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13.本当のこと

「今も貴方に私の声は聴こえていますか」連載中⭐︎

あるとき突然異世界へ召喚された女子高生シンガー篠宮春香は、国を救うため力を貸してほしいと言われ渋々承諾する。そこで出逢った青年、ジーク・ハメリアのどこか不思議な雰囲気に春香はどんどん惹かれていく。そんな彼が、過酷かつ残酷な運命を背負っていることなど春香には知る由もなかった。

相変わらず図書館みたいだな――


年季が入った革張りのソファへ体を埋めたまま、ロキは壁一面を埋め尽くす大量の本を見やった。それほど広くない書斎だというのに、本棚以外の場所にもたくさんの本が山積みになっている。


一国の王ともなると、これだけ本を読んで勉強しないといけないということか。いや、そう言えば俺も王だったわ。


ロキが今いる場所は、ハーメリアを治める王族の居城内にある国王の書斎。教会へ出向き教皇へ挨拶したあと、ロキは王城へと足を運んだ。


が、正面から堂々と王城へ入るわけにはいかない。国王とはつきあいが長い友人であるため、いつでも会えるのだが、それで以前大変なことになった。


そこで、王城の門を守る馴染みの衛兵をつかまえ、国王へ話がしたい旨を伝えてもらい、内密に王城内へ入れてもらい今にいたる。


「おお。遅くなって悪かったな、ロキ」


「いや、こっちこそいきなりすまん」


書斎へ入ってきた初老の男に向かって、ロキが軽く手をあげる。


「衛兵隊長から、「魔王陛下がお見えです」といきなり言われてたまげたぞい」


「悪いな、メリー。どうしても伝えなきゃいけないことがあってな」


そう。初老の男の正体は国王ハーメリア十三世。そして、先日のライブ後にサクラの自宅へやってきたロキの友人、メリーである。


ハーメリア十三世は、大切な友人の娘であるサクラが問題なくすごしているか、困ったことになっていないかと常日頃から気にしていた。


そのため、サクラがまだ幼いころから、ロキの友人メリーと偽名を使って頻繁にサクラ邸へと足を運んでいたのである。


「こそこそせずとも、堂々と正面から入ってきてよいのに」


「どあほ。以前それで大変なことになったの忘れたんか?」


「ああ……そうじゃったな」


メリーが苦笑いを浮かべる。以前、魔王ロキとして王城へ訪れたとき、城内は大パニックに陥った。


王妃や側室をはじめ、王女からメイドにいたるまで、城内すべての女子が歓喜してロキのもとへ殺到したのである。


「あれは大変じゃったな。メイドたちは仕事をほっぽりだすわ、婚約者が決まっている王女がお主の愛人に立候補しようとするわ。お主が帰ったあともしばらく大変じゃったわ」


「女の子から好かれるのは嬉しいが、それでもちょっとしんどかったな。って、そんな話はどうでもいいんだよ」


「うむ。で、どうしたんじゃ?」


ロキの向かいに座るメリーこと国王が、真剣なまなざしを向ける。王城までいきなりやってくるということは、それなりに重要な話であるに違いない、そうメリーは考えた。


「実はな……」


教会へ向かう道中で起きたことを、ロキはすべて伝えた。馬車の通行が禁止されている区域を走行し、危うく少女にケガをさせそうになった貴族のこと。


しかも、自分たちの非をいっさい認めようとせず、平民と勘違いしたロキを恫喝したこと。さらに、幼い少女を性欲のはけ口にするため渡すよう迫ったこと。


最初こそ、穏やかな表情でロキの話を聞いていたメリーだったが、次第にその顔が険しくなっていった。


「何と愚かな……いや、大バカ者じゃ。ロキ、クライス卿のしでかしたこと、このワシからも謝罪する。申しわけなかった」


「よしてくれ。お前にそんなことをしてほしいわけじゃあない」


「すまぬ……」


「この国には、まだあんな貴族がいるのか? そもそも、世界では貴族という制度そのものが廃れてきているというのに」


「いや……あからさまに平民を差別するような貴族は相当少なくなっておるよ。じゃが、クライス卿のように爵位を笠にきて、好き放題している貴族が少なからずいるのも、残念なことに事実じゃ」


顔を伏せるメリーを見て、ロキが小さく息を吐いた。


「しょうもないな。ま、この国の制度にあれこれ口を出すつもりはないが。ただ、あのクライスという貴族だけは許すわけにはいかんぞ」


語気を強めるロキを前に、メリーが口を真一文字に結んだまま頷く。


「わかっておる。魔王であるそなたに対して、それだけの暴言を吐いたのじゃ。本来なら、その場で手打ちにされてもおかしくはない事案じゃ」


「俺への暴言など別にいい。それより、ルール違反や平民への恫喝行為などのほうがはるかに問題だ。あの場に俺がいなかったら、おそらくあの少女は恫喝されたうえに拉致され、慰み者になっていたはずだ」


「そう、じゃな……。もともと、クライス卿には悪評が多かった。それなりに歴史がある貴族であり、財力も豊かであるため目を瞑ってきたところもあるが、今回は庇いきれんな」


「どうする?」


「処刑、と言いたいところじゃが、お主はそれを望まんじゃろ?」


変装していてわからなかったとはいえ、公衆の面前で魔王を恫喝したのだ。本来なら処刑されてもおかしくはない。


「ああ。ムカつく貴族だが、あいつにも家族がいるはずだ。あの男一人のしたことで、その家族までが不幸になるのは避けたい」


「ほんに……優しい男よの」


「からかうな」


かすかに唇を尖らせた友人を見て、メリーが目を細める。


「なら……せめて爵位の剥奪じゃの。財産は一部を残して没収。自分が今まで見下してきた平民になってみれば、自分がいかに愚かなことをしてきたかもわかるじゃろ」


「ああ、それでいい」


ロキが満足げに頷くのを見たメリーは、ゆっくりとソファから立ち上がると、部屋の扉を開けて護衛の衛兵に酒を持ってくるよう伝えた。


「ロキ、少しくらいいいんじゃろ?」


「俺はいいが……お前はまだ公務中じゃないのか?」


「固いこと言うな。それに今日はもう来客もないじゃろうしな」


ロキが呆れたような顔をする。三分も経たないうちに扉がノックされ、琥珀色のボトルとグラスをトレーにのせた衛兵が部屋に入ってきた。


コトン、とロキの前へ置かれたグラスに、メリーが酒精の強そうな酒をなみなみと注ぐ。


国王と魔王の仮面を脱ぎ捨てた二人が、口もとを綻ばせながらカチンとグラスをあわせる。しばし、二人はただのメリーとただのロキとして雑談に興じた。


「それにしても、サクラは素直でまっすぐな、いい子に育ったな」


「そりゃ俺の娘だからな」


「ふふ……それに、ザラに似て美人じゃしな」


「……ああ」


グラスをテーブルへ戻したロキが小さく息を吐く。


「まだ、パパとは呼んでもらえそうにないのか?」


「まあな……仕方ないと言えば仕方ない。ずっと一緒に暮らしていたわけでもないし、ザラのこともある」


訪れたわずかな沈黙。ふと一瞬、悲痛な表情を覗かせた友を見て、メリーが静かに口を開いた。


「……真実を伝えるつもりはないのか?」


ロキの眉がぴくりと跳ねる。


「魔国レイシリアと魔族の印象をよりよくするための音楽活動……それもウソではないだろうが、それよりもっと大切なもののためにお主は活動しておるのじゃろ?」


凍てつくような冷たい風が吹きすさぶなか、ザラから言われた言葉がロキの脳内で再生された。


『お願いね、ロキ。この子が……サクラが安心して暮らせる世界にしてあげてね。あなたならきっとできるわ』


人間として暮らしているサクラが魔王の娘だと知られると、平穏な生活を脅かしてしまう。


ロキたち魔鈴の活動によって魔族やレイシリアの好感度は高くなったものの、魔族を嫌悪する層も一定数存在するのだ。


魔族の、それも魔王の血筋ともなれば、サクラがそうした連中の標的となってしまうおそれがある。


サクラとの関係が世間に知られたとき、少しでも彼女の味方をしてくれる者が増えるよう、ロキは世界中で音楽活動をし収益の寄附も積極的に行っているのだ。


財政難に陥り援助を求める国、研究資金を欲する国などへ惜しみなく資金援助を行っているのも同じ理由である。


「わざわざ……伝えるほどのことじゃあないさ。それに、愛する娘のためにやれることを何でもするのが父親だろ?」


「まあ……の。なら、あのことについても伝えないつもりか?」


「メリー」


それ以上口にするな、とロキが目で制す。メリーが小さくため息をついた。


「せめて、さっきの話だけでも伝えたら、パパとも呼んでもらえるかもしれんじゃろうに」


「さあ……どうかな」


ふふ、とかすかに頰を緩めたロキはおもむろにグラスを掴むと、喉が焼けそうなほど酒精が強い酒を一気に喉へ流し込んだ。

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