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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
拍手お礼再掲とおまけ
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◆おまけ 前編



【導書師のお仕事/『異世界人だらけ』拍手おまけ 前編】




「来夏君」

「――館長?」


 ぼんやりと足下を見ながらモルレニクス巨大図書館の廊下を歩いていた来夏は、正面から声を掛けられて顔を上げた。

 十歩ほど先に葡萄色の髪をした少年館長プルウス・レアルの姿がある。相変わらず、幼い外見に反して雰囲気には落ち着きと貫禄があり、年齢不詳だ。……いや、見た目は確かに少年なのだが。


「ああ、君を探してたんだ。

 来夏君たちのところは、確かこの後まだ仕事は入っていなかったな?」

「あ、はい! 空いてます。

 この前ちょっと大きめの案件に当たったので、明日までお休みを貰っています」


 導書師どうしょしのスカウトや新人の指導はプルウス・レアル少年館長が自ら携わることが多いが、その他、仕事の割り振りは流石に館長だけで行っているわけではない。全部で十人ほど補佐官がいたはずだ。そのうち、導書師が実際に関わるのは二人、多くても四人ほどだから、来夏も確かな人数は把握していない。

 そのよく関わる補佐官の一人から休みを言い渡されたのは、つい昨日のことだ。

 導書師は特殊な仕事内容だが、意外にもある程度安定して休みが貰える。もちろん、休みの間に急な仕事が入ることもあるし、週休二日とまではいかないが、稀に一日働いて一日休み、なんてこともある。膨大な蔵書があり、その分、書魔しょまの数も膨大であるはずだが、そこは導書師だけに負担がかからないよう、上手い体制が作られていた。

 ただ、定休というものがない為、下手をすると十連勤、十五連勤なんてこともあるのが痛いところだ。

 それでも、日本の企業のように勤務時間いっぱいきっちり仕事、ということもなく、ある程度の自由が許されているから、不思議とストレスはない。本が好きだからこそ、面白いと思える面もたくさんあった。


「そうか。ならば、休み明けでいいのだが、ちょっとした後始末をお願いしたい」

「後始末、ですか……?」


 館長自らの頼み事であれば断る謂れもないが、後始末とは。

 来夏が首を傾げると、少年館長は紫水晶の瞳を細めてほんの僅かな嘆息を溢した。


「新人の導書師に任せた仕事に少しばかり取り零しがあったようでな」

「――ああ」

「悪いが、簡単に片が付くと思うから、君達にお願いしたい」


 来夏は納得して頷いた。

 新人の導書師にはありがちなのだが、一つの蔵書に複数の書魔が現れていたりすると、どうしても小さな見落としがあったりするのだ。かくいう来夏とて経験済みだ。その節は当時のパートナーを筆頭に、館長にも多大な迷惑をかけてしまった。申し訳ない。


「本来なら最後まで彼らに対処してもらいたいところだが、生憎、パートナーの一人が書魔の気に当てられて倒れてしまってな」

「書魔の気に? だ、大丈夫なんですか?」

「ああ、問題ない。ただ合わなかった・・・・・・だけだ」

「……あ、なんだ、そうなんですね」


 書魔は、蔵書の作者や持ち主の強い思いによって生まれる。それに触れることは、導書師にも少なからず大きな影響を与えるのだ。時には衝撃となって胸を突くこともあるのだから、決して人の思いとは侮れないものだ。

 そして、蔵書にはその内容によって導書師との相性というものがある。

 例えば、来夏には難しい哲学書などの対応を任されても、正直、書魔を浄化させる自信などない。哲学とは何か。考えたこともないのに、そこから生まれた強い思いの具現に対抗できるはずもない。――いや、食わず嫌いなだけかもしれないが。

 つまり導書師には、ただ導書の力を振るうだけではなく、ある程度、蔵書に籠められた強い思いへの理解と勘考かんこうが必要なのだ。


「それで、その本はどこにありますか? あまり難しくない内容なら、白架はくか保管ですか?」

「いや、それでも良かったが、持ってきた。君達が休暇中とは知らず、さっさと対処してもらおうと思ってな」


 ほらここに、と軽く手渡されて、来夏は手元に視線を落とした。

 文庫本よりも一回り大きいサイズで、厚みは二センチに満たないくらいだ。表紙には月や星、動物などがカラフルかつ、少し歪に描かれている。歪と言っても意図して描かれているものと分かるし、色味がパステルカラーだから、全く不気味さはない。むしろ、どことなくメルヘンチックな雰囲気を漂わせている。


(――あ、これはちょっと……)


 来夏はパラパラと大まかに中身を見て内容を把握すると、そっと少年館長の、来夏と同じくらいの高さにある紫水晶を見た。


「あの……。これ、私一人で対処できそうな感じですか?」


 できれば一人で処理してしまいたい。そんな気持ちを込めて少年館長を上目で見るも、プルウスには緩く首を振られてしまった。

 少年館長の瞳には若干の憐憫が浮かんでいる気がする。


「悪いが、今回はパートナー同伴が必須だ。蔵書へ潜ってもらうからな」

「う、そうなんですね……」

「ああ。だが、まあそう身構えるな。先に言ったが、難しい書魔に当たることはないはずだ。その蔵書に潜り、状況を把握したら早急さっきゅうに解決して帰還すればいい」


 ……簡単に言ってくれる。

 不敬にも来夏は涼しい顔の少年館長を恨めしく見てしまう。

 何故ならコレは。

 来夏が哲学書が苦手なように、ニヴルにも苦手――むしろ嫌煙する類いの書物がある。まさに今手にしているものがソレだ。

 来夏は、既に受け取ってしまった蔵書を返すべきか悩んだ。ニヴルの温度の無いスカイブルーの瞳を思い浮かべて、ぶるりと一つ身震いが走る。


「……他の導書師にお願いできませんか?」

「悪いが無理だ。他の導書師は今、他の案件に当たっている。生憎、丁度手が空いているのは君達だけだ」

「な、なるほど……」


 それはまた珍しいことだ。

 導書師は希少だが、それでも常に何組かは待機状態にあることが多い。緊急案件に対応する為でもあるし、それなりに神経を使う仕事でもあるから、長期的な案件が入った後は必ず休みも与えられるからだ。

 しかし、待機している導書師がいるかいないかにかかわらず、来夏は常々思うことがある。


 ――何を基準にパートナーを決めているんだろう?


 そもそも、得手不得手が同じ導書師がパートナーになれば、プルウスや補佐官とて、仕事を振りやすいと思うのだが、現状は、性格も趣味も違う者がパートナーになっていることも多い。来夏のところなど、それが顕著だといっていい。


「まあ、ニヴル君は嫌がるかもしれないが、いつものことだろう? 来夏君なら上手くやれると信じているぞ」

「……はい」


 完全にお世辞だろうが、来夏は頷いた。

 一応、ささやかな抵抗を試みてはみたが、プルウスが言うように、来夏が苦手な案件が回って来ることはもちろん、ニヴルの嫌がる蔵書に当たることだって今まで何度もあったのだ。今後も避けて通れぬ道なのだろう。

 来夏は諦めの溜め息を細く吐いてから、プルウスに頭を下げた。


「それじゃあ、失礼します。こちらの処理が終わったら報告にあがります」

「ああ、頼んだよ」

「はい」


 もう一度礼をして、来夏は少年館長の前を辞した。

 気は進まないが、早めにニヴルに伝えなければならない。

 来夏は憂鬱な気持ちを押し込めるように、咎書の入った鞄をぎゅっと握り締めた。





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