十二月二十四日⑧
十二月二十四日⑧
次にたどり着いたのは、童話をモチーフにしたイベントタイプのアトラクションだった。建物の中を進んでいくものであり、中では寸劇のようなイベントが待っている。ストーリーに沿ってイベントが流れていき、最後は物語のようにエンディングを迎える。
建物の中で行うものなので、ある一定の人数がまとめて中へ誘われる。時間が来ると、また一定の人数が中へ入っていく。おそらく俺たちの番になるのは、あと二グループ後くらいだろう。
ただ待っているというのも暇だよな。俺は暇自体は好きだが、強制的に暇にされるのは好きじゃない。何とかして、時間をつぶさないと。隣にいる藤村はというと、
「…………」
無言で辺りを見回していた。先ほどからこういうしぐさをよく見るな。さっきまではめぼしいアトラクションやら建物やらを探しているのかと思っていたのだが、ここはすでに建物の中だ。だとすると、ただの癖か。それとも、誰かを探しているのか。同じクラスの連中とかいると、いらぬ誤解を受けそうで、正直勘弁してもらいたいな。
俺も藤村をまねて、辺りを見渡してみた。すると、一組見覚えのあるカップルがいた。さきほど、写真を撮ってやったカップルだ。まさか同じアトラクションに来ているとはな。正直顔を合わせたくないな。何となく気恥ずかしいし、挨拶でもされたら気まずい。ま、こういう場合はだいたい杞憂で終わるんだけどな。
俺はとりあえず視線を外す。見ていると視線に気付かれるかもしれないし。あからさまに隠れたりはしないが、見つからないに越したことはない。それにしても、暇だ。
と、思ったところで、藤村は妙な行動に出た。
「おい、なんだ急に」
藤村が腕を組んできた。本当に脈絡がない。今日は何度か腕を組んできているが、どれもタイミングがよく分からない。腕組むタイミングというもの自体が分からないが。
「今日はそういう趣旨でしょ。それに、今見られているような気がするの」
最後のは明らかに後付のような気がするのだが。視線と感じる、ねえ……。
「何よ。信じないの?」
そういうわけではないが、やはり気になってしまう。
「いや、信じているぞ。あんたのほうが疑り深くなっているぞ」
「だって成瀬君、嫌そうだし」
「嫌というわけじゃないが、こっちも結構緊張するからな。急に腕組むのは止めてもらいたいんだ」
俺はそういうのに慣れていないんだ。女子と接近するのも慣れていない。
「また適当な嘘ついて。なんか本当にへこむんだけど」
「ちょっと待て。俺は嘘ついてないぞ」
「嘘!だって成瀬君、私が腕組んだって全然反応してくれないじゃない!」
反応って、どうすりゃいいんだよ。
「あんた、俺をなんだと思っているんだ。俺は女に慣れていないから、そんなにくっつかれたらドギマギする」
「本当に?」
「本当だ。たとえそう見えなくても、だ」
これはよく言われるし、ある程度自覚があることだが、俺は感情や心情が表に出にくいらしい。普段はあまり気にしないことだが、困っているときや辛いときは気付いてもらいたいね。ま、自分の無愛想が招いたことだから自業自得なのだが、俺の気持ちを誰にも分かってもらえないのは、やはり納得いかないな。今まさにその状況だ。
この悲しい現状に、暗い気持ちになっていると、
「それ、本気で言っているの?」
ここまで言っているのに、まだ信じてもらえないとは。なんだか真剣に悲しくなってきたな。
「好きなように解釈してくれ」
と言いつつ、俺は藤村の腕をほどく。
「ちょっと。なんでほどくのよ」
言って、藤村はまたしても無理やり腕を組んでくる。今度は逃がさないように、ぐっと力を入れている。その分、体が密着する。
「何度も言わせるな」
「それはこっちのセリフ。今日はそういう趣旨でしょ」
まあそれはそうなのだが……。
抗議するような目で近距離から睨みつけてくる、もとい見てくる藤村。仕方ない。藤村の言うとおり、今回は恋人役なのだ。これくらいは我慢してこなすべきだろう。それにしても、俺はいつも我慢しているな。特別ボーナスがほしいくらいだ。誰か俺の頑張りを認めてくれないだろうか。
俺は藤村の圧力に屈して、抵抗をやめて目をそらす。そして、ため息をつく。これがなし崩し的に了承の返事となって藤村に届く。
「よろしい」
藤村は満足げにうなずくと、拘束もとい組んでいる腕の力を緩めた。やれやれ。
「一応聞いておきたいんだけど、」
そらした目を、もう一度藤村に向ける。
「なんだ?」
対する藤村は足元を見ながら続ける。
「嫌がっているわけじゃないんだよね?」
「嫌だよ」
「そーじゃなくて!」
なんだよ。じゃあどういう意味だ?
「私と腕組むのが嫌ってわけじゃなくて、その、腕組むこと自体が嫌ってことだよね?というか、嫌っていうより恥ずかしい、ってことだよね?」
自分が嫌われていると勘違いしたのか?ま、今の言い方だとそう取れないこともないか。しかし、こいつは俺の好かれようと思っているとは思えないんだが、ま、俺相手というより、嫌われるという気持ち自体が嫌ということだろう。
「別にあんたのことは嫌いじゃないし、ただ慣れていないだけだ。腕を組むという行為自体も嫌いじゃない」
「ふーん……」
そっけない返事とは裏腹に、藤村は勢いよく俺のほうを見て、にやーっと笑った。なんだ、気味悪いぞ。
「なんだ、その顔は」
「べっつにー。成瀬君て、意外と純情なんだね」
意外、と言われるのも心外だが、純情と言われるのも何だか納得いかないな。
「…………」
俺は何も答えずに、藤村から視線をそらし、まっすぐ前方を見た。それにしてもこのアトラクション待ち時間が長いな。早く中に入れろ。
「あー、もしかして照れてる?」
またしても腕に力を込めて、体を密着させる。だから、それ止めろ。
「照れてない」
「ふーん。確かにこうやってじっくり見ると、確かに動揺しているような気がするなぁ。これは新発見だ」
こいつ、明らかに楽しんでいるじゃないか。これで楽しんでいないというのは無理があるだろう。それとも何か?この程度だと、楽しんでいると言えないとでも言うつもりか?
こいつ、いったいどれだけ幸せな人生を送っているのだ。五パーセントでいいから分けてもらいたいね。
「成瀬君ってかわいいんだね。なんだかいじめたくなっちゃう」
ここまで言われて黙っていられるか。俺も一発毒を吐かないと気が済まない。俺は我慢強いし、滅多に怒ったりしないが、限度というものがある。何をしてもいいということではない、ということを教えておかないとな。
「そういうことばかりしているから、元カレに嫌われるんだ」
これくらい言えば、少しは自重してくれるかと思ったが、
「あー、そういうこと言っちゃうんだ……。そんないじわる言っちゃうと、岩崎さんに言いつけちゃうぞ」
意味不明な返しをされた。
「何でそこであいつが出てくるんだ」
「えー?それが一番効果あるかな、と思って」
どういう経緯でそう考えたのか、俺は問いたい。
「悔しいところだけど、成瀬君の言うとおりだね。私は彼のこと、たくさんからかっちゃったからね。彼はプライド高かったし、私のほうが年下だったし。本当なら、そんな些細なことで決別するはずないんだけど、それがきっかけでだんだん歯車が狂っていっちゃったんだね」
自重するどころか、藤村のトークはヒートアップした。そのことに関して、言いたいことが積もり積もっているようだ。誰かに聞いてもらいたい。でも言えなかった。なんで俺に対してそんな話をするのか、さっぱり分からないのだが、それは俺が藤村のことをよく知らないから、なんだろうな。
「でも大人な成瀬君なら、ちょーっと嫌味を言うだけで拗ねたりしないもんね」
嫌味だったということは理解しているらしい。しかし、ちっとも気分を害していないので、何の効果もなかったようだ。
「何で俺とその元カレを比べるんだよ」
俺としては当然の疑問だったのだが、対する藤村はまたしても虚を突かれたような表情をした。
「うーん、何でだろうね……。さっきから成瀬君は難しい質問ばかりしてくるな」
「俺としては率直に聞きたいことばかりなのだが」
藤村は一瞬だけ考え込むと、
「それはやっぱり今は成瀬君が私の恋人だからじゃないかな」
確かにもっともらしい答えだ。ただ、俺の中には妙な違和感が残った。
「何?この答じゃご不満?信じられない?」
先ほどから俺が疑い続けているから、今度は俺がいらぬ疑いをかけられてしまっている。ま、今回はあながち間違いではないのだが。
「いや、不満はないが、気にはなる」
「気になるって、何が?」
「藤村は、俺と元カレを無理やり比べているような……」
自分でもいまいちつかめていない感覚なので、説得力がない。それは百も承知だ。俺とて感覚でしかない。勘にも満たないので、俺自身信じきれない。気のせいと言われれば、そうなのかもしれない。おそらくそう信じてしまうだろう。しかし、
「さすが、成瀬君。いい勘しているよ」
そう言って、視線を動かした藤村を見て、俺は確信した。
藤村は目を細めて何かを見つめている。その目は何かを思い出しているようであり、何かを見つめているようであり、何も見つめていないようでもあった。
曖昧な表現であるのは俺も承知の上だ。結局何が言いたいのか、さっぱり分からない。俺自身藤村の表情から、その胸中を読み取れてはいないのだ。ただ、悲しそうな表情である、という一点を除いては。




