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1.絶対に呼んであげない

「~というわけで、ですね。突然牙を剥いた二代目魔王アンガスを、初代魔王の側近であったロキ・ルアーダ・レイシリアが討伐し、再び世界に平和が訪れたのです。では、次五十二ページを~」


教壇に立ち熱弁する教師の言葉を聞き流しながら、サクラ・カーライルは窓際の席から外へと目を向けた。


開け放った窓から、ふんわりとした風にのって新芽の香りが流れ込み、思わず大きく息を吸い込んだ。


「ええ~……ここ、ハーメリア王国をはじめ、世界が飛躍的な発展を遂げたのは、三百年前に突如現れた魔王、アキラ陛下の功績です。私たち人間だけでなく、エルフやドワーフ、あらゆる種族が初代魔王陛下の恩恵を受けているわけでして~」


机に頬杖をついたまま、サクラは教科書へと視線を戻した。そしてそっとため息をつく。


はぁ……。先生も本当にその話好きだよね。初等部のころにも散々聞かされたのに、高等部になった今でもまだ聞かされるとか。


そう、ここハーメリア王国は人間の王様が治める人間の国。でも、魔王様信者がとても多い。まあ、魔王がそれだけのことをしてきたからなんだけど。


約三百年前。この世界に初めて魔王が現れた。アキラと名乗った魔王は、これまでこの世界に存在しなかった、さまざまなものを持ち込み広めた。


優れた技術や学問、そして文化、価値観。魔王アキラが興した魔国レイシリアは、今でもあらゆる分野で世界の最先端を走る国だ。


サクラは再び窓の外へ目を向けた。校庭の隅で咲き誇る桜の木。あれも、もともとこの世界にはなかったものだ。私と同じ名前をもつ美しい木も、魔王アキラが世界に広めたらしい。


その後、魔王アキラは引退して隠居生活に入り、今は当代の魔王が魔国レイシリアを治めている。



――すべての授業を終え、帰り支度をしていると、クラスメイトのサーヤが肩まであるグレーの髪を揺らしながら小走りに駆け寄ってきた。


「サクラ、一緒に帰ろっ」


「うん」


サーヤ・ハーメルンは、ハーメリア王立学園の高等部で一番仲がいい女の子。


並んで廊下を歩いていく二人に、大勢の生徒が視線を向ける。ツヤツヤとした長い黒髪と、幼さの残る愛らしい顔立ちのサクラに好意を抱く生徒は多い。


一方、友人のサーヤも整った顔立ちと快活な性格で学園の人気者だ。


「ねぇねぇ、サクラ! 明後日の握手会、行くでしょっ!?」


「握手会? ああ、ロキの?」


「んもう~、サクラってばまた呼び捨てして。当代の魔王陛下にして、あの『魔鈴(マリン)』のボーカリストだよっ!?」


魔鈴は、魔王ロキが率いるロックバンド。初代魔王のアキラは、この世界に新たな音楽ももたらした。


魔王ロキは、魔国レイシリアと魔族の印象をよりよくするため、ロックバンドを率いて世界を股にかけた活動をしている。そして、今や世界中の女子が魔王ロキと魔鈴にメロメロだ。もちろんサーヤも。


「はいはい。えーと、握手会はいいかな……。でも、来週のライブは行くよ」


「え~!? ロキ様と握手できるんだよっ!? こんなチャンス滅多にないのに~!」


「あはは……まあ、私はいいからサーヤは楽しんでおいでよ」


まだブーブー言っているサーヤに苦笑いしていたところ、数人の女子がきゃいきゃいと(かしま)しくしながら人垣をなしている様子が目に入った。


「んー? うちの生徒たちだよね?」


「みたいだね」


大通り沿いにある商店の店先で、制服姿の女子が楽しげにお喋りに華を咲かせている。サクラとサーヤがそっと近づき、背伸びして様子を窺う。


女子たちが見ていたのは、魔導モニターの映像。魔道具技術と魔法技術、科学技術を駆使した魔導モニターは、遠くの映像を映し出せる優れものだ。


ちなみに、これも魔国レイシリア発祥のアイテムである。


「わっ。ロキ様じゃん!」


「……ほんとだ」


魔導モニターのなかでは、二十代前半くらいに見える金髪ロングヘアのイケメンがにこやかにインタビューを受けていた。当代の魔王ロキ・ルアーダ・レイシリアである。ちなみに、実年齢は数百歳だが。


インタビュアーの女性が顔を赤らめつつロキへ質問をしている。


『え、ええと、魔王陛下。ツアーの一か所目にハーメリア王国の王都を選んでくれたのはなぜですか?』


『ロキでいいよお嬢さん』


『は、はひっ……!』


女性インタビュアーの頬がボッと赤く染まる。


『この国の国王とは旧知の仲だしね。それに、全世界ツアーの一発目は必ずここにしようって決めてたんだ』


『そ、そうなんですね!』


『うん。明後日には握手会もあるし、ぜひ来てね。今、このインタビューを見てるみんなもぜひ。会えるのを楽しみにしているよっ』


パチッ、とウインクするロキを見て、インタビュアーをはじめ、魔導モニターを見ていた女子たちもヘナヘナとその場に崩れ落ちた。恐るべきスケコマシ魔王である。


「ああ~……! ロキ様って本当に素敵!」


サーヤが胸の前で手を組んで目をキラキラと輝かせる。


「は、はは……そだね」


「もうー、リアクション薄いよサクラー」


頬を引きつらせるサクラにサーヤがジト目を向ける。サクラは内心ため息をついた。


女子たちの群れを離れて再び歩き始め、大きな三差路に出たところで、サクラとサーヤは別れることに。帰る方向が違うのだ。


はぁ……サーヤのミーハーっぷりにも困ったもんだ。まあ、ロキに夢中になっているのはサーヤだけじゃないけどさ。


てゆーか、強引に握手会へ連れて行こうとされなくてよかった。わざわざ、時間と手間をかけて会いに行くようなものでもないし。


そんなことを考えつつ、自宅の玄関ドアを開けて「ただいまー」と足を踏み入れたそのとき――


「おっかえりーーーーー!!」


満面の笑みを浮かべた男がいきなり飛びついてきた。サクラがとっさにその顔面へ強烈なパンチを喰らわす。男の顔にサクラの拳がズンッとめり込んだ。


「い、痛ひ……!」


「い、いきなり抱きつこうとするんじゃないわよっ」


キラキラと輝くブロンドヘアの男が、顔面を押さえてうずくまる。


「うう……酷いよサクラたん。親子なんだしこれくらいのスキンシップ……」


トホホ、といった様子で男が立ちあがる。その顔は、ついさっき魔導モニターのなかで見たばかりの顔。どうやら、先ほどの映像は録画したものだったようだ。


「てか、ロキもう来てたんだ」


「うん。明後日は握手会もあるしね。ガーランドたちも来てるよ」


そう、当代の魔王であり、世界中の女子を熱狂させるロックバンド『魔鈴』のボーカリスト、ロキはサクラの父である。


すでに亡くなっている人間の母、ザラと魔族のロキとのあいだに生まれたのがサクラだ。もちろん、この話は秘密であるため、知っている者は相当限られている。


魔国レイシリアの統治者であるロキは、普段レイシリアで暮らしているが、ツアーなどにかけつけて頻繁にサクラの住居へ訪れていた。


ちなみに、ザラはサクラが一歳前後のときにロキと別居しレイシリアを離れている。そのため、サクラは幼少期にロキとすごした記憶がほとんどない。


「あ、サクラちゃんおかえりー!」


廊下の奥からひょこっと姿を現したのは、サクラと一緒に暮らしているお手伝いのパメラ。明るく朗らかな小人族の女性だ。


サクラは、物心ついたころから、母親のザラとお手伝いのパメラと三人で暮らしていた。


「ただいま、パメラさん」


「うんうん。あ、リビングにガーランドとロベリア、ガイルもいるよー」


ガーランドは魔鈴のギター担当、ロベリアはベース担当、ガイルはドラム担当だ。


「やったっ! ガーランドたちと久しぶりにお話しできるの嬉しいな」


「ち、ちょっと、サクラたん……パパとは……?」


ヨロヨロとしながら、ロキが弱々しく言葉を紡ぐ。そこに魔王の威厳は微塵(みじん)もない。


「パ……ロキは何だかんだでよくうち来るじゃん」


「てゆーか……そろそろパパって呼んでほしいんだけど……」


「……絶対にヤだ」


ふんっ、と顔を背けたサクラは、よよよと涙を拭うロキを尻目に、スタスタとリビングのほうへと向かった。

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