◆異世界人の危険な特技? 中編
個性の塊のような奴の名前は、ハルディオ・ガレイガルという。
ただの同僚どころか従士の頃からの付き合いで、今や俺の相棒のような位置にいる奴は、初めからあれ程イカれ……おかしな野郎だったわけじゃない。
真面目で芯の通った男。口数少なく冗談の一つも言わないような堅物だったが、弱きを助け強きを挫く、そんな絵に描いたような真っ直ぐさを持っていた。
今でもその性格に変わりは無い。まあ、だからこそ器用に曲がることも出来ずに明後日の方向に進んでしまったのかもしれないが。
つい数ヶ月前までは、突飛な恰好をするようなこともなかった。
精悍で綺麗な顔をしておきながら服装などにはとんと気を遣わない奴ではあったが、それでも何故か小奇麗に見えてしまうという羨ましい体型、外貌の持ち主だ。
普通に洗いざらしのシャツやズボンを身につけている程度。そんな簡素な恰好でも奴が身につけているとあらば清潔感というものが発生するのだから、世の中は不思議だらけだ。数ヶ月前まではそれを見るだに一体あれは何の魔術だ、と思っていたものだが、今のハルディオしか見たことが無い者にはそんな爽やかな姿の奴など想像もできないだろうな。今や俺の記憶も極彩色に塗り替えられそうで恐ろしい。
とにかく、かつては異常の無かったハルディオが何故ああなったのか。
ことの発端は数ヶ月前のとある日、重騎士訓練の時にまで遡る――。
◆◆◆
ガシャガシャと鎧の擦れる音が響き、剣同士がぶつかり合う甲高い音がそこかしこから聞こえる。同じ甲冑を着た者達が、剣を結び、或いは鍛錬場の端を疾駆する。
肌が見えているところなどほとんど無いため、全く同じ甲冑が数十人と蠢く様子はある種、異様なものがあった。
しかしこれも実戦を見据えて鍛錬するには必要なことだ。
俺たち重騎士は基本的に全身鎧を身につけたまま鍛錬をする。
もちろん脱いで鍛錬することもあるが、重装備での実戦において重要となってくる敏捷性を養うためには、常から甲冑を身につけて鍛錬する方が効率的なのだ。
さらに、普段から甲冑を身につけていれば、嫌でも鎧の構造の癖や視界の悪さには慣れる。この慣れが無ければ、本来命を守るものが命取りになるという笑い話にもならない状態に陥ることは想像に難くない。
ここ数年は国が安定し、隣国との戦も形を潜めたお陰で重騎士が本格的な戦に出兵することはほとんどない。しかし、いざ開戦となったときに俺たちが使い物にならないのでは闘わずして負けが見えてしまう。
今でこそ主な仕事と言えば城や要人の警護だが、いつか起きるかもしれない危機のために、俺達は日々鍛錬を積んでいるのだ。
と、一丁前なことを言ってはいるが、俺もいい加減、疲れた。短い小休止はあれど打ち合いが続けば鍛え上げられた俺といえども息が上がり、汗が噴出す。
うげっ、言ってる側から目に汗が――。
――カンカンカンカンッ
拙い片目を開けられん。
そう思ったとき、耳元で小さく鐘を打ち鳴らすような音が聞こえた。
音の発生源は耳飾だ。息を整える程度の小休止ではなく、きちんとした休憩の合図だった。
俺は秘かにホッと息を吐き、兜を脱ぐ。籠手を外して目元を拭い、数度瞬くと視界が明瞭になった。
はっきりした視界にはまず、俺と打ち合っていた相手が映った。こちらも兜を脱ぎ肩で息をしているが、しっかりと立っている。あのまま打ち合っていたら一本取られていたかもな。
負けるなんて当然いい気はしないから、丁度良く鳴った休憩の合図に感謝だ。そう思いながら周りを見ると、床にへたっている奴らが何人かいるのが目に入った。
兜を脱ぐだけならまだしも、即行で座り込んだ奴は隊長直々に指導が入る。可哀相に。
同情しつつ一息吐く。そのまま何気なく視線を転じた先で、兜も脱がず直立不動で立っている奴がいるのに気づいた。
隊長の指導を受けたくないがために兜も脱がない奴は結構いるが、肩も揺れていないとは、あいつは化け物か。
それが誰だかは俺には明らかだから、遠慮なく心の中で罵ってやる。体力馬鹿め。
俺は静かに奴へと足を向けた。是非にもその兜の中身が見てみたい。いつも通り涼しげな表情の癖に、真っ赤な顔で汗だくだったら笑ってやる。
悔し紛れなことを考えていると、すいと横を風が通り抜けていって、俺は思わず足を止めた。心なしか甘い匂いがしたような。
風を追うように視線をやれば、さらりと流れる黒髪、華奢な手足と侍女のお仕着せが見えた。変人魔術師長が異世界から間違って召喚してしまったという少女だ。
どうして彼女がこんなところに? と首を傾げている間に、彼女は迷いの無い足取りで俺の行くはずだった場所へと真っ直ぐ突き進み、遂に直立不動の甲冑の目の前で停止した。
不意に現れた場にそぐわない少女を、場内中の重騎士たちがまじまじと注視する。そんな中で、彼女は周りの視線に気づく様子もなく嬉しそうににっこり笑って言った。
「お疲れ様です、ハルディオさん。……あの、蜂蜜檸檬水をお持ちしたのですが、いかがですか?」
その言葉を聞いて、聞き耳を立てているために静まり返っていた場内のそこかしこから、ゲホゲホと咽るような音が聞こえた。ついでに「ハルディオ……いや、ハルにもついに春が……!」とか頭の悪いことを言っている奴もいるが、そんなことはどうでもいい。
確かにハルディオは堅物でストイックすぎる性格の所為で、浮いた話の一つも……出ては消え、を繰り返すという有様だったが。
それよりも、お前ら気づかないのか、と俺は思う。
――あいつ今、全身鎧だぞ。
「あ、皆さんのもありますので、宜しければどうぞ」
少女が振り返って言う。周りからはオオーッとどよめきのような、雄叫びのような、よくわからん騒音が聞こえたが、もう一度俺は言う。
あいつ今、全身鎧だぞ、と。
周りの奴らはその意味がわからないんだろうか。
この鍛錬場内には、甲冑を着けた重騎士が何十人といる。
今は休憩中でもちろん兜を脱いでいる奴もいるが、ほとんどは被ったまま。頭の先から足の先まで鎧に隠されている。顔どころか指先一つも見えやしない。
つまり、その中でどれが誰だかなんてさっぱりわからないのが普通じゃないか?
俺がハルディオに気づいたのは、まあ、長年の勘ってやつだ。
正直、こちらの世界へ来てまだふた月と経っていない彼女が迷いもせず、確信を持って何十の甲冑からハルディオの入ったそれを言い当てるのは不可能に近いと思うんだが。
いや待て、むしろ俺も間違えているんじゃないのか? と少々不安になったところで、直立不動の甲冑が兜を脱いだ。
結果はご想像通り。
兜の下からは、真珠色の髪を汗で張り付かせながらも何故か清潔感溢れるハルディオ様がその精悍な顔を出したわけで。
彼女、凄くないか?
そう思うのは俺だけ?
目を点にする俺を尻目に、隊長の許可を得て廊下から給仕カートを押して彼女が戻ってくる。その後ろからもう二人。どうやら外で待機していたらしい侍女たちが一緒に場内に入ると、彼女たちの周りにはワラワラと人だかりが出来始めた。
……しかしなあ。人だかりが全て鎧を装備した野郎どもっていうのがまた鬱陶しい限りだ。囲まれた異世界人の少女と侍女らがかなりたじろいでいるじゃないか。おいおい、誰か気ぃ遣ってやれよ。って無理か。阿呆が多いしな。いやいや、俺に比べれば、って話だぞ。一応な。
気の回らない野郎どもに呆れ返っていると、不意に横に並ぶ気配があった。
「お前はいいのか?」
ハルディオ……かと思いきや、隊長だった。
「いえ、自分はあの山が崩れてからで」
俺と同じような考えの奴もちらほらいる。
隊長に返事をしつつ視線をやると、ハルディオは少女の横で雪崩れ込む男どもの脳天に容赦なく拳をお見舞いしているところだった。流石にハルディオは阿呆ではなかったらしい。いや、堅物の成せる業か?
「そうか。……それよりあの子、凄いな。なんであの甲冑がハルディオだってわかったんだ?」
その言に思わず隊長を振り返る。
流石、こちらも阿呆どもとは違う。気づいていらっしゃったか、と思いながら俺も頷いて見せた。
「ですよね。ハルディオには恩人だとかで懐いてるみたいなんですが、甲冑を被ってる所にそう何度も会っているわけもないと思うんですが」
「だよなあ。甲冑どころか生身にもそうそう遭遇してないだろうに」
戦が無いとしても、重騎士である俺達にも仕事はある。ハルディオもほぼ毎日、城の何処そこの警備だ要人の警護だと仕事をこなしているのだ。侍女として働き始めた彼女とそうそう会っているとは思えない。
だからこそ、驚く。
「……まあ、鍛錬後のあいつは結構分かり易いから、その所為かもな」
確かに。鍛錬で疲弊し切ったほかの奴らの中にあって、ハルディオの体力は化け物だから分かり易いと言えば分かり易い。兜は脱がないまでも多少は姿勢の悪くなる他の奴らに比べ、あいつは疲れなど感じさせない直立不動のままだからな。
「そうですね」
隊長の言葉にそのときは同意した俺だが、後にそれは間違いだったと気づくことになる。
甲冑書きたかったんで重騎士とかちょっと調べたんですが、調べ足りない部分があるかもしれません。
むしろ都合のいいように解釈しているかも……;;
この中に出てくる鍛錬の仕方などはフィクションとして捉えていただけると助かります。




