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8.素晴らしい生徒でした

魔鈴のライブ翌日。ハーメリア王立学園では昨日行われたライブの話題でもちきりだった。


「ねぇねぇ! 魔鈴のライブ行った!? ロキ様めちゃくちゃかっこよかったよね~!」


「行った行った! ロベリア様のソロも聴けて幸せだったぁ……!」


「俺も行ったぜ! 魔王様、マジぱねぇ……! 俺もいつかあんなふうになるんだ!」


教室のあちこちから聞こえてくるライブの感想。そんななか、サクラは自分の席に座り素知らぬ顔で読書をしていた。


「サクラ、おはよっ!」


「おはようサーヤ」


「どうしようサクラ。私、まだライブの余韻が抜けてない……」


まじめな顔で訴えるサーヤを見て、サクラが苦笑いを浮かべる。


「ライブ、めちゃくちゃよかったしね。仕方ないよ」


「うう……今日は礼儀作法の特別講習があるのに~……」


「へ……?」


きょとんとするサクラに、サーヤが眉をひそめたあとため息をついた。


「いやいや。この前担任のクレハ先生が言ってたじゃん。今日は外部から礼儀作法の講師を招いて特別講習を行うって」


「ああ……言ってたような……?」


「もう~。噂ではめちゃくちゃ厳しい講師らしいし、気が重いよ~……。しかも、貴族の連中と一緒だからなおさら気が重い~」


幼いころから厳しく礼儀作法を叩きこまれている貴族と、そうでない平民とでは明らかな差がある。


「まあまあ。考えても仕方ないよ。何とかなるって」


「はぁ……サクラってほんとお気楽というか……」


「酷い言われようだよ。私は別に――」


サクラが何か言いかけた刹那、耳に痛い高笑いが教室内に響きわたった。


「おーっほほほほほほ! ごきげんようお二人さん」


「リアさん」


声の主は、有力貴族の令嬢であるリア。取り巻きの貴族令嬢を背後に従えての登場である。


「あなた方、魔鈴のライブには行かれまして? わたくし、今回はチケ番が非常によかったものですから、五列目でじっくりとロキ様たちの素晴らしいお姿を拝見できましたわ」


「あっそ。悪いけど、私たちもチケ番よかったから三列目で見てたわ。残念でした」


嫌味なことを口にしたリアに、逆襲と言わんばかりにサーヤが言い放つ。


「なっ……!!」


貴族である自分よりも前列にいたという事実を知らされ、リアの顔が屈辱に歪む。


「ふ、ふん……! そ、それはよかったですわね。あなた方のような貧乏人……おっと失礼。平民がロキ様を間近で見られることなど、この先もうないのでしょうから。おーっほほほほほほ!」


「何ですって!?」


サーヤが今にも噛みつきそうな目でリアを睨みつける。そのそばでサクラは、バレないように小さく息を吐いた。


いや、割と頻繁に間近で見てるんだけどな。てか、もし私がロキと父娘って知ったら、この人いったいどんな反応するんだろ。


そんなことを考えていると――


「ま、まあいいですわ。それより、今日は礼儀作法の特別講習があること、お忘れではありませんわよね? せいぜい、高貴な血筋であるわたくしたちの足を引っ張らないでくださいな」


ふんっ、と蔑むような視線をサクラとサーヤに向けたリアは、取り巻きの令嬢たちを引きつれ高笑いしながらその場を去っていった。


「む、む、む、むかつく~……! マジでぶん殴ってやりたいわ……!」


「まぁまぁ。落ち着きなよ」


怒りが収まらない様子のサーヤを何とかなだめつつ、サクラは離れていくリアの後ろ姿をちらりと見やった。



――昼休みが終わり、いよいよ特別講習の時間がやってきた。


「皆さん、紹介します。こちらが今回、講師を務めてくださいますルーベリア・ハメド先生です」


大講堂に集められた生徒たちの前で、担任の教師が老齢の女性講師を紹介する。スラリとした体型のルーベリアは銀色の髪をアップスタイルにまとめ、メガネをかけたいかにも厳しそうな見た目の講師だった。


「こんにちは、皆さん。本日、礼儀作法の講師を務めさせていただきます、ルーベリア・ハメドです。皆さんが立派な紳士、淑女になれるよう、今日は厳しく指導するつもりです」


メガネの奥に見える青い瞳。その瞳の奥がまったく笑っていないのを見てとった生徒たちが、心のなかで「ひっ」と小さく悲鳴を漏らす。


「ではまず、女子からいきましょうか。一人ずつ私の前でカーテシーをしてもらいます」


カーテシーは挨拶の一種だ。片膝を軽く曲げ、スカートの両裾を軽くもちあげて行う。クラスメイトの女子たちが、緊張した面持ちで一人ずつルーベリアの前でカーテシーを披露していく。


「背筋が曲がってる。もう一度……今度は膝を曲げすぎです……うん、まあまあですね。次……うん、あなたは基礎からやり直したほうがいいわ。すべての姿勢が悪すぎる……次」


こんな調子でどんどんカーテシーの指導は進んでいった。辛辣な評価をされた生徒のなかには、瞳に涙を浮かべる者も。


そんななか、自信満々でルーベリアの前に立った生徒がいた。有力貴族令嬢のリアである。


「ふむ……今まで見たなかでは、一番いいですね。あくまで及第点、といったところではありますが」


高評価を受け、リアの口もとがにんまりとしなった。取り巻きの令嬢たちからも「さすがリアさん」と声があがる。


「では次……」


「はい」


リアに次いでルーベリアの前に立ったのはサクラ。左足を少し後ろへ引き、右足を軽く折ってスカートの裾をスッともちあげる。


一連の動作を見たルーベリアは思わず息を呑んだ。


「……素晴らしい。これほど美しいカーテシーはここしばらく見たことがありません。あなた、お名前は?」


「サクラ・カーライルです」


「ふむ……どこかで聞いたことがあるような……平民ですわよね?」


「はい」


「そうですか……いや、結構。その調子で励みなさい」


ぺこりと頭を下げたサクラがクラスメイトの列へと戻っていく。平民のクラスメイトたちが沸き立つなか、リアをはじめとした貴族令嬢たちは忌々しげな視線をサクラへ向けていた。


次に行われたのは歩き方の指導。ここでも、サクラは思わぬ高評価を受けることに。


「歩くときの姿勢、歩幅、速さ……すべて言うことありません。今すぐ社交界にデビューできる逸材です」


まさにべた褒め。サクラとしては、幼いころ母から教わったことを実践しただけなのだが。


一方、貴族令嬢のリアはというと――


「んー……リアさん。もっとエレガントに歩けませんか? あなた、貴族の娘なのでしょう?」


「は、はい……!」


辛辣な言葉を投げかけられ、リアは俯いたまま瞳に悔し涙を浮かべた。クラスメイトたちの列に戻るさなか、視界に映ったサクラを怒りにまかせ睨みつける。


そのあとも、テーブルマナーや紳士、淑女としての立ち居振る舞いなど、あらゆる指導においてサクラはルーベリアから最大の評価を得ることに。


一方、自信満々だったリアたち貴族令嬢は、ルーベリアからときに厳しく叱責され、自信を喪失する者まで出てきてしまった。



授業終了を告げるチャイムが鳴り、サクラはサーヤと一緒に教室へ戻ろうとした。のだが。


「サクラさん。サクラ・カーライルさん。少しいいですか?」


講師のルーベリアに呼び止められたサクラは、首を傾げながら彼女のそばへ歩み寄った。


「何でしょう?」


「あなたの礼儀作法はほぼ完璧です。王族や貴族に礼儀作法を指導している私が言うんですから、間違いありません」


「はあ……」


「あなた、本当に平民なのですか? もちろん、平民のなかにも礼儀作法に通じた方はいますが、それにしてもあなたは頭一つ抜きん出ています」


「ええと……母が礼儀作法に厳しい人でしたので。幼いころから厳しく指導はされていました」


首を傾げるサクラの前で、ルーベリアも眉をひそめながら首を捻った。


「……差し支えなければ、お母様のお名前を教えていただいても?」


「ザラ・カーライルです」


その名前を聞いたルーベリアは、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。


「ザラ……! そうですか……そうでしたか……!」


「あの……母をご存じなんですか?」


ルーベリアは小さく息を吐くと、目を細めてサクラの全身をまじまじと見やった。


「ええ……。私の教え子です」


「え!?」


「まだ、私がこの学園の教師をしていたころのね。あの子は……学問も礼儀作法もすべて秀でていました。それこそ、貴族の方たちよりも」


どこか懐かしむように、ルーベリアが言葉を紡ぐ。


「そうですか……あなたがザラの……。あの子、ザラは息災ですか?」


「……いえ。七年ほど前に他界しました」


その言葉に、ルーベリアがかすかに息を呑んだ。そしてそっと目を伏せる。


「そう、でしたか。私が知る限り、ザラは最高の教え子でした。亡くなったのは残念ですが……娘であるあなたが私やザラの教えを引き継いでくれているのは嬉しく思います」


「ありがとう、ございます。あの、母は……どんな生徒でしたか?」


「……女学生とは思えないほど、当時から大人びた生徒でした。誰とも分け隔てなく接し、間違っていることは貴族が相手でも間違いだと指摘する。優しいうえに正義感も強く、誰からも好かれる子でした」


「そう……だったんですね」


まだ元気だったころの母の顔が脳裏に浮かび、サクラの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。そんなサクラに、当時の教え子の面影を見たのか、ルーベリアはその細い体をそっと静かに抱き寄せた。

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