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9.それがロックだ

サクラ邸に設置してある転移門を使い、魔国レイシリアに一度戻ったロキは、あるところへ向かっていた。


「あ! ロキ様だ!」


「ほんとだ! ロキ様、ライブお疲れ様です!」


「ロキ様、またうちの店にも寄ってください!」


レイシリアのメインストリートを歩くロキに、大勢の国民が親しげに声をかける。ロキはにこやかに手を振ったり返事したりしながら、目的地へと歩を進めた。


ちなみに、魔国レイシリアは魔王が治める国ではあるものの、魔族だけが暮らしているわけではない。魔族以外にも、エルフやドワーフ、獣人、人間などさまざまな種族がレイシリアで暮らしている。


「さてと……いるかな?」


魔王城から歩いて約五分ほど。この世界ではあまり目にしない、一風変わった様式の建物。その前に立ったロキは、一つ大きく深呼吸をした。


「親父様!! ロキです! 親父様!!」


少しの間があったあと、木枠に白濁色のガラスをはめ込んだ玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。現れたのは壮年の男性。黒髪をべったりとオールバックにまとめ、黒い革製の上着を羽織っている。


「おお、ロキか。どした? ちゃんとロックしてっか?」


「そりゃもう。ツアー初日のライブも大成功でした。それより親父様。せめて門番くらい置いてくださいよ。親父様に何かあったら……」


「ばかやろう。そんなのロックじゃねぇ」


「ロックって言葉を都合よく使わないでください」


「ふん、生意気言いやがって。とりあえずあがれよ」


ニヤリと口角を吊り上げた男がアゴをしゃくる。この男こそ、たった一人で魔族をまとめあげ、魔国レイシリアを興した初代魔王、アキラである。


「まあ適当に座れ」


「はい」


木と草の香りがする部屋に通されたロキは、木製ローテーブルの前に腰をおろした。床はフローリングや絨毯ではなく、草を編んだ特殊なものを使っている。


相変わらず……不思議な空間だ。親父様がもといた世界では普通らしいが。何でも、この部屋は和室、床は畳と呼ぶらしい。


「で、今日はどうしたんだ? お前のほうから顔見せるなんて珍しいじゃねぇか。機材トラブルでもあったか?」


「いえ。大事なツアー初日も終えたんで、親父様に顔を見せに行こうと思っただけですよ」


「ずいぶんかわいげがあること言うようになったじゃねぇか」


「はは。ついでに、ガーランドが珍しい魔導音響効果装置(エフェクター)があれば欲しいって言ってたんで」


アキラが「くくっ」とニヒルに笑みをこぼす。魔鈴が音楽活動で使用している機材の多くは、アキラが試行錯誤の末に生みだしたものだ。


「エフェクターに頼るんじゃねぇって言っとけ。ギターとアンプだけでイイ音を出せてこそロックってもんだ」


「親父様ならきっとそう言うだろうなって、ガーランドもロベリアも言ってましたよ」


「くくっ。それはそうと、嬢ちゃんは元気か?」


「ええ。まあ、相変わらずパパとは呼んでくれませんけどね」


「まあ……仕方ないっちゃ仕方ないわな。嬢ちゃんも年ごろだし、いろいろ複雑な思いもあるんだろうよ」


「ですね……」


そこからしばらく、音楽や新たな発明品などの話題で二人は盛りあがった。作曲やライブに関するパフォーマンスのアドバイスもしてもらい、ロキは真剣な表情で話を聞き続けた。


「……お。もうこんな時間か」


「親父様、何か用事でも?」


「ああ。最近仲よくなったエルフの嬢ちゃんとセッションの約束しててな」


「相変わらず若いですね~」


「ロックスターに酒とイイ女はつきものだろうが」


「はぁ……俺がサクラの前でそんなこと言ったら、一生口をきいてもらえませんよ」


トホホ、と肩を落とすロキを見てアキラが苦笑いを浮かべた。


「まぁ、俺は古い時代のロッカーだからな。お前はこのあとどうすんだ?」


「魔王城で溜まった書類のチェックしてから、サクラのとこに戻ります」


「そうか。嬢ちゃんにもよろしく言っといてくれ」


頷いたロキは立ちあがると、引き戸を開いて部屋の外へ出た。


「……親父様。あのとき、アンガスはどうしてあんなことしたんでしょうね」


アキラに背を向けたままロキが口を開く。


「……さあ、な。あいつの考えはあいつにしかわからん。ただ……」


「ただ?」


「あいつもお前と同じ、俺にとっては大切な息子の一人だった。それを手にかけなきゃいけなくなったときの悔しさと不甲斐なさは……今も忘れられねぇよ」


アキラが絞りだすように言葉を紡ぐ。ロキにガーランド、ロベリア、ガイル、ラーズ、そしてアンガス。いずれも、幼いころ魔王アキラに拾われ、我が子のように育てられた魔族だ。


信頼していた息子の一人が、突然世界を相手に戦端を開き、各国に甚大な被害をもたらした。


あらゆる種族、さまざまな国々と友好関係を築いていたアキラは、これ以上状況が悪化するのを回避すべく、文字通り断腸の思いでアンガスの討伐をロキに命じたのである。


「おめぇにも、辛い思いさせて悪かったと思ってる」


「いえ……すみません親父様。変なこと聞いて」


畳の上であぐらをかき、かすかに肩を落とすアキラを振り返ったロキは、深々と頭を下げてその場をあとにした。



――どことなく淫靡な香りが漂う空間のなか、魔王ロキの側近であり魔鈴のマネージャー、ラーズは静かに跪きこうべを垂れた。


「苦しゅうない。おもてをあげよ」


「は」


ラーズが視線を向ける先には、白くスラリとした足を組んで玉座に体を埋める一人の美女。透き通るような白い肌に、男を惑わす見事な双丘、そしてエルフ特有の長く尖った耳。精霊国バーニアを治める女王、ディアーナである。


ここは、精霊国バーニアの中心地にそびえ立つディアーナの居城。ラーズは、数週間後にバーニアで開催されるライブの件で、ロキの名代として事前の挨拶に訪れていた。


「ほんに、あの小僧も律儀じゃのう。(わらわ)とあやつの仲じゃというのに、わざわざ側近であるお主を挨拶によこすとは」


「は。また本番が近づいてきたら、改めてロキ様がご挨拶に伺いたいとのこと」


「ほほ。そんなに気を遣わずともよい、と伝えておいてたも。あの小僧……いや、今はもう魔王陛下じゃな。ロキとは長いつきあいじゃし、挨拶に来なかったからと言って叱責したりはせんしな」


「は……」


ディアーナの見た目は、二十代前半の人間の女性にしか見えない。が、エルフは長寿の種族として知られている。実際のところ、ラーズもディアーナの実年齢がいくつなのかさっぱり見当がつかない。


「最近のロキはどのような感じじゃ?」


「そうですね……統治者としての業務もこなしながら音楽活動も精力的に行っているので、かなり忙しそうにはしています。疲れも溜まっているかもしれませんね」


「そうかそうか。なら、今なら妾が勝てるかもしれんの」


ふふ、と不敵に微笑むディアーナの様子を見て、ラーズが思わず苦笑いを浮かべる。


「懐かしいのう。魔王アキラが子飼いにしている小僧がどれほど強いか試してやろうと思い挑んだが、まさかあそこまで差があるとは思わなんだ」


「私も……あの戦いはおそばで見させていただきました」


「ほほ。そうじゃったの。あのころのあやつは、今とは大違いじゃった。触れれば切れる、鋭い刃物のようにギラギラしておったわ」


「ディアーナ様の魔法戦術も相当なものでした。さすがエルフの女王、と内心驚愕したのを覚えています」


「嬉しいことを言ってくれるのう。ま、戦闘はあっさりと負けたが、ベッドの上では妾の圧勝じゃったがの」


ディアーナのとんでもない発言に、ラーズが思わずむせ返る。玉座のそばに控えていた側近の女エルフ、レイエスも眉をひそめながら咳ばらいをした。


少しのあいだディアーナの雑談に応じたあと、ラーズは謁見に応じてくれた感謝の言葉を伝え、その場をあとにすることに。


謁見の間を出て城の出口へを向かっていたところ――


「ラーズ様!」


背後から声をかけられ、ラーズがゆっくりと振りかえる。


「これは、レイエス殿。どうなされました?」


ラーズを追いかけてきたのは、さっきまで玉座のそばに控えていたディアーナの側近、レイエス。


「あ、その……最近、ロキ様はどんな感じなのかなと思って……」


「……? ええと、先ほどディアーナ様に申し上げた通りなので――」


ラーズが言葉を呑み込み、内心小さくため息をつく。


ああ、そうか。たしか、レイエス殿はロキ様の熱狂的なファンだったな。ファン、というよりもおそらくは恋愛感情を抱いている。おそらくは、ロキ様の女事情などを知りたいのだろう。


「先ほど仰ったように、魔王の職務と音楽活動で大変お忙しい方ですからね。昔のように遊んではいないようですよ」


「そ、そうなんですね……!」


「ええ」


「えと……その、恋人とかは……?」


「いない、と思いますが。少なくとも私は見たことも聞いたこともありません」


レイエスの顔がわかりやすくぱぁっと明るくなった。が、次の瞬間すぐ真顔になる。


「な、なら……わ、私にも希望とか……あったりする、でしょうか……?」


もじもじとしながら言葉を紡ぐレイエスを見て、ラーズが困ったような表情を浮かべた。ここは、変に希望をもたせると、あとから面倒なことになるかもしれない。


「恋人はたしかにいません……が、ロキ様には何より大切に思われている方がいますので、難しいかもしれませんね」


「え……!?」


「はっきりしたことは言えませんが。ただ、あまり過大な希望は抱かないほうがよいかもしれません。では、私はこれで失礼します」


軽く腰を折ったラーズが踵を返しその場を離れていく。少しずつ小さくなるラーズの後ろ姿を、レイエスは下唇を噛みながら静かに睨みつけていた。

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