◆異世界人の危険な特技? 後編
鍛錬場での出来事から数日ほど過ぎた頃、俺は謁見の間に居た。
もちろんただ突っ立っているだけなんてわけもなく、警備のためだ。相変わらず重い甲冑を着け、他の重騎士と共に正面通路の両端に控えている。
今日の謁見申請者は何人いたんだったか。願わくば長口上をつらつらと垂れ流さない奴らだといいんだが。
そんなことを考えながら剣先を床に下ろし、柄に両手を乗せて直立する。重騎士の控え姿勢だ。
王が謁見している間は、皆同じ体勢で控えていることになる。間違っても謁見の邪魔などせぬよう気配を殺し、無の彫像と化しつつ、いつでも危険を察知できるよう警戒は怠らない。
重騎士仲間の体勢が全て整った頃、大扉が開く気配がした。
臙脂の絨毯が敷かれた中央の通路を静かに進む人物が俺の正面を通り過ぎる。それが誰かを見て、俺は冑の中で秘かに片眉を上げた。
うちの変人悪魔魔術師長様じゃないか。
相変わらずいけ好かないお顔をしていらっしゃる。
魔術師特有のずるずると長い長衣を引き摺り、魔力を宿すからという理由で長く伸ばされたままの濃紺の髪を靡かせながら、絨毯の上をゆっくり歩いていく姿は一見物静かで温和な印象を受ける。
物静かで温和。
ある意味それは間違っていないだろうが、物静かで温和だからと言って、そこに良心というものが含まれているかどうかは、また別の話だ。そのいい例が、うちの変人魔術師長様だろう。見た目で騙されてはいけない。
そんな詐欺のような外見の魔術師長の後ろから、緊張した面持ちで続く少女がいた。今日の最初の謁見者はこの二人らしい。
魔術師長の実験失敗による犠牲者である彼女がこの場にいるなら、謁見の内容も自ずと知れる。
大方、魔術師長による帰還魔法作成の進捗状況と、少女の仕事や生活、身の回りのことについての定期報告をするんだろう。
陛下は国と民に害を成さない限りは情に厚いお方だから、彼女のことについても大変お心を砕いてらっしゃると聞いた。……変人魔術師長とは比べ物にならないくらい出来たお方だ。当然だが。
彼女はここの生活にもそろそろ慣れたのだろうか、などと思いながら眺めていると、緊張に表情を硬くしていた少女がそっと魔術師長に向かい、何かを言っているのが目に映った。
背の低い彼女に合わせ自然と魔術師長が上体を倒す。
ああそれ以上近づくな! 変人魔術師長め、彼女に何かしたらその長ったらしい髪を引っこ抜いてやる!
俺が心の中で馬鹿なことを叫んでいる間に、魔術師長は少しの逡巡後、少女に頷いて見せた。それを見て彼女がぱっと顔を輝かせる。直後、身を翻した彼女は軽い足取りで、こちらに向かって歩き出した。
……何事だ?
まだ陛下はお見えになってはおられないからいいのだが、何故こっちに向かってくるんだ?
考えている間にも、彼女はぐんぐんとこちらに近づいて来る。
それに気づいた周りの重騎士たちもどことなく動揺しているような気がする。一度控えの姿勢をとった重騎士は謁見が終わるまで動いてはいけないから、雰囲気で察するしかないが。通路を挟んで俺と同じ側に整列している重騎士たちがそれぞれ僅かに身構えているようだ。
警備の関係上、通路から大した距離を空けているわけでもないため、少女はあっという間に目の前まで来てしまった。
躊躇いもせず一人の重騎士の前に立った彼女は、抑えた声で言った。
「あの、お邪魔してすみません。……ハルディオさん、今日はお暇な時間はありませんか?」
ああそうか、こっち側にはハルディオがいたな、と思うよりも前に、俺はギョッとした。いや、俺だけじゃなく、たぶんハルディオを含め、少女の言葉を聞いた全重騎士がギョッとしたと思う。
視線こそやることはしないが、それでもどこかからカシャンという甲冑が擦れる音がした。動じないことが鉄則の重騎士であるにも関わらず。動揺のほどが知れるというものだ。
「……」
驚き過ぎたのか、それとも元々の寡黙さ故なのか、ハルディオからの返事はない。
沈黙が流れて、ハルディオの前に立つ少女は小首を傾げた。
「……ハルディオさん?」
「……。――ああ」
どこか呆然としたような声が冑の中から聞こえた。
そりゃあ呆然ともするよな、と俺は思う。
だってそうだろう?
何せ俺達は今、全身鎧だぞ。
と、いつかと同じような言葉も心の内を零した。
そして、鍛錬場でのアレは偶然でも鍛錬後のあいつが目立っていたからでもなかったのだと、考えを改めさせられる。
いやしかし、どうしてハルディオのことがわかるんだ?
今の俺達は全身鎧なだけじゃなく、広間の中にいる重騎士の全てが同じ姿勢で控えている。背格好だって、見栄えの問題でほとんど同じくらいの者が選抜されている。
つまり、今ここに居る俺達は個人を特定する個性も特徴も、ほとんど無いと言っていい状態なんだ。先日の鍛錬の後の一件とはわけが違う。
正直、奴を相棒と自負する俺ですら、控え姿勢をとった重騎士の中からハルディオを一発で当てるのは無理だ。
それを彼女はやってのけたのだから、呆然ともなるだろう。
その後、彼女はハルディオと二言三言交わし、陛下がいらっしゃる前にいそいそと魔術師長の元へと戻っていった。
彼女がそのとき何を言ったかは、呆気に取られ過ぎていて覚えていない。
結局、そんな出来事が何度か続いた。
で、それがハルディオの奇怪な……いや、奇抜な……同じか。とにかくよくわからん恰好をするようになったこととどう関係してくるか、だが。
要は、これらの出来事が切っ掛けになった、ってことだ。
彼女が甲冑集団からハルディオを探し当てるということが何度か続くうちに、ハルディオは何を感じたのか。
はじめは、甲冑のまま少女が働いている場にふらりと現れたりしていた。いつもは侍女の仕事場になど近づかないあいつが、だ。
そして、彼女はいつもそれをハルディオだと見抜き、迷いの無い足取りで嬉しそうに近づいては、声を掛けていた。
軽い興味本位のつもりが、段々と面白さを見い出していったらしいハルディオは、甲冑だけで満足していれば良かったものを、何を思ったか他の恰好で試しだすようになる。
どんな恰好をしても気づくのか気になったのかもしれない。普段のあいつなら到底しないような恰好をしても見抜くかどうか。
それが何故あんな極彩色にまで発展したかは俺には理解できないが。
ともかくまあ、全身を隠すような恰好となれば、必然的に可笑しな恰好になるのは仕方がないのかもしれない。頭の先から足の先まで覆い隠すというのは、案外大変なものだ。
だが、他にあいつのように可笑しな恰好をする奴がいないのだから、そもそもの意図が台無しになっているということを、あいつはわかっているんだろうか?
甲冑のときは木は森の中にある状態だったが、それが一本だけ鮮やかな花を咲かせれば、目立ってしょうがない。
いまや誰もが極彩色の木の正体を知っている。
俺は、鮮やかな衣を靡かせるハルディオの背中を眺めながら、溜息を一つ。それから息を大きく吸った。
「――ハル!」
呼びかけると奴はぴたりと足を止め、極彩色の残像を残しながら振り返った。……目が痛いっつうの。
さらなる嘆息が零れそうになるのをぐっと堪えて、ハルディオの元へと近づく。
「……あの子のとこ行くのか?」
「……」
ド派手な仮面が黙ったままこくりと頷く。……怖いな。本気で。
こんな恐ろしいものを毎度彼女に見せているかと思うと……。彼女は何故笑ってこいつと喋れるのか、謎だ。
彼女が平気なら別にいいのか……? と思わなくもなかったが、腐っても相棒。ここは俺が教えてやらねば、誰がこいつを正すというんだ。という強い気持ちを込めて、俺はハルディオに言った。
「いいか、よく聞け」
「……何だ?」
不思議そうにするハルディオを軽く殴ってやりたい気持ちをどうにか押さえ込んで、肩に手を置く。
「なんとなく、それが楽しいのはわかるが。……あんまりそんな可笑しな恰好で彼女に会いに行ってると、いつか変質者だと思われるぞ?
だからたまにはそんな服は脱いで、ちゃんと正常な、良識ある立派な男だっていうのを見せとけよ」
「……」
暫く黙って考え込んでいたハルディオは(そもそも考え込まずに気づけという話だが)、徐に首を縦に振った。分かってくれたらしい。
……分かってくれた、と思っていたんだが――。
なんで、あいつは彼女の前で、服を脱ぐんだよ!!???
確かに、確かに可笑しな服を脱げとは言ったが、俺は目の前で脱げとは言ってないぞ! 断じて!!
それじゃあ『いつか』どころか、『その場で完全に』変質者だろ!!!!!
全身鎧の中からたった一人を見つけ出す彼女を不思議に思っていたが、それよりも十年来の相棒の思考回路がとんでもないことになっていると、俺はそのとき初めて知ったのだった――。
オチが予定していたものと変わってしまった……。文字数の関係もあったんですが;
いつかオマケ的な感じて元のネタも書ければいいな、と思います。
あ。ハルディオは全裸になったわけではないので、ご安心ください。(当然だ
しかし上半身くらいは出したでしょうね。変質者なんで(笑




