十二月二十四日⑤
十二月二十四日⑤
藤村がようやく会計を済ませたので、俺たちは店を出た。さて、次はどこへ向かおうかな。残念ながらそれを判断するのは俺ではない。俺はここに遊びに来たわけではない。要はお供だ。従者のように付き従うだけ。ま、楽と言えば楽だが、今となってはやや苦痛である。
俺はちらっと藤村を盗み見る。上の空で虚空を見つめている。歩いてはいるが、今にも止まりそうで、さながらガス欠寸前の自動車のようである。
「藤村」
俺が呼び掛けると、
「ん、何?成瀬君」
普通に振り向いて、俺の呼びかけに答えた。本人は自然さを装っているつもりかもしれないが、明らかに何かに気を取られている。本来なら、呼びかける前に俺に気付くはずだ。
「次はどこへ行くんだ?」
「そうだなぁ……」
藤村は辺りを見回し、ターゲットを探し始めた。辺りにめぼしいアトラクションはない。しいて言うなら、みやげ屋があるくらいだ。
「うーん……」
とは言っていないが、そんな幻聴が聞こえてきそうなくらい悩んでいる藤村。どうした?今までこんなに悩まなかったじゃないか。
「しばらくぶらつけばいいんじゃないか?」
アトラクションなんぞ乗りたくない俺は、妥当なタイミングで妥当なことを言ったのだが、
「却下」
と即座に拒絶された。もともと俺に決定権などなかったのだが、今の拒否は発言権すらないのではないかと思わざるを得なかった。
「じゃあどうするんだ?」
「うーん」
と再び考えて始めて、数瞬後、
「じゃああれに乗ろう」
藤村は指をさして、高らかに宣言した。俺は藤村の示した先を見る。するとそこには、子供向けというか、簡易というか、ジェットコースターがあった。いや、ジェット、と呼ぶには物足りない。ローラーコースターとでも呼ぶのか。とにかく、短くて規模の小さい、レールの上を走るアトラクションがあった。あれに乗るのか。
「あんた、あんなのに乗りたいのか?」
「あんなのとは何よ。どうせ成瀬君は絶叫系嫌いでしょ」
「どうせ、とはなんだ」
「どうなのよ」
正直嫌いだし、あんなものに乗って、楽しくてしょうがない、といった感じではしゃいでいる連中の気持ちなど、たぶん一生かかっても理解できないと思う。しかし、どうせ、などと言われてはき捨てるように断定されると、さすがに嫌な気分だな。
「その無言は肯定と受け取って大丈夫?」
「好きにしろ」
満足げにうなずかれると、負けた気分になるな。実際どうでもいい話だが。
「ということで、絶叫系が嫌いな成瀬君のために、練習がてらあれに乗りたいと思います。ほら、全然混んでないし、さっさと並んでしまおう」
突然積極的になった藤村は、俺の背中を押して、アトラクションの入り口に向かった。そのアトラクションは数人並んでいたのだが、待つことなく乗り込むことができた。
「そんな緊張しなくても。成瀬君は本当に意外と情けないな」
俺の名誉のために言っておくが、全然まったくこれっぽっちも緊張などしていない。
「あんたはずいぶん楽しそうだな」
嫌味のつもりで言うと、藤村は一瞬驚いたような顔をして、すぐさま微笑んだ。また例の悲しい感じの微笑みだ。
「そう、かな。私、楽しそう?」
「俺にはそう見えるが、違うのか?」
一瞬思案するような表情をして、
「どうだろ、分かんないや」
あんたが楽しくないなら、なぜ俺はこんなことをしているのか、問い質したかったのだが、そんな様子ではなかったのでさすがに口に出したりはしなかった。代わりに、
「どうすれば楽しくなるんだ?」
「え?」
俺とて別に楽しくない。それに、ここには楽しむために来ているわけではない。きちんと目的があるし、それにその目的も全く楽しいものではない。しかし、
「どうせやるなら楽しいほうがいいだろう。俺はこういう場所自体が苦手だから楽しむことは難しいが、あんたはそうでもないんだろ?だったらあんたが楽しめるように協力してやるよ。俺ができる範囲で、だが」
俺の言葉を聞いた藤村はまたしても思案顔。そして、
「うん、成瀬君の言うとおりだね。考えておくよ。ありがと」
少しだけ口角を上げて、返事をした。そして、視線を俺から景色に移動させた。まもなくアトラクションが動き始めた。
アトラクションは、案の定まるで楽しくなかった。それはどうでもいい。分かっていたことだ。しかし、始まる前までとても楽しそうだった藤村もまるではしゃいでおらず、黙って眼下に広がるテーマパークと楽しそうにしているカップルを眺めていた。やれやれ。これではアトラクションを作成した人に申し訳ない。曲がりなりにも絶叫系と銘打っているのに、数少ない乗客がこの様子では、何とも悲しい気持ちになるね。
アトラクションは早々に終わった。俺たちのほかに乗っていたカップルどもは、それなりに楽しんでいたようだった。それに比べて、俺たちは……。
「楽しかったか?」
俺が聞くと、
「まあ、それなりに」
と答えた藤村は、またしても悲しそうな微笑みを浮かべていた。
「ま、これはほんの序章だから。ボクシングでいうところの、ジャブ。本気モードはこれからですから。さっそく、次に行きましょう!」
すぐさま様子を変容させた藤村は、逡巡しまくっていた先ほどとは打って変わって、きびきびと歩き出した。どうやら先ほどのアトラクションで次の行き先を探していたようだ。
俺はため息をつくと、藤村の後に続いた。
心なしか、藤村は元気になったように見える。気のせいではないはずだが、そんな簡単に気持ちに変化があるとは思えない。あのとき、明らかに動揺していた。そして、それを引きづっていた。しかし、今は違う。それをどう考えるか。簡単だ。無理しているに違いない。
何を求めているのか。おそらく言葉にした願いだけではないはずだ。藤村は何かを望んでここにいるはずなのだ。はたして、それはなんなのか。
「ちょっと、成瀬君」
完全に自分の世界に入り込んでいた俺は、声をかけられ、たたらを踏んでしまった。
「何だ?」
声のしたほうに目を向けたのだが、思った以上に藤村とは距離が開いていた。
「何してんの?デート相手放って、考え事?さっき楽しくなるよう協力してやる、って言ったのはどこの誰だったっけ?」
腰に手を当てて、仁王立ちをする藤村。そこには影は見当たらない。
「悪い。考え事していた」
侘びのセリフを言って、追いつくと、
「こーんなにかわいい女の子とデートしているのに、何を考えていたの?ほかの女のことだったら、承知しないわよ」
こんな軽口を叩くあたり、もしかしたら本気で回復しているのかもしれない。普段から変な女ばかりが周囲にいる俺にしても、こいつの行動はまるで読めない。こいつは深すぎる。
「安心しろ。考えていたのはあんたのことだ」
「ふーん……」
俺としては本当のことを言ったのだが、さすがに口に出すと胡散臭い。疑われるかと思ったのだが、藤村は、
「成瀬君って、意外とおせっかい、もといお人好しだよね」
信じてくれたようだ。どちらにしても、俺としては嬉しくない返事が返ってきたので、気持ちは複雑である。
「別に世話を焼くつもりはない。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「あっそ。でもね、」
藤村はそういうと、俺の腕に自分の腕をからめてきた。
「今、主導権を握っているのは私だから。私の言うこと聞いてもらわないと、困っちゃうんだけど」
体を密着させた状態で、俺の目を見る藤村。顔が近いぞ。
「それに、私のこと考えてくれるのは嬉しいけど、目の前にいる私を放っておいたら意味ないでしょ」
にっこり微笑む藤村は、裏表など存在しないように見えた。
「ああ。悪かったな」
「なんか今日の成瀬君は謝りっぱなしだね」
確かに、主導権を握っているのは藤村で間違いないようだ。




