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令和元年十二月二十日金曜日午前十時五十分台の日暮里発渋谷行き山手線内回りに乗車。むっつりした顔で狛犬ポジションから動かない似たようなダウン姿の男性二人の間を通って乗り込む。乗車率は席の占有率ほぼ百パーセント、立っている人間がちらほら。私はいつもの癖で奥の方まで進み、出入口から一番遠くなる位置で吊革を掴んだ。走り始めた車両の窓からは右から左に灰色のビルディングがいくつもいくつも過ぎ去っていく。その光景に飽きるころ、目の前に座っている人間の声が気になり始めた。一眼で気心知れた仲だと分かった。二人ともお揃いのマフラーをして、似たような雰囲気を身に纏っている。目は窓の外からなるべく外さないように注意していたが、会話の内容は嫌でも耳に入ってくる。よくよく聞いてみると、物言いの穏やかさには似つかわしくない葛藤のある内容だった。どうも聞くに、男の方が彼ら二人でとった朝食を食卓に置きっぱなしにしてしまい、冷蔵庫に入れなかったかで揉めているようである。男の方はだって何も言われなかったからとか、あれくらい帰るまでには悪くなったりしないだろうとか、言い訳めいたことばかり言っている。そして、女の方は、あなたはいつも気遣いが足りないとか、察する力が弱いから、とか、非難がましいことを言っている。チラチラ二人の顔を盗み見ていると、女も男も中々に幸せそうな笑みを浮かべていて、表情だけ見ると到底言い争っているようには見えない。私はこれをよくある痴話喧嘩というか、それですらない、単なる乳繰り合いのようなものだと判断した。喧嘩、という言葉はよほど適切でない。犬も喰わないと言われる夫婦喧嘩とはこういうものかと。惚気の別バージョンというか。結局、田端に着いても、池袋に着いても、カップルは同じ調子で喋り続けた。ずっと心で弄り合う愛撫のような会話をしていたのだ。やがて渋谷に着く。新宿を過ぎてからはずっともぞもぞソワソワしているから。ああ、彼らもここで降りるのかと思っていると、新宿で乗ってきた多数の他の乗客にもまれてもたもたしている私の横を二人はするりと通り抜けて、スイスイと乗車口の前まで行ってしまった。電車が止まってからドアが開くまでの数秒、私もカップルも他の乗客もぼけっとしてドアに向き合う。何気なく目を落とした私の目に映ったのは、先ほどのカップルの、互いを見ることもなく絡み合う二つの掌だった。

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