼氏を作って、元カレに見せつけ、嫉妬させるためだろう。付き合っていた時から話していた通り、大人っぽい彼氏を連れて、自分の理想の彼氏を捕まえたぞ、と。あんたよりかっこいい彼氏を捕まえたぞ、と示したかったのだろう。親しい友人ではなく、およそ関わりのない俺に頼みに来たのは、おそらく元カレのことを知っている可能性がゼロだから、だろうな。ま、藤村が言った通り、俺が大人っぽいから、というのも嘘ではないと思うが。
元カレがどいつだか分かったのは、本当に偶然だ。
「頼まれて写真を撮ってから、行くとこ行くとこ、あの二人がいたからちょっと気になったんだ。そこで、あんたの元カレの話を思い出した」
藤村の元カレは、俺より十五センチ背が高く、三十キロ重い偉丈夫らしい。となれば、街中であまり見ない。そんなやつが何度も何度も目の前に現れたのだ。もしかして、と思うのも無理はないだろう。おそらく、待ち合わせの時も昼食の時も、元カレはそこにいて、俺の視界にも入っていたのだろう。そのせいで写真を撮った時に、俺は見たことあると感じたんだろうな。
「それだけ?根拠が薄くない?人気のアトラクションばかり回っていたら、何度も会う可能性はあるよ。実際他にもいたかもしれないし」
確かにこのテーマパークのアトラクションにも人気不人気があり、巡る場所によっては、知らないグループとずっと一緒という可能性も、それほど低いものではないかもしれない。
「ま、一理あるが、最後のパレードを見た場所は人気があるとは言えないだろう」
「だからそれは成瀬君が嫌そうだったから」
「あんたは俺が嫌がったら、やめてくれたか?」
依頼を受けた時から嫌そうだったと思う。というのは置いといて、藤村は俺が何を言おうと、どんな態度だろうと、押し通すところは押し通した。俺が藤村の意見に反対した際、それが通ったためしがない。それを覆すのはいつも藤村だった。
「それは……」
藤村は不満の様子である。どうにも俺がこの結論にたどり着いたことが納得いかないらしい。
「俺も大した根拠があったわけじゃない。今言ったような違和感が積もった結果だ」
「でも勘でたどり着くような結論じゃないと思うけど」
そういえば、
「あんたが腕を組んできたのも、あのカップルが近くにいた時だったな」
「…………」
いくつ言っても藤村は納得しないかもしれない。だが、俺はこうしてたどり着いたのだ。その結果だけは変わらない。
「納得できないか?」
「うん」
「じゃあこういうのはどうだ?」
「え?」
「今は、俺があんたの彼氏だから」
言うと、藤村は目を見開いた。そして、見る見るうちに顔を赤くして、
「はあぁぁ?」
と叫んだ。どうやらお気に召したらしい。
「もう悩んでも仕方ないだろう。俺は答えにたどり着いた。あんたが納得できなかったとしても、それが結論だ」
俺はなだめるように頭を撫でてやる。
「ほらもういいか?そろそろあっちも呼んで説明してやらないと。機嫌を損ねると、厄介なんだ」
隣で目を吊り上げている藤村をよそに、俺はケータイを手に取り、電話を掛けた。




