十二月二十四日⑩
十二月二十四日⑩
それからしばらく待つと、パレードが遠くからやってくるのが見えた。
「あ、成瀬君、来たよ!」
待ちわびたように歓喜の声を上げる藤村。事実、待ちわびたのだろう。その証拠に、俺たちはずっと黙りっぱなしだった。
「そうだな」
「きれいだねー。遠くから見るほうが全体がよく見えるね」
「どこを見るか、迷うな」
それぞれ感想を漏らす。それは会話というより、独り言に聞こえた。
色とりどりのフロート車が目の前を通る。そこにはたくさんのキャラクターや演者が乗っており、集まった観客に愛嬌を振りまいていた。そこに追随するように、フロート車に乗っていない演者たち。フロート車の演者に比べると、やや華やかさに劣るが、それでも十分見る者を魅了した。今日はクリスマスイブだ。いつも以上に華やかなパレードなのだろう。久々に来た俺にとって、その違いを実感することは難しい。
目の前を通り過ぎる数々のフロート車を見送りながら、ぽつぽつ独り言のような会話をしていたのだが、しばらくすると二人とも無言になった。
全てのフロート車が通り過ぎた。ちらりと藤村の表情を盗み見る。その表情は硬かった。まさか感動して、声が出ないわけではあるまい。おそらく見たくないものを見てしまったのだろうな。俺は掴まれている腕を動かす。
「おい、行くぞ」
「あ、え?行くって、どこに?」
その行先はお前が知っているんじゃないか?
「追いかけるんだよ。行かないのか?」
俺は『何を』とは言わなかった。おそらく藤村は確信していただろう。パレードを追いかけると。
「え?あ、でも……」
言って、藤村は辺りを見渡した。その逡巡からも見て取れた。藤村はパレードなんてどうでもいいのだ。ま、それは俺も理解している。だから、俺はパレードを追いかける、なんて言っていない。
「早くしろ。チャンスを逃すぞ」
組んでいる腕に力を入れ、強引に引いた。
「あ、ちょ、ちょっと、成瀬君!」
不意を突かれた藤村は、抵抗できず、俺にひかれる形で歩き出す。そこでも藤村はしきりに辺りを見渡していた。
「安心しろ。ちゃんと分かっている」
「え?分かってるって、何を?」
藤村の問いかけには答えず、俺はケータイを取り出した。
「成瀬君、どこ行くの?」
「さあな」
行先は俺にも分からない。だが、進む道は分かっている。
行き着いた先は、入場口近くにある、グッズショップ兼カフェだった。そこで閉園までのんびり過ごすのだろう。
「成瀬君、何でこんなところに……」
まだ理解が追い付いていない藤村に、俺は指をさして示す。
「…………」
カフェスペースは屋外にあり、グッズショップで売っている食べ物やドリンクを楽しむことができる。俺たちは、そのカフェの隣に位置する、また別のグッズショップの前にいた。視線の先には、今日何度も見かけた例のカップルがいた。
「成瀬君、もしかして……」
俺は答えない。例のカップルから視線を逸らさない。俺につられる形で、藤村も例のカップルを見る。すると、
「あ、」
例のカップルに近づく一つの人影。店員でもないそいつは、何やらカップルに声をかけ、何やら言葉を交わしている。
「岩崎さん、何で……」
その人影はまさしく岩崎だ。まあその指示を出したのは、もちろん俺だ。しばらく会話した岩崎は、女だけを連れて、店内に消えていった。
「何で岩崎さんがここにいるの?」
まあその話はあとでしてやる。それより今はやるべきことがあるだろう。
「行ってこい。けり、つけるんだろ?」
半ば呆然とした様子の藤村だったが、決心がついたようで、すぐさま、
「うん!」
と表情を引き締め、残された男に向かっていった。
男に近づき、不意に右手を上げる藤村。声は聞こえないが、おそらく何事か声をかけたのだろう。藤村に気づいた男が、こちらも手を上げて応じる。藤村は軽い調子で男の肩を叩き、正面の席に座った。
それから五分程度だろうか。何事かしゃべる二人。話す内容は分からないが、二人は比較的明るい表情をしていた。昔話でもしているのだろうか。不意に藤村がこちら見て、指さす。『今日は彼氏と来ている』などと言って、俺の紹介でもしているのだろう。もしかしたら、『あんたと違って待たせても寒くても文句言わない、器の大きい人』だとか何とか言っているかもしれないな。まさか大学生とか年上とか言ってないだろうな。
そして、藤村が立ち上がる。二人は握手をして、何事か言葉を交わした。男が笑顔になる。その瞬間、藤村の表情が曇った気がした。しかし、気丈にも藤村はすぐさま笑顔を作り、少し声を張って、別れの言葉を吐いた。かすかに風に乗って届いたそれは、
『お幸せに』
と聞こえた。
藤村が俺の元に戻ってくるのとほぼ同時に、彼女が戻ってきた。グッドタイミングだったな。岩崎はいい仕事した。あとで労ってやらないとな。何言われるか分かったもんじゃない。
「ちゃんと言いたいこと言えたか?」
「…………」
返事はない。だが、聞こえていただろう。聞こえていなかったとしても、もう一度言うつもりはない。デリカシーがないとよく言われるが、それくらいは俺にも分かる。もう何も言うまい。
「…………」
黙ったまま俺の隣に並び、壁を背にして立った。そのとき、例のカップルがこちらを見ていた。それに対して、藤村は笑顔で手を振った。俺と藤村は仲睦まじいカップルに見えただろうか。
「あぁー、負けよ負け。完敗!」
その瞬間まで泣いていなかった。だが、自分が吐いた言葉によって、急にこみ上げるものがあったようで、見る見るうちに涙を溜め、決壊した。嗚咽をかみ殺し、じっと見つめるその先には、今にも立ち去ろうとしている例のカップルがいた。




