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十二月二十四日③

十二月二十四日③


 最寄駅に到着したとき、俺は拍子抜けしていた。何だ、この程度か。確かに賑っているが、まあこの程度なら近くのショッピングモールでも見かける。むしろ昨日のほうが混み合っていたくらいだ

「今、大したことないな、って思ったでしょ?」

 不意に隣にいる藤村が言った。俺の心を読むんじゃない。

「そうだな。確かに人は多いが、思ったほどじゃない」

「それはよかったね、と言いたいところだけど、」

 嫌な感じで言葉を区切る。やめろ、その先は聞きたくない。

「残念ながら、まだ着いてないよ。私たちの目的地はまだ先」

「は?」

「ここからモノレールに乗ります」

 目の前の建物を指差した。俺が入場口かと思っていた建物はどうやらモノレールの駅舎だったらしい。

「成瀬君来たことあったんじゃないの?」

「昔な。もう覚えてないし、その時は車で来た。電車で来るのは初めてだ」

「なるほど。そりゃ納得」

 目の前の駅舎に入り、きっちり乗車券代を取られ、短いモノレールに乗った。駅は全部で四つしかない。乗った駅を除く、三つの駅はアミューズメントパークの関連施設行きであるところを見ると、専用のモノレールなのだろう。スケールのでかい話だ。

 イスに座った状態で、何気なく窓からの景色を見ていると、

「成瀬君、そんなに窓の外が気になる?子供みたいだね」

「別に気になるわけじゃない。他にやることがないだけだ」

「あ、その一言は最悪だよ。一緒にいる人に失礼だと思わないの?」

 言われてみればそうだな。

「もー、この先思いやられるなー。今日は大丈夫かな?」

「確かに心配だな」

「また他人事みたい言って……。しっかりしてよね」

 なぜ俺は人助けをしている最中に説教されねばならないのだろうか。


 駅を降り、入場口から園内に入る。さっそくキャラクターたちがお出迎えをしてくれた。そこには多くの客たちが写真を撮ろうと群れていた。おそらく順番待ちでもしているのだろう。

「すごい人だかりだな」

「そうだね。でも、この先のほうがもっとすごいよ」

 その言葉は身を以て味わうことになる。

「…………」

 本格的に敷地内に入ると、俺はげんなりした。何だ、この人の数は。数百メートル先まで人でごった返していた。見渡す限り、人人人。そこには日本のすべての人間がいるのではないか、という印象だ。おいおい。

「すごい人だね」

前言で俺に警告した藤村も驚いているようだが、俺ほどではない。せいぜい『思った以上』という程度だろう。俺なんて驚いた、というよりショックだ。日本人にとって、クリスマスイブをここで過ごすことはもはや必然ということなのだろう。改めて実感した。

「そんなにげんなりしない。とりあえず入ろう。入っちゃえば、人ごみもそんなに気にならなくなるから」

 言う藤村は、俺を諭すようだった。お前は俺の母親か。

「しかし、これだけの人を前にして、よく尻込みしないな」

「うーん、そうだね。それだけ楽しい場所なんじゃないの?」

 そのようだな。少なくとも、ここにいる人間の大多数はそう考えているに違いない。俺は少数派であり、話す藤村もどことなく少数派の雰囲気がある。

「あんたも年に何度か来るのか?」

「うーん、そこまで来ないね。年に一回くらいかな。今年は初めてだし」

 重度のリピーターではないが、毎年一度足を運んでいる。俺から言わせてもらえば、十分リピーターだと思う。しかし、世間的に見れば、その程度ではまだまだリピーターと呼ぶに値しないのだろう。

「たぶんね、恋人とここに来るのは、一種のステータスになっているんだと思うよ。待ち時間の多い場所って、結構ハードル高いしね。こういうところは本当に仲が良くないとくることができないんだよ」

 待ち時間が多い、ということは、話す以外に何もできない状況が多い、ということだ。付き合い始めて日の浅かったり、少し関係がぎくしゃくしていたりすると、気まずいだけで苦痛以外の何者でもない、ということだろう。

そう考えると、何で俺は藤村とここにいるんだろうな。今更ながらかなり不思議である。

「ところで、」

「うん?何?」

「例のストーカーはこんなところにまでついてくるのか?男が一人で、こんなところまでストーキングするとは、考えにくいのだが」

 これも今更だが、はなはだ疑問だ。そいつがここに来なければ、俺がここまで精神を削ってここに立っている理由もなくなる。ただの精神修行になってしまう。それは勘弁してほしい。

「あー、」

 藤村は明らかに妙な反応を見せた。そして、

「うん、来るよ来る。間違いなく、ね。だってあいつはそれほど私に入れ込んでいるもん」

「…………」

 藤村の言うとおり、そいつは相当藤村に入れ込んでいるのだと思う。でなけりゃ、そいつはストーカーになるはずがない。はずがない、のだが、なぜこうも不安になるのだろうか。ただの疑心暗鬼か。いや、藤村が何かを隠しているのは明白だし、今の反応もおかしい。となると、どうやったって不安になってしまう。俺は嵌められているのではないか、と。しかし、嵌められる理由も見当たらないわけで、現状ではこいつの言うことを信じるしかない。それも事実だ。

 それからゆっくり歩を進め、ようやくショップ街を抜ける。中に入ると、藤村の言うとおり、まだましになった。おそらくショップが集中しているあの場所は特別混み合っているのだろう。

「さて。どうしたものか」

 唸る藤村。手には園内マップ。俺としてはどこから行ってもいいし、どこにも行かなくてもいい。そこは藤村に全権を委ねる。藤村もそう思っていたようで、マップとにらめっこしている間は、俺に話しかけてこなかった。

「おーし、決まった!」

 そう宣言するまで、意外に時間はかからなかった。

「とりあえずぶらぶらしてみよう。何か乗りたいアトラクションがあったら、待ち時間と相談しつつ、楽しもう。あとはアプリと予約券をうまく利用して、のんびりやろう」

 無難な提案だった。アプリと予約券がよく分からなかったが、まあそこは藤村がやるのだろう。のんびりというところはもろ手を挙げて賛成できる。

 ふと思ったが、岩崎は無事入場できたのだろうか。あいつはチケットを持っていなかったはずなので、すんなり入れるとは思えないが。とりあえず連絡だけは入れておくか。


それからは宣言通り、適当にぶらぶら園内を回った。集合当初は妙なテンションだった藤村も、比較的落ち着いており、かつそれなりに楽しんでいるようであった。しきりにあたりを見渡したり、グッズショップがあると何か買うわけでもないのに必ず立ち寄ったり、アトラクションに立ち寄ると難しそうな顔してケータイを見つつ、予約券を取ったり取らなかったりしていた。

その間、俺の袖を引っ張ることはあって、腕を組んだりはしなかった。



「そろそろお昼にしようか」

 午前中は何をするわけでもなく過ぎて行った。これでいいなら楽なのだが。

「どっか入りたいお店とかあった?」

 どこに何があるのか分からないし、知っていてもあるはずがないので、

「あんたに任せるよ」

 言うと、藤村はあきれたように一つ嘆息。

「成瀬君、そりゃよくないよ」

「何がだ?」

「任せるとか、どこでもいいとか、何でもいいとか。なーんか無責任な感じ。デートの計画は男の役目、とは言わないけど、もう少し積極的になってくれないと、つまんないのかな、私に興味ないのかな、って思っちゃうんだけど」

異議あり。俺がどれほど身を削っているか考えてもらいたいね。一昨日から今日に至るまでの流れを思い出して、なおかつ俺の立場を鑑みれば、積極的になれないのも致し方なしだろう。ま、無責任というところは異議なしだな。

「悪かったな。俺は協調性がないもんでね、他者の気持ちに敏感じゃないんだ」

「開き直るのもよくないな。これを機に、改善しなさい」

 言わんとしていることは分かる。藤村が言っていることが正しいのも分かる。ただ、なぜこんなところで、お互いよく知らない人間に説教されなきゃいけないのだろうか。

「将来の課題にするよ」

「うーん、見事に誠意を感じないセリフだなぁ」

 嘆いている風ではあるが、表情は明るく、ずいぶんと楽しそうだった。

「成瀬君て、意外と残念なところ多いよね」

 こいつ、楽しそうに毒吐きやがる。お前も意外と黒いよな。

「笑顔で失礼なことを言うな」

「いやいや、これでも好意的な目で見ているよ」

 バカにされているようにしか思えない。それともあれか、自分より下層にいる人間を見て安心した、ということだろうか。どちらにしても嬉しくないぞ。

「あれ、本気で怒っている?本当にバカにしているわけじゃないよ。ただ、思ったより普通の高校生だなって思ったの。で、親しみを覚えたっていうか」

 別に怒っていないが、釈然としない気持ちだ。やはりバカにしているじゃないか。

「成瀬君って、冷静で落ち着いているし、勉強もできるし。周りから結構頼られているし、一目置かれているし。とにかく私とは次元の違う人間なのかと思ってたの。でも、結構いろいろなところで抜けているし、いろいろ悩んだり困ったり呆れたり、妙に優しかったりするから。やっぱり私と同じ普通の高校生なんだなって思ったの」

 いろいろ看過できないキーワードがあったが、とりあえず分かったことがある。

「そんなに多くを望まれても困るぞ。何でもできるヒーローみたいなやつだと思うなよ」

「うーん、そこまで多くを望んでいるつもりはないよ。でもある程度はやってもらわないと、何と言いますか、私もモチベーションを保てないと言いますか」

「無理やり押し付けたやつがよく言う」

「それに関しては、申し訳ない」

 まるで反省している雰囲気ではないな。

「そんなに説教ばかり食らっていると、俺のほうがモチベーションを保てないんだが」

「あはは。成瀬君、もともとモチベーションがあると思えないけど」

「それに関しては、申し訳ない」

 俺が全く反省してない風で言うと、今度は腹を抱えて笑い出した。

「成瀬君、結構笑いのセンスがあったんだね。うーん、また一つ成瀬君に興味を持ってしまいましたね」

「お褒めに預かり光栄だね」

「これほど誠意がないセリフをバンバン言えるのは、ある意味才能だよね」

 言って、思案顔になる藤村。そんなどうでもいいことに対して真剣そうに考えるな。俺としてはますますバカにされているような気分になる。

「まあその辺の話は、酒の肴にしよう」

 酒を飲むのか。一応言っておくが、飲まないし飲めないし、飲ませてもらえないと思うぞ。

「私もどこでもいいから、とりあえず一番近いところにしようか」

 と言って、藤村は指をさす。そこにはレストランらしき建物があった。

「何のお店か分からないけど、いいよね?」

 何ら問題ない。俺は二つ返事で応じると、俺たちはレストランに向かった。

 適当に選択した選択肢だったのだが、これが今日の予定を大きく変更させた。いや、藤村にとっては好都合であり、予定通りだったのかもしれない。


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