十二月二十四日⑥
十二月二十四日⑥
そこからは本格的に遊び始めた。イベントをこなしていくアドベンチャー系から、落下系の絶叫マシン。お化け屋敷や参加型のもの。ジャンル問わず遊んだといっていいだろう。それは全て藤村の先導で選んでいた。俺はただついて行っただけだった。
「さて、次はと」
藤村はぐるっと辺りを見渡す。
「少し休まないか?」
言ってはみたものの、どうせ聞き入れてもらえないだろうな、と半ば諦めていた。今までがそうだった。しかし、
「そうね、結構遊び倒したし、少し休憩しようか」
どうしたことか、俺の要求を呑んでくれた。いや、単に自分が疲れていただけかもしれない。どちらにしろ、ここで休憩できるのは好都合だ。
俺たちは近くのベンチに座る。俺は飲み物を購入したのだが、
「ちょっと私は出かけてくるから」
言って、藤村はベンチに座ることなく、どこかへ行ってしまった。俺もついて行ったほうがいいのだろうか。いやしかし、トイレの可能性もあるし、そのまま放置しよう。呼ばれたら行けばいい。一応目で追っていたのだが、目の前にあるみやげ屋に入っていった。おそらく大丈夫だろう。
時計を確認する。時刻は午後四時過ぎ。そろそろ暗くなってくる時間だ。このまま何もなく、無事に終わればいいのだが。俺はぼんやりそんなことを考えながらコーヒーを口に運んだ。寒さが身に染みるな。どうせなら室内で休憩したかった。
すると、
「すみません」
声をかけられた。
「なんでしょう?」
「写真を撮っていただけませんか?」
声をかけてきたのは一人の女子、いや一組のカップルだろう。
「いいですよ」
断る理由もなかったので、手渡されたカメラを受け取る。二人はオブジェと化した大きな噴水を前にポーズをとった。
まさしくカップルと言ったところだろう。おそらくどちらも二十歳前後。男はおそらく十代、女は二十一、二だと思う。何となく、最近付き合い始めたような、本人たちが状況に酔っているような、そんな雰囲気を漂わせている。楽しそうで、何よりだな。
俺は適当に二枚ほど写真を撮って、カメラを返す。二人は礼を言って、元いた場所に戻っていった。どうやら近くに座っていたらしい。
しかし、どこかで見たことあるような……。おそらく気のせいだろう。年上の知り合いなど片手に余るくらいしかいないのだ。こんなところで出会うはずがない。
きっとデジャビュだろうと割り切り、もう一口コーヒーを飲む。すると、ケータイが鳴った。出てみると、
『成瀬君。ちょっと来て』
それは藤村だった。
「何で電話なんかしてくるんだよ」
『いいから来てよ』
と言って、切られた。やれやれ。二人の距離は五十メートルほどだろうに。相変わらず意味の分からないやつだ。
俺が藤村を追いかけて店に入ると、
「さっき話していたの、誰?」
「誰って言われても知らん。赤の他人だ」
「何で声かけてきたの?ナンパ?」
「そんなわけないだろう。相手はカップルだぞ」
なんでそんなに矢継早に質問してくるんだよ。
「写真を頼まれただけだ。噴水をバックに二枚ほど撮ってやった。それだけだ」
俺が答えると、
「ふーん」
と言って、例のカップルたちを見た。その顔は嬉しいような悲しいような、微妙な表情をしていた。
「何か話したの?」
「何も。本当に写真を頼まれただけだ」
「ふーん」
矢継早に質問してみたり、興味なさそうに相槌を打ったり、一体何がしたいんだろうな、こいつは。
「ふむ。やはり成瀬君を一人にすると、危ないな」
「危ないって、なんでだよ」
「誰かにホイホイついていきそうで」
「あんたは俺をなんだと思っている」
「あはは。何だろうね」
適当に誤魔化すと、藤村は強引に話題を変えた。
「とりあえず、お土産買おうよ。成瀬君はTCCのみんなに買うといいよ」
「必要ない。それに今買うとかさばるだろう」
「あぁ、そうだね。もっと後にするか。じゃあ選ぶだけにしよう」
なんでこのタイミングで突然おみやげ選びを始めたのだろうか。すべての行動が唐突である気がする。それに、
「何で俺に電話してきたんだ?」
「あぁ、一緒におみやげ選ぼうと思って」
「呼びに来ればいいじゃないか」
「だって、外寒いじゃん。一回室内に入っちゃうと、一歩出るのに勇気がいるんだよね。炬燵と一緒だ」
そんな理由かよ。第一、
「俺を外に待たせていたのはどこのどいつだ」
らしくなく、少し低い声を出してしまった。俺はこんなに短気だっただろうか。おそらく疲労のせいだろう。そうだと信じたい。
突然真面目な声を出されて、藤村は少し怯んだ。
「ごめん」
藤村も即座に謝る。どうやら悪いことをした、という自覚があるらしい。自覚があってやっているということは、どういうことなのだろうか。
俺は思わずため息。今日はいつも以上にため息ばかりついている気がする。やれやれ。この口癖も大盤振る舞いだな。
「別に怒っているわけじゃない。だが、あんたの行動には脈絡がなさすぎる。なんで、こんなに突発的な行動が多いんだ?」
「だって、ストーカーが……」
「ストーカーには見せつけるためにここに来たんだろう。だとしたら、あんたが個人行動をとりすぎることは、マイナスだと思うが」
自分の行動が違和感を与えている、という事実に、藤村は気づいている。しかし、それでも止めようとしない。今の言い訳も、すぐにばれると分かっていながら、口にしているような気がする。釈然としない。
「……………」
気付いている。俺に対して悪いことをしている、ということに気付いている。自分がおかしな行動をとっているということに、気付いている。つまり、そうしなければいけないわけで、大げさに言うと、演じている。
「もう一度、確認の意味で聞くんだが、」
うつむかせた顔を上げ、俺の目を見る藤村。
「あんたが隠していることを、俺は知る必要はないんだな?」
俺の言葉に、黙り込む。しかし、否定はしないらしい。俺ももう質問はしない。藤村が何か隠していることは、確信しているからな。
「俺は何も知らずに、あんたについていけばいいんだよな?」
「うん」
これにはしっかりうなずいた。そして、
「これ以上は、迷惑かけない。あとは私が全部やるから」
今までは承知で迷惑をかけていた、ということか。そのこれ以上、ってやつが、この先どこまで含まれているのか。おそらく、今現在、ではないだろう。
「そうかい。じゃ、もう何も言うまい」
邪魔はしない。とは言っても何が目的なのか分からない状態で、邪魔も何もないのだが。
「ごめんなさい。あとで代価は払うから」
勘違いするなよ。俺は代価なんて求めていないし、報酬があったとしても面倒事には巻き込まれたくない。こちらが代価を払ってでも遠慮願いたいと考えているくらいだ。それに、
「あんたは依頼してきた時点で、何でもする、と宣言しているだろう。それ以上の代価があるのか?」
「あ」
俺はため息。こいつは覚悟があるんだかないんだか。いまいち信用できないな。どこまで本気なんだ?あの土下座も本気じゃなかったんじゃないか?
「あの言葉に二言はないの。本気だから。だから、最後まで付き合って」
「今日一日は付き合うよ。邪魔するつもりはないし、言ってくれれば協力するつもりだ」
俺の言葉に、ひとまずほっとした様子の藤村。俺だって約束くらいは守る。いくら面倒だからと言って、途中で退席するつもりはない。本当にこれ以上は何も聞かないつもりだし、協力するつもりもある。やっぱ止めてくれ、と言われれば止める。だがな、藤村。言われてないことについては、その範疇ではない。
協力も利用も上等だ。だが、俺は扱いやすい人間じゃない。




