7.別にいいのに
「お疲れー!」
楽屋に戻った魔鈴のメンバーが互いに声をかけあう。
「一発目のライブにしちゃ上出来だったな。客の盛り上がりもよかったし」
「ああ。ソロコーナーも好評だったし大成功だ」
ガーランドとコツンと拳をあわせながら、ロキは満足げに頷いた。
「よっしゃ! じゃあパーっと打ち上げでも行くか!」
豪快に笑いながらガイルが言う。
「あー……俺は帰るわ。早くサクラに会いたいし」
髪を後ろでまとめたロキはメガネをかけると、そそくさとその場を立ち去ろうとした。が、その首根っこを背後からラーズが掴んだ。
「ロキ様、お待ちを」
「ぐぇっ!」
「まだ帰られては困ります。ロキ様にご挨拶したいという方が何人かおられますから」
「ええ〜……」
ロキがげんなりとしながら肩を落とす。と、そこへ。楽屋の扉をコンコンとノックする音が響き、一人の女性が入ってきた。
「ごきげんよう、ロキ様。ツアー初日の成功、おめでとうございます」
ていねいに腰を折る白髪の美女。大勢の信徒を有するエルミア教の教会が聖女と認定した女性、マリーメイアである。
「これは聖女様。いつもありがとうございます」
げんなりとしていたのがウソのように、キリッと凛々しい表情で言葉を紡ぐロキ。
その様子をそばで見ていたメンバー全員が、心のなかで「さすがスケコマシ魔王」と呟いた。
「今日のライブ、とても素晴らしかったです。新曲も素敵でしたし……ロキ様の歌もいつも以上に熱がこもっていたというか……」
「ふふ……目の前にあなたがいるんですから当然ですよ」
息をするようにウソを吐く魔王。張り切っていたのはサクラが近くにいたからだ。
ロキの言葉を真にうけた聖女マリーメイアが、頰をボッと赤く染めながらモジモジし始める。
「あ。そう言えば教皇猊下はお元気ですか?」
「……はっ! あ、はい! 本当は今日も参加したがってたんですが、立場的にちょっとまずいということで」
「あはは。では、近々こちらからご挨拶に伺いますとお伝えください」
「そ、それはきっと喜びます! 猊下もロキ様の隠れファンなので。で、ロキ様……その、このあとなんですが、わ、私と一緒に──」
マリーメイアの言葉を遮るように、ガチャっと楽屋の扉が開いた。
「あ、ロキ!」
かわいらしい顔立ちをした、栗色の髪の少女がロキを見てパァッと顔を輝かせる。
「これはこれは、セレス王女。お元気そうで何よりです」
「うん、ロキもね! てか、ライブめっちゃよかった!! ヘドバンしすぎてちょっと首痛いけど」
えへへ、といたずらっぽく笑みをこぼす少女は、国王ハーメリア十三世の娘であり第四王女、セレス。
「……あの程度のヘドバンで首が痛いとは、軟弱ですこと」
セレスを横目でちらりと見たマリーメイアがぼそりと呟く。
「はぁ? 何か言った?」
「いえ別に」
セレスがマリーメイアを睨みつける。この二人は魔鈴のライブで最前ドセンを奪いあう、ライバルのような関係だ。
「てかあんた。前から思ってたけど、聖女がこんなとこ来ていいの?」
「どういう意味でしょう?」
「エルミア教の教義で『魔族は悪である』ってなってんでしょーが!」
「そんなの、とっくに形骸化してますから。何なら教皇猊下もロキ様のファンですし」
「いったいどうなってんのよ教会は。てかあんた、ロキにくっつきすぎよ。もっと離れなさいよ」
セレスがマリーメイアの腕を掴んで引っ張る。
「きゃ……! なんて乱暴な……。ロキ様ぁ〜、この暴力王女に何か言ってやってくださいぃ〜」
マリーメイアがあひる口+上目遣いのダブルコンボでロキに訴える。
「はぁ!? このクソビッチ聖女がふざけんじゃないわよっ!」
「誰がクソビッチ聖女よこのちんちくりん王女!!」
聖女と王女が至近距離で罵りあいを始め、たちまち楽屋が姦しくなった。ロキをはじめ、魔鈴のメンバーが慌てた様子で止めに入る。
何とか二人を引き離してその場は収まったものの、そのあとも王侯貴族や国の有力者などが次々と挨拶に訪れたため、ロキはぐったりと疲れてしまった。
――サクラが自宅に戻ってから約三時間後。ロキがげっそりとした様子で戻ってきた。
「ただいまぁ……」
玄関先から聞こえた弱々しい声に気づき、サクラがリビングから顔を出す。
「あ、ロキおかえり。てゆーか、打ち上げ行かなかったんだ?」
「そりゃもう……早くサクラたんにも会いたかったしね」
「ふーん」
サクラの顔を見たロキがホッとした表情を浮かべる。そのままリビングへと直行すると、ソファへどさっと倒れ込むように体をあずけた。
「はぁ~……疲れた……」
「ライブお疲れ様。めちゃくちゃよかったよ」
ソファでぐったりとしながら天井を仰いでいたロキだが、サクラの言葉にガバっと体を起こす。
「ほんとっ? かっこよかった?」
「う、うん。かっこよかったよ。それに新曲とかソロコーナーもあったし、友達も喜んでた」
「そっかぁ……」
世界で一番大切な存在に、一番言ってほしかった言葉を言ってもらえ、ロキの頬が思わず緩んだ。と、そこへ――
「あ、ロキ様。おかえりなさい」
「おお、ただいまパメラ」
エプロン姿のパメラが、凶悪な爆乳をゆっさゆっさと揺らしながらリビングへと入ってきた。見るつもりはなかったものの、ロキの目が反射的にパメラの胸元に向く。
「……ちょっと、どこ見てんのよ」
「はぅあっ! い、いや、つい反射的に……!」
「やっぱり、打ち上げ行けばよかったんじゃないの?」
「や、やだなぁ、サクラたん。打ち上げだって、いつもメンバーとしか行かないし……」
だらだらと脂汗を流しながら取り繕おうとするロキへ、サクラはジトっとした目を向けた。
「前にガイルが言ってたよ。打ち上げにファンの女の子を連れていくこともよくあったって」
「そ、それは、昔の話だから! 今はサクラたんのことが一番大事だし、そんなことしないから!」
「ふーん……。別にいいんだけどね。私はロキの奥さんでも何でもないんだし。ロキがファンの女の子と繋がろうがどうしようが」
言葉の端々が鋭利な棘となってロキの胸にぐさぐさと突き刺さる。ロキは今にも血反吐を吐きそうだった。
「や、だからね、サク――」
ロキが何やら言いかけた刹那、玄関の扉がコツンコツンと鳴った。ロキとサクラ、パメラが互いに顔を見合わせる。
「サクラたん、誰か呼んでた?」
「んーん。ガーランドたちじゃないの?」
「いや、こんなに早く戻ってこないと思う」
とりあえず来客には違いないため、パメラが首を捻りながら玄関へと向かう。わずかな間のあと、玄関から「あら!」とパメラが驚いたような声が聞こえてきた。
「ロキ様、お客さんですよー」
パメラのあとについてリビングへと入ってきたのは、柔和な笑みを浮かべた初老の男性。
「おお! メリーじゃないか!」
「久しいな、ロキ。ライブの成功おめでとう。サクラも久しぶりじゃな」
メリーと呼ばれた初老の男性が、パメラに勧められるままにソファへ腰をおろす。
「おじさん、お久しぶりです。こんな時間に来るなんて珍しいですね」
「ああ。ロキもそろそろここへ戻っているころだと思ってな。顔を見たくてやってきたのじゃ」
メリーはロキの古い友人だ。サクラとも幼いころから親交があり、ここへは何度も訪れている。
「わざわざすまんなメリー。少し飲んでいくか?」
「そうじゃな……じゃあ、一杯だけいただくか」
キッチンへ向かおうとしたパメラに、ロキは「俺が用意するよ」と伝え軽やかな足取りでリビングを出ていった。
「おじさんが来てくれて、ロキ喜んでるみたい」
「そうかのぅ? あやつは、サクラと一緒にいるときが一番幸せそうな顔をしているぞよ」
「んー……そうかなぁ?」
「ふっふっ。そうじゃよ。あやつにとって、サクラは何よりも大切な存在じゃからな」
少し恥ずかしくなり、サクラはかすかに唇を尖らせながら宙へ視線をさまよわせた。
「昔のあやつはどうしようもないスケコマシの女好きじゃったが……」
「それは今でも変わってないと思う」
「じゃが、ライブが終わったあと遊びにも行かず、こうしてサクラのもとへ帰ってきとるじゃろ?」
「まぁ……それはそうだけど」
そんなことを話しているうちに、ロキがワインのボトルとグラスを手にリビングへ戻ってきた。ソファへ腰をおろすロキの横顔を、サクラがじっと見つめる。
「ど、どうしたの、サクラたん?」
「……何でもない」
サクラがソファから立ちあがる。
「あ、あれ? サクラたんどこか行っちゃうの?」
「……お酒だけじゃ体に悪いでしょ。何か簡単なおつまみ作ってきてあげる」
照れたように「ふんっ」と顔を背けると、サクラは足早にリビングを出て行った。その後ろ姿を見送っていたロキの口もとがかすかに綻ぶ。
「ふふ……最高の娘じゃの」
「ああ……俺なんかにはもったいない、自慢の娘さ」
二人はワインを注いだグラスを手にとり、カチンとあわせた。




