6.満員御礼
当代の魔王、ロキ・ルアーダ・レイシリアが率いるロックバンド、魔鈴のライブ当日。会場となったハーメリア国立演芸場の場内は集まった人々の熱気が渦巻いていた。
「やっぱりすごい人だねー!」
「だね」
周りをきょろきょろと見わたすサーヤの隣でサクラが同意する。
「でも、今回はチケ番の数字よくてよかったよー。おかげでステージの近くに来れたし」
魔鈴のライブは基本的にオールスタンディングだ。事前に販売されるチケットに記載されている番号が若いほど先に会場へ入れる。
今回、サクラたちのチケット番号は六十番と六十一番。会場のキャパから考えるとこれはかなり良番だ。
「三列目だとやっぱりステージ近いね」
「だね! サクラって本当に強運の持ち主だよね!」
サーヤと一緒に魔鈴のライブへ参加するようになってからというもの、サクラは一般の人と同じようにチケットを購入していた。
が、前回のライブではかなり後方から見ることになってしまい、サーヤが落ち込んでいたので、今回はサクラがロキにお願いして良番のチケットを用意してもらったのである。
ちなみに、ロキはライブのたびに一桁台のチケットをプレゼントしようとしていたのだが、サクラは受けとろうとしなかった。大勢いる世界中のファンに申し訳ない気持ちがあったからだ。
「わっ! ねぇねぇサクラ! あれって聖女様じゃない!?」
「あ、ほんとだ」
二人が視線を向けた最前列のど真ん中。いわゆる「最前ドセン」でステージを見あげる真っ白な髪の若い女性こそ、教会に認定されている聖女マリーメイアである。
聖女マリーメイアが魔鈴やロキの大ファンであることは周知の事実だ。
噂では、最前ドセンで白い髪を振り乱しながら、ヘドバンしたり咲いたりしている様子が魔導モニターで放映され、教会からやんわりと叱責を受けたとか受けなかったとか。
「聖女様、本当にロキ様たちの大ファンなんだね」
「だね。てか、仮にも聖女様が魔王の大ファンって、それはいいのかな……?」
「あはは。たしかにね」
最前列に陣取っている有名人は聖女だけではない。貴族や豪商の令嬢、なかには王族の姫君までもが最前列でライブが始まるのを今か今かと待ち望んでいた。と、そのとき――
ホールを照らしていた魔導照明の灯りがフッと落ち、入れかわるようにステージが明るく照らされた。そして――
「あっ! 出てきた!」
ステージの袖から出てきたのは、ドラム担当のガイル。続いてベースのロベリア、ギターのガーランドが客席へと手を振りながら出てくる。
途端に沸きあがる客席。悲鳴にも似た黄色い歓声があっという間にホールを支配した。ガーランドとロベリアが、愛機であるギターとベースに魔力を通す。
呼応するように、彼らの背後に設置されていたアンプとキャビネット、さらにステージの両サイドにある巨大なスピーカーの足もとに魔法陣が展開した。
彼らの楽器には魔道具技術が応用されている。魔力を通して演奏することで信号がアンプへと送られ、さらにアンプで増幅した音を魔法陣を介してスピーカーへ転送させ出力する仕組みだ。
こうした仕組みをはじめ、楽器型魔道具のほぼすべては、初代魔王アキラが開発したものである。
観客のボルテージが少しずつあがるなか、颯爽とステージへと現れたのが、当代の魔王にして魔鈴を率いるボーカリスト、ロキ。再び会場がドカンと沸いた。
「きゃあああああっ!! ロキさまあああああああ!!」
「ロキ様あああ! 愛してるうううううっ!」
「魔王様あああああああっ! 結婚してええええええっ!」
まさにカオス。すっかり慣れていたはずのサクラも、女性ファンからの熱狂的すぎる歓声に思わず頬を引きつらせた。
ステージのセンターに立ったロキが、スッと天を指さす。刹那、地面を揺るがすようなバスドラムの音が鳴り響き、雷のごときクラッシュシンバルの炸裂音が会場の空気を切り裂いた。
それを合図に、ガーランドが凶悪なディストーションサウンドでザクザクとリフを刻み始めた。さらに、そこへロベリアのうねるような重低音が絡みついていく。
会場にいる観客全員が拳を天へ突き上げ、リズミカルに体を揺らし始める。すでに会場のボルテージはピークに達しかけていた。
イントロが終わり、ロキがマイクに口を近づける。そして次の瞬間――
天を突き刺すようなシャウトがロキの口から放たれ、空気がビリビリと震えた。再び、熱狂した観客が叫びながら拳を天に突き上げる。
楽器隊の迫力ある演奏にあわせてロキがメロディーを口ずさむ。ステージ上で個々の音がせめぎ合う様子はまさに圧巻の一言だ。
まだ一曲目だというのに、会場が一体化したような熱気に包まれていく。壁のように押し寄せてくる音の圧力を全身に浴びながら、サクラは心地よさを感じていた。
やっぱり……ロキはすごい。それに、かっこいい! 私の前ではちょっと頼りなかったり女々しかったりするけど、ステージの上では全然違う。
クールな表情で歌い続けるロキをじっと見つめながら、サクラはどこか誇らしい気持ちになった。あっという間に一曲目が終了し、再びホールから歓声があがる。
『みんな、久しぶり。魔鈴がまたパワーアップして戻ってきたよ!』
歌っているときとは打って変わって、ロキがにこやかに客席へと語りかける。
『ツアーの一発目は絶対にハーメリアでやるって決めてたんだ。喜んでもらえたかな?』
にこっ、と破壊力抜群の笑顔を見せられ、ホールのいたるところで女性ファンがその場に崩れ落ちる。
『このまま突っ走るから、みんな最後までついてきてね。いけるよね!?』
ホールから「おおおーーー!!」と声があがった。サクラも小さな声で「ロキ、がんばれー」と声援を送った瞬間。ロキがサッとこちらを向いた。
え!? もしかして聞こえた?
目をぱちくりとさせるサクラに、ロキがステージの上からパチッとウインクした。サクラの頰がかすかに赤くなる。
うわ。あれ絶対聞こえてる顔だ。ううー……ちょっと恥ずかしい。てか耳よすぎだよー。
そんなこんなで二曲目が始まる。一曲目とは打って変わり、二曲目はしっとりとしたバラード。
ミディアムテンポの三曲目が終わったところでガイルのドラムソロが入り、四曲目には新曲のお披露目もあった。
さらに、魔鈴ではロキに並んで高い人気を誇るカリスマベーシスト、ロベリアのベースソロも。
上半身裸のまま低く構えたベースをクールに弾き倒すロベリアの姿に、会場内の全オーディエンスが魅了された。
後半にはガーランドによるギターの弾き語りもあり、サクラが知る限りこれまでで一番豪華なセットリストだった。
これといって大きなトラブルもなく、アンコールも含めて十二曲を演奏したところで、魔鈴のツアー初日のライブは幕を閉じたのである。
「ああ~……! ロキ様、かっこよかったよぉ~……!」
感動した面持ちで心の声を漏らすサーヤの隣を歩きながら、サクラは苦笑いを浮かべた。
「新曲も聴けたしよかったね。それに、楽器隊のソロコーナーがあったのも嬉しかったな」
「ほんそれ! なんか、めちゃくちゃ豪華じゃなかった!?」
「ツアー初日だし、かなり気合い入ってたのかもね」
そんなことを話しつつ、国立演芸場の敷地を出ようとしたとき、視界の端に険しい顔をした複数の男女が映りこんだ。そのなかの一人、中年の男性が声高に何かを訴えている。
「この国だけではありません! いまや、多くの国々が魔王と魔国レイシリアに浸食されつつあります! 我々は気づくべきなのです! 魔王も魔族も、魔国レイシリアも信用に値するものではないと!」
身振り手振りで演説する男性のそばを、魔鈴のファンらしき数人の女性が嫌悪感を露わにしながら通りすぎていく。
「かつて、魔王アンガスは何の前触れもなく人間の国を攻撃しました! あれと同じ悲劇がまた起きないと、なぜ言えるのでしょうか!? 魔族は信用できない! さあ、目を覚ますのです!」
必死の形相で演説しているのは、今では少数派となった魔族の排除を望む団体の代表である。
「うわ……わざわざこんなところで抗議活動するとか、正気? ファンとケンカになっちゃうんじゃ……」
露骨に顔をしかめたサーヤが、演説している男をちらりと見やる。案の定、魔鈴やロキの熱心なファン数人がまたたく間に演説している男たちを取り囲み、もみくちゃになっていた。
「言わんこっちゃない……」
「だね……」
サクラとサーヤが顔を見合わせてため息をつく。余計なトラブルに巻き込まれないよう、二人はそそくさとその場を離れた。
耳に届く怒号が小さくなるなか、サクラはちらりと肩越しに背後を振りかえった。
魔王アンガスって、たしかロキが討伐したんだったよね。そう言えば、ロキからそういう話、あまり聞いたことないな。
「サクラ、どうしたの?」
「あ、んーん。何でもない」
再び前を向いたサクラは、ライブの感想をサーヤと語りつつ家路につくのであった。




