10.今でもわからないんだ
「でね、礼儀作法の講師からめちゃくちゃ褒められたんだよ」
ダイニングでパメラ自慢の手料理を囲みながら、サクラは学校での一幕をロキたちに聞かせた。
「へえ~、凄いねサクラたん! さっすがパパの娘」
「いや、何がよ。ロキから礼儀作法なんて教わったこと一度もないし。全部ママのおかげだし」
「あう……」
ロキがわかりやすくしょんぼりとする。
「まあ、目立っちゃったおかげで、貴族の女の子たちから目の仇みたいにされちゃったけどね」
「はぁ!? まさかサクラたん、貴族令嬢たちにいじめられたりしてないよね!? もしそんなヤツいたらすぐにでも学園に乗りこんで――」
「はいはい。おおごとになるからやめてね。たいしたことじゃないから」
サクラが小さくため息をつく。礼儀作法の特別講習が終わったあと、リアたち貴族令嬢から「調子にのらないで」や「平民のくせに」などと言われたことは黙っていたほうがよさそうだ、とサクラは胸のなかで思った。
「サクラ嬢。もし本当に困ったことがあれば、遠慮なく言うんですよ?」
一緒に食卓を囲んでいたラーズが口を開く。
「ん、ありがと。でも本当にたいしたことないから。暴力振るわれたわけでもないし」
「サクラたんに暴力なんて振るった日には、一族郎党まとめて魔法で消し炭に──」
「だーかーらー、大丈夫って言ってるでしょ?」
じろっと睨まれたロキが子犬のように肩をすくめる。と、そのとき。サクラが何かを思い出したように「あ」っと声を漏らした。
「ねえ、ロキ。魔王アンガスってロキが倒したんだよね?」
ロキとラーズの眉がぴくりと跳ねる。
「……うん。でも、どしたの?」
「んー、ライブのときも会場の外で抗議活動してる人がいてさ。魔王アンガスがー、って訴えてたから。歴史の授業でだいたいは知ってるけど、ロキから話聞いたことないなって思って」
かすかに目を伏せたロキを、ラーズがちらりと見やる。
「あ。言いたくないなら、別にいいけど」
「いや……たしかに、アンガスを討伐したのはパパだよ」
飲み物が入ったグラスを手にしたロキが、一息に喉へ流し込む。
「アンガスは……パパにとって幼馴染であり友人だった」
「え……! そう、なの?」
「うん。パパとラーズ、ガーランドたちが親父様に拾われて育てられた、って話は知ってるよね?」
「う、うん」
「実は、アンガスもそうなんだ」
「そう、だったんだ……」
何だか、聞いてはいけないことを聞いたような気がして、サクラは少し後悔した。
「あいつは、誰よりも優しくて賢くて責任感もあった。だからこそ……あいつがどうしてあんなことをしたのか、今でもわからないんだ」
ロキがそっと目を伏せる。
「親父様は……相当に悩んだと思う。でも、これ以上犠牲者を出すわけにもいかず、パパにアンガス討伐を命じたんだ」
「そう、なんだ……。ごめんね、悲しいことを思い出させちゃって」
ロキの横顔が寂しそうに見え、サクラは衝動的に頭をそっと撫でた。
「サ、サクラたん……。いいんだよ、そのささやかな胸のなかで慰めてくれたら──ぎゃふぅっ!!」
どさくさまぎれに抱きつこうとしたロキの顔面に、サクラの強烈なパンチがめり込んだ。
「ささやかな胸で悪かったわね。パメラさん、ごちそうさま」
ふんっ、と鼻を鳴らしたサクラがスタスタとダイニングを出ていく。
「あたたたた……ああいうとこは母親譲りなのね……」
ロキが顔を押さえてダイニングテーブルに突っ伏す。ラーズが小さく息を吐いた。
「アンガスのこと……責任を感じてるんですか?」
「……」
「あなたが責任を感じる必要はありませんよ。もちろん親父様も。アンガスのしたことは、親父様が作りあげた平和を壊す行為だったのですから」
「ああ……わかってる。でも、何とか助けられたんじゃないか……ってな」
「ムリでしょう。戦闘力だけならアンガスはあなたに次ぐ実力者でした。手加減しながら制圧できる相手ではない」
「そう、だな……」
過去を懐かしむような、寂しがるような表情を浮かべるロキを見て、パメラとラーズはただただ押しだまるしかなかった。
――ロキを初めて見たのは、魔導モニターに映る姿だった。まだ、私が三歳か四歳くらいのころ。
はっきりとは覚えてないけど、どこかで開催されていた野外ライブの映像だったと思う。魔導モニターのなかで、キラキラと輝く長い金色の髪を風になびかせながら歌うロキの姿に思わず釘づけになった。
世界中で音楽活動をしている、かっこいい魔族の王様。まるで、おとぎ話に出てくる白馬に乗った王子様のように見えた。
いつだっただろうか。ロキが私の父親だとママから教えられたのは。正直、そのときはまったく現実味が湧かなかった。だって、魔導モニターでしか見たことがない、遠い世界の人だと思ってたから。
でも、ママが言うには、私がもっと小さいころすでに何度か会っているらしい。もちろん、私にその記憶はない。
だから、初めてロキに会ったときもパパという感じはいっさいしなかった。それよりも、魔鈴のロキが家に来てくれたって喜んでいた気がする。
「ママ。どうしてママとロキは一緒に暮らさないの?」
幼いながらも不思議に思った。だって、友達のところは、ママだけじゃなくパパも一緒に暮らしてるんだもん。
「そうねぇ……あなたが魔王の娘だと知られたら、いろいろ騒ぐ人も出てくるでしょう? それに、ロキは世界中で人気のアーティストだから、彼の活動にも影響を与えるかもしれないしね」
「ふーん」
ロキがハーメリア王国でも大人気なのは、幼いながらにもよく理解していた。たしかに、私がロキの娘となったら、周りの人たちの接し方なんかも変わるんだろうなって思った。
あのときママはああ言ったが、私がもう少し大きくなると、別居することになった別の理由も教えてくれた。どうやら、ロキはとても女性にだらしないらしい。
そんなロキに愛想を尽かして、ママは赤子だった私を連れて故郷のハーメリア王国に戻ってきたのだとか。
でも、ときどきやってくるロキと話しているときのママは、嬉しそうな顔をしていた気がする。ロキに対して怒りの感情はなかったのだろうか。
「ロキはあなたのことを何より大切に思ってるわ。もし私がいなくなっても、ロキがいればきっとあなたを助けてくれる」
「スケコマシなのに?」
「ふふ、そうね。スケコマシだけど、あなたに対してだけはきっと誠実であり続けると思うわ」
そう言って、ママは優しく私の頭を撫でてくれた。
――夜中に目を覚ましたサクラは、ベッドの上で半身を起こすと軽く伸びをした。
「……変な時間に起きちゃったな」
懐かしい夢を見たからだろうか、と考えつつベッドを降りたサクラは、喉を潤すために一階のダイニングへと足を向けた。
……ん? ダイニングに灯りがついてる。パメラさんかな?
首を傾げながらダイニングへ入ると、先ほど夢に出てきたばかりの男性がテーブルに頬杖をつきながら一人グラスを傾けていた。
「ロキ。起きてたの?」
「あ……サクラたん。うん。ちょっと眠れなくてね」
「そうなんだ」
保冷庫から飲み物を取りだしたサクラは、ロキの向かいに腰をおろした。
「サクラたんは、どうしたの? 眠れない?」
「ん……なぜかこんな時間に目が覚めちゃって」
「そっか。パパが添い寝してあげようか?」
サクラがジト目を向けながら拳を掲げ、ロキはサッと両手で頭を隠した。
「ツアーの二か所めはどこだっけ?」
「グリムアド共和国の首都だよ。その次は精霊国バーニア」
「一週間後だっけ」
「うん。グリムアドはレイシリアから近いし、転移門を使えばギリギリまでこっちにいられるよ」
にこりとほほ笑んだロキは、琥珀色の酒が入ったグラスを一気にあおった。
「……お酒だけでいいの? 何か作ろうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫」
ロキがグラスをテーブルに置き、コツンという音が静かなダイニングに響く。
どことなく、ロキの顔が憂いを帯びているようにサクラは感じた。
「もしかして……私が変なこと聞いたから?」
「ん?」
「その……昔のこと、思い出させちゃって、それで眠れないのかなって……」
「あはは。違う違う。そんなこと、サクラたんが気にすること全然ないよ。何となく目が冴えちゃっただけだから」
「なら、いいけど……」
うんうん、と頷くロキをちらりと上目遣いで見やる。明るく振る舞っているロキが、何となくムリしているように見えた。
「……明日は何かするの?」
「んー……エルミア教の教会へ行くつもり。教皇猊下に挨拶しとこうと思って」
「そうなんだ。この前のライブにも、聖女様来てたね」
「そ、そうだね」
ライブが終わったあと、楽屋で聖女と王女が醜い争いを繰り広げていた光景を思いだし、ロキの頬が軽く引きつった。
「ふぁ……そろそろ寝よっと。明日も学園だし」
「うん。パパももう少ししたら寝るよ」
立ちあがったサクラがダイニングを出て行こうとする。
「ロキ、飲みすぎちゃダメだよ? あと、体調崩さないようにあたたかくして寝てね」
「それ、親が言うことだと思う……」
「あ……ほんとだね」
くすっと笑みをこぼしたサクラは、「じゃあ、おやすみ」と口にしてダイニングを出ていった。ロキも思わず頬が緩む。
「おやすみ……サクラ」
サクラが吸いこまれていった薄暗い廊下に向かって、ロキは小さな声で呟いた。




