11.意味がわからない
呼び出しておいてなかなか本題を切り出さないとは、これいかに――
目の前でモジモジと前髪をいじくりながら、のらりくらりとどうでもいい話を続ける男子生徒に、サクラは無感情な目を向けた。
昼食終わりの昼休み。クラスメイトの男子、グリードから校舎裏に来てほしいと呼び出されてすでに十分近くがすぎている。貴重な昼休みの時間を奪われ、サクラは内心イライラし始めていた。
「うん、ええと……それで、だね。結局、僕が何を言いたいかというと、だね……」
「うん」
「その、僕は身分とかあまり気にしないほうなんだ。たしかに、僕は侯爵家の長男で君は平民だけど、おつきあいしてもいいと思ってる」
「はあ」
気の抜けた返事をしたサクラが小さく息を吐く。なぜ貴族はこうも上から目線なのか。
私これでも魔王の娘なんですけど。今そう伝えたら、いったいどういう反応をするんだろう。
「まあ、君は平民だから結婚は難しいけど、その……君さえよければ愛人とか――」
「ごめんなさい。そういうの、興味ないから」
ペコリと頭を下げると、サクラはサッと踵を返してその場をあとにした。一瞬でフラれたうえ、風のように立ち去られてしまい、グリードは茫然とした様子でその場にへたり込んでしまった。
そんなグリードの様子を、少し離れた場所から隠れて覗き見る一人の生徒。貴族令嬢のリアである。
「ぐぎぎ……」
ハンカチを強く噛みしめながら、サクラにフラれて落ち込むグリードを睨みつける。
「何なのよ……! ちょっと前には私のこと好きそうな素振り見せてたくせに……!! どうしてあんな、平民の貧乏人なんかに……!」
クラスのなかではイケメンの部類に入るグリードに、リアは少なからず好意を抱いていた。また、自身も恋心を抱かれていると勝手に思いこんでいたのである。
リアはハンカチをくしゃっと制服のポケットへ仕舞うと、肩を怒らせながら教室へと足早に戻った。
――サクラが教室へ戻ると、真っ先に友人のサーヤが駆け寄ってきた。
「サクラー。グリードさんの話って何だったのー?」
「んー。よくわからない話だった」
実のところ、先ほどのようなイベントはそう珍しくない。美しい黒髪と幼さが残るかわいらしい顔立ち、しかも成績優秀なうえに、礼儀作法は貴族顔負けの習熟度。
そんなサクラに好意を抱く男子生徒は大勢いた。男子生徒から呼び出されて告白されるのも、今月に入ってすでに五人目だ。
「まあ、どうせ告白だったんだろうけど。サクラって本当にモテるよね」
「興味ない男子からモテてもね」
「またそんなことを」
サーヤが呆れた様子で苦笑いを浮かべる。サクラは窓の外へ目を向けた。
だって、本当にそうなんだもん。興味ない人からモテたところで何の意味もない。それに、幼いころからずっとロキを近くで見てきたから、同年代の男子をかっこいいと思ったこともないし。
幼少期、サクラとロキは一緒に暮らしてはいなかったが、ロキは暇を見つけては遊びに来ていた。それに、ロキだけでなく魔鈴のメンバーであるガーランドやロベリア、ガイル、マネージャーのラーズも非の打ちどころがないイケメンなのである。
幼いころから、そんなイケメンたちと接してきたサクラにとって、同年代の男子にはまったく魅力を感じないのだ。
「そんなことより、次の授業って――」
「サクラ・カーライルさん!」
突然大声で名前を呼ばれ、サクラは訝しがりつつ声のしたほうへ目を向けた。そこにいたのは、教室の入り口近くで仁王立ちする貴族令嬢のリア。
ツカツカとサクラのもとへ詰め寄ったリアは、椅子に座ったままのサクラを憎々しげに見下ろした。
「あなた、最近ずいぶんと調子にのっていますわね? 平民のくせに」
「何のこと?」
いっこうに表情を変えないサクラに、リアのイライラがさらに加速した。
「礼儀作法の講師だけでなく貴族の男子生徒にまで媚びを売るなんて。恥ずかしくないのかしら?」
「はぁ?」
サクラがかすかに眉をひそめる。
「ちょっと! いきなり何言いがかりつけてんのよ!」
二人のあいだに割って入ったのはサーヤ。両手を腰にあててリアを真正面から睨みつける。
「あなたには関係ありませんわ。ひっこんでなさい!」
「だいたいあんたねぇ、この学園では身分による差別は禁止されてんのよ!? あんたの言ってること、全部校則違反だから!」
「ふ、ふん! 知ったことではありませんわ! おお、いやだいやだ。平民の下品な言葉遣いが移ってしまいますから、あまり私に近づかないでくださる?」
「あんたねぇ……!」
怒りのあまり、サーヤの拳につい力が入る。こめかみにはクモの巣のような血管が浮きでていた。
「サーヤ、落ち着きなよ。昼休みももう終わるし、トイレ行こう」
「で、でも……!」
「いいからいいから。さ、行こ」
席から立ちあがったサクラがそっとサーヤの腕をとり歩きだす。が――
「お逃げになるのね。さすが、講師や男に媚びを売る卑怯者ですわ」
さすがにカチンときたのか、サクラがリアのほうへ向きなおった。
「リアさん。媚びを売るとか何とか、私にはさっぱり意味がわからないんだけど」
「まあ。自分でおわかりになりませんの? さすが平民。わたくしたち高貴な身分の者たちとは考え方も価値観も違うのでしょうね」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるリアをじっと見つめていたサクラだったが、軽く深呼吸をして再び彼女に背を向けた。
「何も言い返せませんのね。まあそうでしょうね。男子からは多少チヤホヤされていても、しょせんあなたは下賎で低俗な親から生まれた卑しい平民なのですから」
教室の出入り口へと向かっていたサクラの足がピタリと止まる。
「……今、何て言ったの?」
「は?」
サクラがゆっくりとリアへ向き直る。その瞳には、明らかに怒気が込められていた。
「私の親が、何?」
「ひっ……!」
今まで一度も聞いたことがない、サクラの低く冷たい声がリアの耳孔にへばりつく。背中がゾクゾクとするような寒気を感じ、リアの膝がかすかに震え始めた。
「サ、サクラ……」
静かに怒りを露わにするサクラの腕を、サーヤがそっと引っ張る。止めないと、何か怖いことが起きそうな気がしたのだ。
少しのあいだリアを見つめていたサクラが目を閉じ、深呼吸をし始める。そして、再びリアをじっと見やった。
「……リアさん。私のことを悪く言うのは別にかまわない。でも、親のことを悪く言うのはやめて」
それだけ言い放つと、サクラはサーヤと一緒にスタスタと教室を出ていった。しばし呆然としていたリアだったが、次第にその顔が赤く染まっていく。
「な、何よ……! 平民のくせに偉そうに……!」
ギリギリと歯噛みしながら、リアは二人が出ていった教室の出入り口を睨み続けた。




