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第10話

 周囲がざわついている。

 そっと目を開けてみると、光はすでに収まっていた。とっさに右手を水晶球らしきものから離したのが良かったのだろうか。


「だ、大司教猊下。これはどういう結果なのでしょう?」

「いえ、それは……」


 見るからに顔色の悪い父様の問いに、口篭る大司教猊下。

 この二人も、僕を睨んでいる母様も、相変わらず何を考えているのか分からない姉様も、心配そうな妹君も、事の成り行きを見守っている人々も、みんな分かっているんだろう。さっきの大司教猊下のセリフは、ほとんどの人間に聞こえていただろうから。


「猊下、はっきり言って下さい。我々は、教会の敬虔な信徒としていかなる結果も受け入れる覚悟があります」


 母様は真剣な表情で言っているように見えるけど、口元が笑いを堪え切れていない。よっぽど僕を排除できるネタを見つけて嬉しいらしい。確かに、これなら父様の親戚筋から家督がどうのって文句を言われることもなくなるだろう。


「その子は、……クラント=バルディエーリは、異能者です」

「そんな、何かの間違いです!」

「お嬢さん、残念ながら事実です。それぞれの属性を司る色がすべて現れるのは、異能者に共通する反応なのですよ」


 それでも諦めずに食い下がる心優しいミリカに対して、大司教猊下は丁寧に言い聞かせている。やっぱりミリカは僕の天使だ。異能者の意味が分かっていて、それでも僕を守ろうとしてくれる。


「もう良いよ、ミリカ」

「お兄様!?」

「その気持ちだけで十分だよ。ありがとう」


 そう伝えると、その場で泣き出してしまった。僕なんかのために悲しむなんて、心が痛むけど、それ以上に嬉しい。


「で、お父様。バルディエーリの当主として、クラントをどうするおつもりですか?」


 こんな状況でも不気味なくらいに冷静な姉様の言葉。それを聞いて一気に血の気が引く。


 ――殺される。


 その可能性が現実のものとして感じられる。

 可能性なんかじゃない。あの母様は確実にそうする。父様はそれに逆らえない。


「いや、それはだね……」

「処刑よ! 神の敵を生かしておくなんてありえないわ! 今ここで叩き斬りましょう!」

「いや、そんな。一応は跡取り候補だし、私たち双方の親戚筋にもお伺いを立てないと――」

「グダグダ言わないで! あなたが当主なのよ、しっかりしなさい!」


 あれはダメだ。父様は完全に母様に飲まれている。あれじゃ逆らえる訳がない。


「お母様、そんな酷いわ。お願い、お兄様を助けて!」

「ミリカ、あなたもいい加減にしなさい! アレは生まれついての悪党なのよ。そろそろ目を覚ましなさい」


 健気な妹君が、苦手な母様にまで食い下がって助けようとしてくれている中、父様が僕の目の前に歩いてきた。


「恨むのなら、異能なんて持って生まれた自らを恨みなさい」

「嫌だ……」


 父様が剣を抜く。


「何なら、私を恨んでも良い」

「嫌だよ……」


 剣を大きく振り上げる。


「だから、諦めて安らかに眠りなさい」

「死にたくない!」


 アレが落ちてきたら僕は死ぬ。そんなの嫌だ。

 周りはアテにできない。母様は喜んでるし、姉様は動く気配もない。ミリカは巻き込みたくないし、ここでは何もできないだろう。他は完全に傍観だけど、完全に取り囲まれていて逃げられない。

 自分でどうにかしないと。でもどうする? 倒す? どうやって? でも、倒せないと死んでしまう。

 そうしていると、ふと手が腰の後ろに。そこにある短剣に触れる。

 時間がない。正しい使い方も知らない。でも、やるしかない。

 短剣を抜く。切っ先を父様の方に向けて構える。そして、目をつぶって飛び出した。


「やあっ!」

「やめてぇっ!」


 ……手にはどろりとした生温かい液体の感触。痛みはない。

 もしかして、やったのか? 

 そう思って目を開けると、そこには死ぬよりもなお悪い光景が広がっていた。


「お、にいさ、ま。けが、は……?」

「ミリカ? ……何で? どうして!?」


 短剣はミリカの胸に深々と突き刺さっている。こうしている間にも、後から後から血が溢れ出てくる。

 アカ、鮮やかな紅、命を司る赤。

 父様は、血の付いた剣を取り落として呆然としている。母様の意味をなさない奇声と、姉様のため息が聞こえた。


「よかっ、た。おに、いさまが……ぶじ、で」


 涙の浮かぶ碧眼。それはいつもの輝きを映さない。闇よりもなお昏い、絶望の色。それだけが映し出される。

 『あの娘』と同じ、絶望の色。


「何で……何でこんなことしたんだ! お前が死んだら、生きていたって仕方ないじゃないか。どうしろって言うんだよ……」

「ダメ、だよ。いき、て。や、くそ、く……ね?」


 弱々しい笑みを浮かべて、次の瞬間には血を吐いた。

 胸元に温かい血潮を浴びせられ、赤く汚れた妹君の重みがふわりと掛かる。


「なあ、ミリカ?」


 嘘だろう? 俺を驚かせようとしてるんだろう?


「なあ、ミリカ。返事しろよ」


 何で黙ってるんだよ。君の体はこんなに温かいじゃないか。


「頼むから……ミリカ……」


 君が居たから生きてこられた。君が居たから世界が輝いて見えた。君が居たから明日を見たいと願うことができた。

 でも、それはすべて失われた。俺が、俺の力がすべてを破壊した。

 俺は、俺が憎い。一番大事なものを壊した自分が憎い。

 俺は、俺の力が怖い。一番大事なものを一瞬で奪っていった自分の力が怖い。

 だから、もうお前が居ないのなら――


「こんな世界、すべて燃え尽きて灰になってしまえ!」

『それがお前の望みなら』


 聞き覚えのない男の声が聞こえたと思ったら、何の前触れもなく右腕から紫色の光が溢れる。


『我は、『紫炎の蛇』の銘を持って生まれし、意思ある魔力。我は世界の始まりと共に存在し、今この時に生を受け、汝と共に死を向かえ、世界の終焉と共に存在を全うするものなり――だったか』

「だ、誰だ!? どこから話している!?」

『誰だ、とは酷いな。我らの付き合いも、もう短くはないというのに』

「僕は知らないぞ! 適当なことを言うな!」

『いつまで寝惚けている。自らに問うが良い。お前は何者だ?』

「何者か? 僕は、クラント=バルディエーリだ。唯一つの守りたかったものを自ら壊した大馬鹿者だ! で、それがどうしたっていうんだ!?」

『ふむ。無意識に妹とあの娘を重ねた瞬間があったから、これでいけると思ったのだがな。やはり、そう簡単にはいかないか』

「何だよ! 誰だよ! 何がしたいんだよ! 答えろよ!」

『思い出せ。守ると決めた、銀色を』

「銀色? それって何なんだ!?」

『思い出せ。恐怖と絶望をのみ映した、碧を』

「訳が分からない! 分かるように言え!」

『思い出せ。お前は何者だ?』

「そんなの――」


 声が、聞こえた。誰かが俺を呼んでいる。

 手が、暖かい。この左手の温もり、最近どこかで感じた気がする。

 ……そうだ。あの娘は、違う銀だった。あの娘は、同じ碧だった。

 そうだ。僕は……俺は!


「……で、こんなところにまで何をしに来た、紫炎の蛇。人様の夢にまで出るとは、趣味が悪いぞ」

『ようやくお目覚めか。それにしても、随分と懐かしい夢を見ていたな』


 いつの間にか、上下左右どこを見回しても紫色に染まっていた。体も十七歳にまで成長している。流石は夢の世界だ。


「別に、見たくて見ていた訳じゃない。むしろ、見たくなかった」

『そうか。お前は、我を恨んでいるのか?』


 らしくない真面目な口調。急にこんなことをされると、調子が狂うのだがな。


「こんな力、なければ良かったと思っている。今も、昔も、な」

『……そうか。そうだろうな』

「ただ、現れた意思ある魔力が相棒だったことは、そう悪くなかったと思うぞ」


 今度は返事が無い。表情なんてないから、何を考えているのかは分からん。


『……デレたか』

「……は?」

『お前、七年経ってようやくデレおったか!』

「デレてねぇよ!」


 何だこのノリは。頭が痛くなってきた。


『ガッハッハ、照れるな照れるな。恥ずかしがる必要などないぞ!』

「……真面目な話、俺はまだお前のことを認めた訳じゃないからな」


 相棒が黙り込む。流れの変化を感じ取り、気を引き締めた……のだと思う。


「お前は、確かに意思ある魔力として、『俺』の相棒として信頼している。感謝していることもたくさんある。だが、とどめが『僕』だったとしても、お前は『僕』からミリカを奪った。彼女は『僕』のすべてだった。後から何を積み重ねようと、それは『僕』じゃない。だから『僕』はお前を認めない。積み上げた『俺』を認められるまで、『僕』はお前を認めはしない」


 言うことは言った。考えれば、腹を割って話したのは初めてかもしれない。

 まあ、死ぬ前に一度くらいはやっておいても良いだろう。


『ガッハッハ、ここは便利だな。お前が本心からそう思っているのだと感じられる』

「お前、そんなことができたのか。えげつないな」

『普段からできる訳ではない。我らはあくまで別々の存在であり、精神干渉に近いことをしている今が異常なのだ』


 異常、ね。死んでいるのを普通とは言わないだろうから、そうなんだろう。


『そろそろ時間のようだ』

「そうか、やっと逝けるのか」

『逝く? そうか。まあ、そう思うだろうな』

「何だ、その引っかかる言い方は」

『ガッハッハ、気にするな。我とて、未だに信じられんのだ。自分の目で確かめると良い』


 笑っているくらいだし、悪いことではないと思う。

 だが、何が起きても良いように、心構えだけでもしておこう。


『では、行くが良い』

「ああ、逝ってくる。――お前も何だかんだで背中を押していたから俺のせいとは言わないが、教会に喧嘩を売るようなことにまで付き合ってくれて、ありがとう」

『まったく、ここは調子が狂う。そんなことを一々気にするな。意思があろうと魔力である我らには、感情はあるが生き物のような生存本能は持ち合わせていない。お前が破滅を望むのなら、共に歩んで少しでもおもしろおかしくするだけだ』


 もう本当に時間がないらしい。足先から少しずつ体が消えていく。


「相棒!」

『何だ?』

「もしも生まれ変わったとして、またお前が俺の相棒になったら、そのときは名前を付けることを考えてやる」


 これで最期だ。思ったことはすべて伝えておこう。こんな機会を与えられるなんて幸運なのだから。


 そうして、俺はこの空間から完全に消え去った。





 目に入るのは灰色の翼。

 大きく立派な一対の翼。

 その翼を持つのは一人の少女。銀色の髪を持つ、美しい少女。

 その少女は、鈴を鳴らすような澄んだ声で俺に呼び掛ける。


「……くらんと、ダメだよ。……死んじゃ、やだよ。くらんと……」


 仰向けになった俺の腹部に顔をうずめて泣く少女が一人。俺の左手は、その両手に包まれている。

 そして、こちらをみて呆然とする遊撃騎士が一人。

 ……訳が分からん。


『起きたか、クラント。共にあの世の入り口まで行った気分はどうだ?』

『何があった? 俺は首を飛ばされて死んだはずだぞ』

「くらんと……?」


 不安げに問いかけるのは、銀髪の少女。


「うん? ああ、そうだが、一体何が――」


 その後は、会話とかコミュニケーションとか言えるものではなかった。

 ただただ名前を呼ばれて、ただただ返事をする。

 その間じっと俺を覗き込んでいた瞳は、涙を浮かべる瞳は絶望を映してはいなかった。恐怖を映し出してもいなかった。

 かつて俺の腕の中で絶望と恐怖を映し出したのと同じ瞳が、今は俺の上で希望を映し出している。


『短い間にだいぶ好かれているではないか』

『こんなときになんだ。こっちは、訳が分からなくて大変なんだ』

『言っただろう? 異能は、使い手の心に答える。自分が傷つけられても発動しなかったのに、お前のために死者蘇生までやってのけたんだ。これほどの規格外、ずば抜けた才と、魂を震わせるほどの強い思いが揃わなければ出来やしないさ。ガッハッハッ!』


 ……こいつは今、何と言った? 異能? 死者を蘇らせる異能だと?


 ああ、そうだ。確かに、『高位の治癒らしき能力』と言っていた遊撃騎士殿の話とも辻褄は合うだろうさ。かわりに、常識が世界の果てまで弾き飛ばされていったがな。


 とにかく、一つずつ終わらせよう。


「ミリカ」


 少女の名を呼ぶ。

 少女は首を傾げて続きを待ってくれる。


「俺と、一緒に来るか?」

「……ん」


 以前と同じ素っ気無い返事。だが、その口元は不器用で小さな笑みを浮かべている。

 『ミリカ』は救えなかったけど、『ミリカ』は救えたらしい。


「そうか。鳥かごの中のお姫様は、現状に抗うことを選択したのか」


 俺の言葉と共に、ミリカの翼が消え、俺の胸の中へと倒れこんでくる。

 弱ってはいるが意識はある。きっと、これだけのことを出来るとしても、この通り一度でほとんど力を使い果たすのだろう。だから、この娘は家族を救えなかった。

少なくともミリカの命に別状はなさそうなことに一安心していると、怒声が響いた。


「ふざけるな!」


 声の元は遊撃騎士殿。その顔に笑みはなく、怒りに歪んでいる。


「死は、生き物である限り逃れ得ない絶対の法だ。この世の真理だ。それを覆すことは、神への冒涜。調和を司る教会への宣戦だ」


 こちらへと杖を向けてくるので、ミリカを部屋の一番奥まで下がらせ、戦闘態勢に入る。


「教会で……よりにもよって、神の作りたもうた世界を守護する神域で! 堕ちた灰色の翼を広げ、原初の理法を歪めた冒涜者め! 死者蘇生などと言う、神の領域を踏み荒らす外法を用いた背教者め!」


 傷は回復しているが、衣服や魔力に体力、手元から失った短剣は戻っていない。この様子では、恐らく銃弾も撃ち尽くしたままだろう。


「貴様は存在そのものが間違いだ。守ろうとするものも同罪だ。異能者だとか神の敵だとか、そんな次元の問題ではない」


光の刃が形成される。最初のものよりは目に見えて小さくなっているが、まだ十分に脅威だ。


「調和を乱す大罪人ども! 貴様らの存在を否定してやる!」

『相棒!』

『まかせておけ』


 ミリカを下がらせ、両手両ひじに紫炎を展開し、迎え撃つ。

 高速の踏み込みからの刺突。速さもキレも一級品。それでもさっきまでの不気味な威圧は感じない。今は動きが読める。感情が高ぶり、冷静さを欠いた副産物だろう。


 何であれ好機。突き出された穂先を左手で外に流し、左足を大きく踏み込む。


「ぶち抜け!」


 右の拳を握り締め、大きく振りかぶり、衝突。

 光の壁との拮抗は長く続かず、顔面を捉える軌道に大穴を空け、そこから入った無数のヒビによって砕け散った。

 だが、その右腕も、向こうの左手によって外に払われて、目標を捉えられない。


「くたばれ、異能者!」


 互いに両手が外に流れていて無防備な中、遊撃騎士殿が後ろに大きく背を反らして歯を食いしばり、そこから一片の迷いなく溜め込んだ力を解き放つ。


 要は頭突きだ。


 その一撃は互いの額に大ダメージを与えたはずだが、仕掛けた方の遊撃騎士殿は続けてみぞおちに右ひざを打ち込み、その威力に負けて地面を転がされ、距離ができる。


「ちっ、痛えなあ。自分から飛んでダメージを減らすとか、小賢しいマネしやがって」

「そっちも随分と性格が変わっているな。カリカリしていても良いことはないんだろう? それに、魔術師が頭突きなんて小賢しいマネをするな」

「こっちが素だよ、バーカ。ヘラヘラばっかしてておかしいって思わなかったのか? それと、魔術師じゃねえ。遊撃騎士だ」


 飛ばされた衝撃で宿していた炎も消え、痛みを堪えながら立ち上がると、遊撃騎士殿も痛みを払うように頭を振りながら返事をする。

 今の攻防、確実に手応えがあった。だが、もう一手足りない。

 光の刃を防いで光の壁を破った後、何かもう一撃加えたいが、遊撃騎士殿のように頭突きをしても、こちらの負うダメージも大きくてとどめまで持っていけるとは確信できない。足は壁を破るために強く踏ん張るので動き出しで出遅れるし、ひじを用いる前提では壁を破りきれないだろう。

 ……動き出しに遅れず、決定打となる一撃。ある意味奇襲でもあるし、試す価値はあるだろう。


『相棒、今度は右手だけで良い。ただし、焼き尽くす準備だけはしておけ』

『ほう、次で決めるか』


 最後に、ミリカの位置を確認。

 よし、大丈夫だ。あそこなら巻き込まれないはず。

 懐から『魔力殺し』を取り出して左手で構え、右手には紫炎を纏わせ、左手を前にした半身になる。

 先手を取るのはまたも遊撃騎士殿。斬るや払うという線の攻撃ではなく、より防ぎにくい点の攻撃である突きを放つ。

 それに対し、ギリギリまで引き付けたところで『魔力殺し』を口にくわえ、刃に触れないように左手で杖の本体部分を掴む。


「なんだと!?」


 地面を踏み締め、全力の右拳打。先の攻防と同じように光の壁を破り、逸らされる。

 ここまではほぼ同じ流れ。両者共に両手を封じられ、無防備な状態。

 いくら動きを読まれないようにしようとも、基礎修練で繰り返した型にある程度はパターンが縛られるものだ。特に判断力が鈍っている状態で、その上とっさの時には、その者にとって最適であると思っている行動を無意識にしてしまうものだ。

 故に、一つ前の攻防をなぞった。

 だが、今の俺には戦いを決定付ける一撃が控えている。

 後ろに大きく背を反らし、しっかり歯を食いしばって力を溜める。そして、その力のすべてを解き放った。

 そうして放たれた刃は、遊撃騎士殿の豊かな双丘の中心よりも少し外れた位置――心臓のあると思われる位置に吸い込まれていく。


「う、そ……だろ?」


 呆然と呟く遊撃騎士殿を突き飛ばすと、刃の抜けた傷口から鮮血が噴き出し、純白のローブが赤く染まっていく。

 消耗している現状、しかも至近距離での高速の攻防の中でこれを凌がれたなら、もう打つ手は残っていなかった。攻撃後の隙を突かれ、再び冥府の門をくぐっていただろう。ミリカの様子を見るに、今度は片道切符で送り出されることはほぼ間違いない。


「そんな……父様、母様、姉様……まだ、そっちには……仇を、討たないと……終わってないのに……」


 致命傷を負い、息を乱しながらも立ち上がろうとする血塗れの魔術師に対して、くわえていた『魔力殺し』を地面に吐き捨ててから、右手を向ける。

 体力も魔力も限界が近づく中、次で決めきれなければ、続きは気力だけの戦い。勝敗がまったく読めなくなる。


「俺は不器用でな。確実に人を殺しつくす手段は、そう多くないんだ」


 有利なうちに勝利を掴もうと、残り少ない魔力を搾り出す。

後先考えず、ただこの一撃に賭ける。


「だから、勝つために手加減はしない」


 魔術のように歪めて使役するのではなく、自然の力を受け入れる。相棒を通じて人間にも扱えるようになった力に余計な加工を施さず、在るがままに構成し、自らの魔力で具現化して、解き放つ。

 故に、魔術師よりも不器用なれど、魔術師よりも強大なる力。『異能』を感じとり、ただ放つ。


「さようなら、遊撃騎士殿」


 すでに俺の頭の大きさにも匹敵しようかという炎弾は、俺のすべてを吸い取り、後はその牙を突き立てるのを待つだけ。


「紫炎と共に、冥府へ散り逝け」


 瞬間、視界が塗り変わる。

 そのすべてを制圧するは、紫。獲物を求めて駆け抜ける、高貴なる捕食者。触れるものすべてに牙を突き立て灰となす、無慈悲なる殺戮者。

 状況を確認し、『魔力殺し』を拾う。

 これに血を吸わせるのは二人目。

 最初は『ミリカ』の血を吸わせ、二度目は『ミリカ』のために血を吸わせた。

 そして思うのは、『あの時』のように、すべてが終わった。

 そうして気の抜けた俺の口から、言葉が漏れる。


「……なんだこれは」

『凄まじい火力だな。お前の熱い思いに反応したかな? まあ、安心しろ。余波では石までは焼けぬから、建物は崩れぬ』


 そういう話をしている訳ではない。

 部屋の向こう側半分は炎に飲み込まれ、開け放たれたままだった扉から外にも広がっている。しかも、当分消える気配がない。


「突破すると、俺は平気だが、ミリカは死ぬな。確実に」


 ミリカの異能が未だに発動していれば、抜けられたかもしれない。

 そうして、どうやって脱出しようかと考えていると、歩み寄ってくる足音。


「……くらんと」

「ミリカ、無事か?」

「……ん」


 答えたのとほぼ同時、俺の方に倒れ込んでくる。


「おい、大丈夫か!?」

「……ん」

『魔力が切れただけのようだ。意識も失っていないようだし、放っておけば回復するだろう』


 相棒の言葉に一息吐くが、根本的な問題が残っている。

 時間が経てば火も消えるだろうが、そうなれば教会の人間に見つかるのは必至。関係者として面倒なことになるだろうし、ここまでしてミリカを確保した意味もなくなる。

 そう思いながら周囲を見回すと、一つだけ出口となりうる場所が目に付いた。

 安全な場所にミリカを座らせ、拳銃の弾倉を振り出して中身を補充する。


『なるほど。確かに出られるかも知れんが、随分と罰当たりなことをするのだな』

『罰当たりは今更だ。教会に火を放っておいて心配することでもないだろうが』


 右手の拳銃で狙うは初代教皇の描かれているステンドグラス。俺の頭の高さと同じくらいの位置にある最下部に向けて銃弾を続けて撃ち込む。

 残ったガラスを払って脱出口の形を整え、覗き込んでその先に空間があることを確認する。


「立てるか?」

「……ん」


 疲れてはいるが、動かすには問題ないだろうと判断し、持ち上げて先に外に出す。

 後に続くと、そこにはちょっとした小部屋ほどの空間。上を見れば光は遥か頭上から。下りた階段の段数を考えればこんなものだろう。

 地上に出る手段を求めて見回すと、上まで続く金属製の取っ手のようなもの。どうやらハシゴの役割をしているらしい。


「行くぞ、ミリカ。逃亡劇の始まりだ」





 本日中に、最終話を投稿します。

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