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4.そんな日がくるのだろうか

約三百年前。この世界に初めて魔王が誕生した。


アキラと名乗る魔王の誕生によって、この世は地獄と変わり、人々は大いに嘆き悲しむことに……はならなかった。


魔王アキラは力で魔族を統一すると、人間はおろかあらゆる種族への手出しを禁止した。そして魔国レイシリアを興し、新たな技術や価値観、文化を次々とこの世界へと持ち込んだのである。


そして、人々の暮らしはとても豊かになった。人々は魔王アキラに感謝し、魔国レイシリアと友好的な関係を築く国も増え始めた。


が、今から十数年前。私がまだ生まれる前。引退した魔王アキラに代わって魔国レイシリアを治めていた二代目魔王、アンガスが突如方針を転換した。


アンガスは人間の国にも攻撃を行い、甚大な被害をもたらしたという。ここ、ハーメリア王国も被害を受けた国の一つだ。


隠居生活を送っていた魔王アキラは、懐刀として深く信頼していたロキにアンガスの討伐を命じた。そして、ロキは見事にアンガスを討ち取り、三代目魔王として君臨することになったのである。


魔王に就任したロキは、失った信頼を取り戻すため必死に行動を起こした。世界をまたにかけたバンド活動もその一環だ。


しかも、ライブや物販で得た収益の多くは恵まれない人や、発展途上国への寄付にまわしている。


そうした行動の甲斐もあり、一度失われた魔族、魔国への信頼はほぼ取り戻せた。もちろん、まだなかには魔族や魔国に偏見を抱いたり、嫌悪したりする者も多少はいるようだが。


「……クラさん。サクラ・カーライルさん!」


「あ……はい!」


物思いにふけっている最中に呼びかけられ、サクラの肩がビクンと跳ねた。教壇に目を向けると、眉をひそめた数学教師がメガネを指で押しあげていた。


「きちんと授業を聞いていましたか?」


「はい。もちろん」


真っ赤なウソである。


「では、前に出て問い三を答えてみなさい」


サクラはスッと席を立つと黒板の前まで移動し、手にしたチョークでサラサラと答えを書いた。


「どうでしょう?」


「……正解です。さすがですね。でも、授業はきちんと聞くように」


「はい」


ペコリと頭を下げたサクラが、黒く艶やかな髪を揺らしながら席へと戻ってゆく。その姿に、多くのクラスメイトが羨望の眼差しを向けた。が、ただ一人だけ、「ぐぬぬ」と悔しそうな表情を浮かべる者がいた。



――授業の合間に設けられた貴重な休み時間。サクラはサーヤとお喋りに華を咲かせていた。


「んも~……ほんっとうにロキ様かっこよかったんだから!!」


前のめりになって熱弁するサーヤに、思わずサクラがのけぞる。


「そ、そう。よかったね」


「サクラも絶対に来るべきだったよ~! ロキ様にね、『勉強頑張ってね』って言われちゃったよ! ああ……推しが尊すぎてつらい……」


どうやら、サーヤは昨日行われた魔鈴の握手会へ本当に行ったようだ。よほど嬉しかったのか、今朝からサーヤの顔はとろけっぱなしだ。


ロキとの握手には興味ないけど……てゆーか、その気になればいつでもできるし。でも、女の子をこんな笑顔に、幸せな気持ちにできるのは、我が父ながら本当に凄いなって素直に思う。


ただ……だったらどうして、ママをもっと大切にしてあげなかったのか。ママが別居したのも、ロキの女好きが原因だと聞いたし。


それに、ママが亡くなったときだって……。


「サクラ、どうかした?」


サーヤに顔を覗き込まれ、サクラはハッと我に返った。


「や、ごめん。何でも――」


「おーーーっほほほほほほ! ごきげんよう、お二人さん」


いきなり甲高い高笑いが耳を突き刺し、サクラとサーヤは思わず両手で耳を塞いだ。高笑いの主は、クラスメイトのリア。


金髪縦ロールのいかにもお嬢様といったいでたちの彼女は、有名貴族の令嬢である。ちなみに、サクラとサーヤはどちらも平民だ。


「あら、どうしたのかしら? このわたくしが平民であるあなた方にわざわざ声をかけてさしあげたのに、ずいぶんムスッとした顔をしてますわね?」


「いや、わざわざ声かけてくれなくて結構なんだけど?」


腕組みをしたサーヤがジロリとリアを睨みつける。


「まあ、こわいこわい。それはそうと、聞きましたわよ。あなた方もロキ様の握手会へ足を運んだそうですわね」


「だったら何?」


「おほほほほ。いえ、別に。ちなみに、握手の時間はどれほどだったのでしょうか?」


「……一分くらいだったけど?」


「おーっほほほほほほ! それはおかわいそうに。わたくしなんて、大量の握手券を購入しましたから、十分以上もロキ様と手を握ったまま会話しましたわ。ああ、とても素敵で甘美な時間でした」


サクラとサーヤがぎょっとした表情を浮かべる。十分も手を握られたまま延々と彼女の話を聞かされる羽目になったロキが、少々不憫に思えた。


「ちなみにサクラさん。あなたはどれくらいの時間だったのですか?」


「私? 私は行ってないよ。興味ないから」


「は!? き、興味ない……?」


「うん」


特に表情を変えることなく言い放つサクラを、リアが「ぐぬぬ」と睨みつける。そして、「ふん、強がり言って!」と吐き捨てると、踵を返しツカツカと自分の席へと戻っていった。


「な、何なのよあいつ~! いつもいつもうざったいったらないわ!」


「まあ、貴族だしね」


「それにめちゃくちゃ嫌味ったらしいし! 何よ、お金にもの言わせちゃってさ!」


苦笑いしながらサーヤをなだめていると、授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。まだ喋り足りなさそうにしていたサーヤも、しぶしぶ席へと戻っていった。



――学校から自宅へ戻ったサクラは、真っ先にリビングへと足を向けた。


「ただいまーって、あれ?」


「あ、おかえりサクラちゃん。ロキ様たちなら、ライブに向けた練習があるからって一度レイシリアに戻ったよ」


ソファに小さな体を埋めて読書をしていたパメラが顔をあげる。


「あ、そうなんだ。三日後だもんね、ライブ」


「うん。また明日にはみんなで戻ってくるみたいだよ」


「わかったー」


ロキに握手会のこととか聞いてみようと思ったが、肩透かしを食らってしまった。


「夜ご飯すぐに用意できるけど、どうしよっか?」


「うーん、もう少しあとでいいかな。私も読書したいし」


「わかったよー。お腹すいたらいつでも言ってね」


パメラがかわいらしくウインクする。小柄な体ににつかわしくない、凶悪な爆乳がぶるんと揺れた。


「……いいな」


「ん? 何?」


「や、な、何でもないっ!」


思わず心の声が漏れてしまい、サクラが顔を赤らめる。


はぁ……死んじゃったママも、お世辞にも巨乳とは言えなかったしなぁ……。希望は小さいな。


はは、と乾いた笑みを漏らしつつ、自室がある二階への階段をのぼる。自室の扉前に立ったサクラは、廊下の突き当たりをちらりと見やった。


廊下の突き当たりに設置されている、自立式の扉。部屋への出入り口ではない。


扉の正体は、昔ロキが設置した転移ゲート。扉を開いて抜けると、魔国レイシリアにあるロキの自室へと一瞬で行ける優れた魔道具だ。


この転移ゲートのおかげで、ハーメリア王国と魔国レイシリアは相当離れているにもかかわらず、ロキはいつでもこちらへ来れるのだ。


ちなみに、サクラが自ら転移ゲートを使ってロキのもとへ行ったことは一度もない。転移ゲートの前に立ち、サクラは小さく息を吐いた。


別に……ロキのことは嫌いじゃない。父親だし、何だかんだかっこいいし……私のためにいろいろしてくれているのもわかってる。


でも、やっぱり素直にパパとは呼べない。ママのこともあるし。


それに、物心ついたときから、ロキは父親ではなく人気ロックバンド『魔鈴』のボーカリストだった。だから、私にとってロキは父親というより、魔鈴のロキ、人気者のロキ、って感じなんだ。


いつか……いつの日か、ロキのことをパパと呼べる日がくるのだろうか。


踵を返して転移ゲートから離れ自室の扉を開く。ギィ、と不快な音が耳の奥にへばりつき、かすかに心がささくれ立った。

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