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12.勘違いしないように

ハーメリア王国の王都、ジャズ。


随所に歴史情緒を感じる古い街並みを楽しみつつ、ロキは目的地である教会へと歩を進めた。


それにしても……このあたりは昔とほとんど変わらないな。まぁ、短い期間でどんどん変化を続けているレイシリアと一緒にしてはいけないが。


魔国レイシリアは、あらゆる分野で世界の最先端を走る国である。初代魔王アキラがもたらした知識や技術に加え、独自の魔道具技術や魔法技術も発展させることで、またたく間に世界のトップへ躍りでた。


すでに隠居している魔王アキラだが、今でもレイシリアをより快適で暮らしやすい国にするため、日々研究や開発を続けている。


はっきり言って……便利さだけで言えばハーメリアよりレイシリアがはるかに上だ。レイシリアには、親父様が考案した二十四時間営業の商店や、離れた場所同士で会話できる魔導通信機(でんわ)なども街なかに設置されている。


ただ、常に進化と変化を続けてきたため、レイシリアにはこの街のように懐かしさや歴史情緒を感じられる場所がない。一部の地域を保護区に指定して、古き良き景観を守るのもいいかもしれないな。


と、そんなことを考えながら歩いていると――


「わっ」


「きゃっ!」


突然、足もとに衝撃を感じ視線を落とす。どうやら、前から歩いてきた女の子がぶつかったらしい。


「だ、大丈夫かい? ケガしなかった?」


「は、はい……ちょっと体調が悪くて、フラフラしちゃって……ごめんなさい」


六、七歳くらいの小さな女の子が、申しわけなさそうに頭を下げる。ロキは女の子の体を支えるふりをして、そっと治癒魔法を発動させた。


「あ、あれ……? さっきまで頭が痛かったのに、何だかよくなったような……」


目をぱちくりとさせる女の子を見て、ロキが頬を緩めた。


「それはよかった。気をつけて歩くんだよ」


「は、はい……!」


再び頭を下げた少女は、ロキが通ってきた道のほうへ足早に歩き始めた。元気になってよかった、と再び前を向いて歩きだしたそのとき――


「きゃあああああっ!!」


馬がいななく声と同時に、少女の甲高い悲鳴がロキの耳に届いた。弾けるように振りかえったロキの視界に映ったのは、急停車したらしき馬車と、その前方で転倒している少女の姿。


ロキが慌てた様子で倒れた少女のもとへ駆け寄る。


「大丈夫か!?」


「は、はい……」


少女の体にケガはなかった。どうやら、突然飛びだしてきた馬車に驚いて転倒しただけのようだ。が、そもそもこの通りは馬車での往来が禁止されている。


ロキが少女を抱き起していると、馬車の扉が乱暴に開け放たれ、騎士のような格好をした二人組が降りてきた。顔が真っ赤に染まっていることから、怒り心頭であるのは容易に想像できる


「貴様! いったい何のつもりだ!」


一人の騎士がロキと少女を怒鳴りつける。立ちあがらせた少女の服についた砂ぼこりを、パンパンと手で払ったロキは、怒鳴りつけてくる騎士をまっすぐ見据えた。


「それはこちらのセリフだ。この通りは馬車での往来が禁止されているはず。危険なことをしたのはお前たちのほうだろう」


「何だとっ!? 貴様、クライス卿に立てつく気か!!」


マーシャル・クライスは、侯爵位を与えられている貴族だ。派手好きかつ女好き、振る舞いも傲慢とあまりよい噂は聞かない。


「立てつくつもりはないが、非があるのはそっちだ。この子に謝ってもらおう」


「ふざけるな平民がっ! 口のきき方に気をつけろ!」


どうやら、貴族は何をしても許されると思っているらしい。怒鳴り散らす騎士を怖がる少女を、ロキはそっと背中へ隠した。と、そこへ――


「何じゃ、いったい。いつまでも何をやっておるのだ」


でっぷりとした体を揺らしながら、一人の男が馬車から降りてきた。マーシャル・クライス卿その人だ。


「は。申しわけございません。この平民どもが馬車の進路を妨げただけでなく、我々に謝罪せよなどとのたまうものですから」


「何じゃと?」


脂肪に埋もれた細い目を精いっぱい開きながら、クライス卿がロキたちを睨みつける。


「身のほど知らずなことを申す下賎の者よ。今なら命だけは助けてやろう。頭を地面にこすりつけて謝罪し、その少女もこちらへ渡すのじゃ」


「……あ?」


「御者の話によると、馬車の進路を妨害したのはその娘であろう。しっかりとお仕置きをしてやらねばならんからのぅ」


ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるブタ……もといクライス卿にロキが嫌悪感を露わにする。そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが周りに集まってきた。


「……お前たちに非があるのにそれを認めようとせず、この少女を渡せ、と言うのか?」


メガネの奥にあるロキの目がギラリと鈍い光を帯びる。


「その通りじゃ。なぁに。ちょっと楽しませて……いや、お仕置きしたらすぐに返してやろう」


「……もう、手遅れだぞ」


「あ?」


怒りに打ち震えるロキの首もとから頬にかけて、青い雷のような模様が浮かびあがる。魔族の紋章だ。二人の騎士とクライス卿が思わず息を呑んだ。


「ひっ……ま、魔族……!」


「魔族だ……!」


騎士たちの膝がかすかに震え始める。人間と魔族とでは戦闘力に歴然とした差がある。たかが二人の騎士が魔族に敵うはずはない。しかも、変装しているため気づいていないが、目の前にいるのは世界最強と言われる魔王なのだ。


「ふ、ふんっ……! お主たち、魔族だからといって、お、怖れる必要はない」


ややかすれた声で虚勢を張ったのはクライス卿。額から多量の汗を流しながらも、ロキをまっすぐ睨みつけた。


「ま、魔族は国の方針でいかなる種族にも手出しができないはず。も、もしこちらに手出ししたら、国と国との大問題になるぞよ」


「……」


「く、くくく。魔国レイシリアは不戦の誓いを立てているはず。それに、当代の魔王は音楽活動ばかりにかまけて、軍事には力を入れていないと聞く。もし、ハーメリアと戦争になったら、お、お主たちのほうが分が悪いのではないか?」


勝ち誇ったように言い放つクライス卿を、ロキは黙ったままじっと見つめていたが――


「……言いたいことは、それだけか?」


「……あ?」


小さく息を吐いたロキは、かけていたメガネをそっと外し、後ろでまとめていた髪をといた。途端に騒がしくなる野次馬たち。


「お、おい! あ、あれって魔王様、じゃないかっ!?」


「そうよ! ロキ様だわっ!」


「きゃあああああ! ロキ様あああああ!」


歓声をあげる野次馬たちとは対照的に、クライス卿と二人の騎士は凍りついたように動けなくなった。当たり前である。先ほどまで散々暴言を吐いていた相手が、すべての魔族を従える最強の魔王だったのだから。


「そ、そそそそ……そんな……ま、魔王……陛下……!?」


「……我こそは、魔国レイシリアの統治者にして当代の魔王、ロキ・ルアーダ・レイシリアである」


膝を震わせていた騎士たちがヘナヘナと地面へ崩れ落ちる。歯をガチガチと鳴らしていたクライス卿も、慌てたように地面へ平伏した。


「ささささ……先ほどまでの無礼な発言……。ど、どうか……どうかお許しください……!」


「そうはいかん。貴様らの言動、すべて国王であるハーメリア十三世へ伝えさせてもらう。知ってるとは思うが、私と彼は数十年来の友人だからな」


「そ、そんな……! そんなことをされたら……!」


絶望に顔をぐにゃりと歪ませながら、クライス卿が恐怖に全身を震わせる。


「……それから、クライス卿。貴殿は一つ大きな勘違いをしている」


「は……?」


「貴殿は言ったな。私が音楽活動にばかりかまけて軍事に力を入れていないと。戦争になったら分が悪いのではないか、と」


「い、い、いえ……それは……」


「これを見ても、同じことを言えるか?」


ロキがスッと右手のひらをクライス卿のほうへ向けると、宙に直径二メートル前後の魔法陣が展開した。しかも、大きな魔法陣のなかには、緻密かつ小さな魔法陣が八つも内包されている。


「ままま、まさか……八門級魔法……!?」


内包できる魔法陣の数が多ければ多いほど魔法の威力はあがる。


一般的に、魔法陣を四つ内包した四門級魔法までしか人間は使えないと言われている。高位の魔導師や賢者レベルでもせいぜい五門級だ。


「ああ。一つの都市程度なら一撃で消滅させられる八門級魔法。レイシリアには私のほかにもう一名、七門級魔法の使い手にいたっては五名ほどはいる」


「そ、そ、そんな……そんなことが……!」


「あまりレイシリアを舐めないでもらおうか。我が国の軍事力は世界一と自負している。ただ、我々はそれを侵略戦争に使わないと誓いを立てているにすぎん」


口をパクパクとさせていたクライス卿が、がっくりと肩を落として顔を伏せる。


「とりあえず、貴殿たちのことはのちほど国王へ報告するとして、まずはここで一つ落とし前をつけてもらおうか」


ロキがじゃりっと一歩踏み出す。クライス卿と護衛の騎士二人が「ひっ」と短く悲鳴を漏らした。


「貴殿たちのせいで、危うくこの少女がケガをするところだった。謝罪してもらおう」


一瞬、クライス卿たちは放心したが、次の瞬間には三人そろって平伏したまま少女に謝罪の言葉を述べた。


そして再び、集まっていた野次馬たちから大きな歓声があがるのであった。

レビューください笑

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