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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
拍手お礼再掲とおまけ
41/48

◆おまけ 後編



「……二人だけか?」

「あ、ああ、そうだが……」


 さっと周囲に視線を巡らせたハルディオに確認するように問われ、とりあえず頷く。

 少しばかり返事に詰まってしまったのは、ハルディオの口調に棘があったからだ。

 何か大いなる誤解を受けているような気がするのは、たぶん気のせいじゃないだろう。人目を避けるようなこんな場所で男女が二人きりともなれば、そっち方面に疑う気持ちもわからないでもない。

 ただ、そこを真っ先に疑うのは、自覚があるにせよ無いにせよ、ハルディオにとって少女がそういう対象であるからなんじゃないか、なんて邪推してしまう俺の気持ちもそう間違ってはいないはずだ。

 朴念仁なハルディオにも独占欲(もしくは嫉妬か?)らしきものなどあったんだな、とたいがい失礼なことを考えながら頭を掻いていると、ハルディオの視線が徐に細められた。……何か険が増してないか?


「こんな茂みの奥で何を――」


 言葉の途中でハルディオの視線が足元へ落ち、地面に無残な姿で散らばるリネンの上で止まった。まずい、拾い忘れていた。少女の零した血もそうだが、きっと土汚れも付いてしまっているに違いない。どこに使われているリネンかはわからないが、もう使い物にならなくなってしまっただろうか。

 暢気にそんな心配をしていた俺に、リネンから離れたハルディオの視線が少女を経由してからぐっさりと突き刺さった。


「…………」

「な、なんだっ?」


 その視線に含まれる険が思いのほか鋭く、思わず怯む。声が裏返ったとか、……喉の調子が少し悪いだけだ。


「ラス、お前……彼女に怪我を負わせたのか」

「――は? 怪我?」


 ちら、と少女に視線を流せば、咄嗟に隠し忘れたらしい左手が。少女も気づいたようで、さっき俺にして見せたように慌てて背中の後ろへ隠す。俺は天を仰ぎたい気持ちになった。彼女は何も悪くないが、今更隠しても、むしろ怪しいだけだ。おかげでハルディオの視線が痛い痛い。極彩色の衣装と同じくらいの痛さだ。

 こうなれば、事の次第を説明するしかないのだが、さて、どう説明するか。

 単純に経緯をなぞるにしても、それを聞いたハルディオがどう出るかが予想できない。少女に絡んだご令嬢方の正体を暴いて直情的に突撃すれば、問題が大きくなりかねない。そうなると、少女にとっては余計に居心地の悪いことになりそうだ。


「あーっと、これはだな」

「弁解なら必要ない。事実だけ話せ」

「あの、ハルディオさん、違うんですっ。これはラスさんの所為じゃなくて――」

「……“ラス”さん?」


 あらぬ疑いを掛けられ言いよどむ俺を庇おうと、少女が果敢にも前に出てくれる。が、ハルディオは何故か別の部分に引っかかりを覚えたらしい。俺としては、そこはできれば突っ込んでほしくない、青い春的展開を呼んだ部分なんだが……。

 あのときのむず痒さを思い出して、思わず脱力してしまう。

 というか、ハルディオのやつ、そこに引っかかったのはまさか「俺だってまだ愛称で呼ばれたことないのに!」的なあれか? そんな小さいことまで気にしているとか、これはいよいよ……。

 俺が内心で悶々と考えていることには気づかず、少女はハルディオに問い返された俺の愛称の部分は軽く流して続けた。


「はい、ラスさんは助けてくれた……じゃなくて、助けようとしてくれているところで。ええと、その、つまり、ちょっと洗濯籠が重くて、私の不注意で落としてしまってですね? 爪はそのときに籠に引っ掻けてしまっただけで……。いわばこれは自損事故……あれ? なんか意味がおかしい……?」

「…………」


 黙って少女の話を聞いているハルディオにばれないよう、俺はちらりと少女を見る。

 どうやら彼女は、ご令嬢方に絡まれた事実を隠そうとしているらしい。籠を落とした原因をごっそり省いて説明している。

 確かに、事細かに説明したところでハルディオの反応が予測できない今、面倒なことにもなりかねないのはわかる。

 だが、彼女はもともと嘘を吐くのが得意ではないのか、しどろもどろだ。

 素人目にも何かを隠していることは明らかなほど拙い説明は、疑わしい者の嘘を見抜くことも仕事のうちである俺たち騎士にはなおのこと通用しない。じっと少女の頭頂部を見つめるハルディオも、彼女の話の辻褄に不自然さを感じているはずだ。

 案の定、眉を寄せたハルディオは困惑したように突っ込んだ。


「洗濯場に向かうのにここを通ったと?」

「え? は、はい、そうです!」


 あちゃー。

 その主張には物凄く無理があるぞ。


「ここは洗濯場まで遠回りにすらならない。この茂みを抜けた先には魔術師たちの研究棟しかないからな」

「え――」


 はい、詰みました。


「あ、ああ! そうでした、あの、洗濯場へ行く前に、魔術師長様にお会いする用事が――」


 俺としては詰んだと思ったのだが、少女はまだ粘るらしい。

 魔術師たちの研究棟と聞いて、咄嗟に変態魔術師長のことを思い出したのは褒めたいところだ。でも残念ながら、それも通用しないんだよな。何故なら――


「……あの方は今日、第二王子の視察に付き添っていて、城内にはいない」

「――」


 そういうことです。

 目を見開いて固まる少女が少しばかり哀れになった。

 嘘をつけないというのは美徳でもあるが、結構厄介なものだよな。

 苦笑が漏れるのをそのままに、俺は少女の頭を軽く叩いて努力を労ってやった。


「俺から説明する」

「あ、あのでも」

「いいから。ハルディオに無関係な話じゃないし、伝えておいた方がいい」


 そう言うと、少女は肩を落として引き下がった。

 俺が懸念する『面倒な展開』以外に、少女はハルディオに心配を掛けたくないという気持ちや、彼女自身の矜持の問題でも、事実を知られたくはないのかもしれないが、この先を考えるとやはりハルディオは知っておくべきことだと俺は思う。

 ハルディオが原因の不利益を少女が被っていた、と後から知るなど、ハルディオ自身も嫌だろう。

 そう判断した俺は、極彩色の男の肩に腕を回し、少女から引き離すように押しやりながら小声で説明した。


「いいか、アレは本当に俺がやったわけじゃない。どこぞのご令嬢方に絡まれて、洗濯籠を叩き落とされて出来た怪我だよ」

「…………」


 どういうことだ、というように眉を寄せるハルディオはこういうことには疎いらしい。自分が原因の一端だと露とも思わないのは問題じゃないのか。……まあ、これだけの情報じゃわからないか。

 俺はさらにぐっとハルディオの頭を引き寄せて続けた。


「お前に自覚があるかどうかは知らんが、お前の容姿は女の目を惹く。お前の見た目に引き寄せられたご令嬢方にとって、お前と親しくなり始めている彼女は邪魔に映るんだよ。お前が一人で処理できるものでもないだろうが、何も考えずに人目のあるところで彼女に接近するのはやめておけ。間接的に、彼女を傷つけることになる」

「…………」

「関係ないやつらに行動を制限されるのは気に入らないだろうが、彼女の安全のためだ。彼女を守りたいなら、何か対策を考えないとな」


 考え込むように黙ったハルディオを確認して、俺は少女へ向き直った。


「悪い、待たせた」

「あ、い、いえ。すみません、ありがとうございます?」


 申し訳なさそうに頭を下げつつ少女が首を傾げているのは、俺が彼女に聞こえないように話したことを疑問に思ったからなんだろう。事実を話すだけなら、当事者である少女を避ける必要はない。

 だが、事実を話すことはハルディオの軽率さと自覚の無さを指摘することで、それはハルディオを気遣う少女にとっては不本意なことだろうと俺は思ったのだ。

 彼女が気負わないためにも、あまり聞かせたくなかった。

 頻りに首を捻っている彼女に苦笑しながら、俺はリネンを拾い集めて籠へ乱雑に押し込む。リネンには既に草や土がしっかり付いていて、これはやはり使えないかもしれないと思った。

 そんな内心を隠し籠を持ち上げると、少女は慌てて自分がやると追い縋ってきたが、もちろんそんなものはお断りだ。

 爪が剥がれているのにこんなものを持てるはずがない。


「おいハルディオ、お前は彼女を医療所まで連れて行ってやれ。俺は侍女長殿に事の次第を伝えておく」

「え、そ、そんな、事情説明なら私も――」

「わかった」


 慌てる少女の腕を取って強制的に連れて行くハルディオを確認して、俺もその場を後にした。



 ◆◇◆◇◆


 あれから数日経ったが、目立った出来事は何もない。

 流石のハルディオもご令嬢方を叩きに行くことはなかったようで、表向きは平穏なものだった。

 少女はハルディオから距離を取るというようなことを言っていたが、ハルディオの様子に変化は無く、そのことから判断するに、通常通りの交流を続けているのではないかと思う。俺も暇ではないので、予測でしかないのだが。

 ハルディオが自覚を持って、少女の周囲に気を遣うようになってくれたのなら、あるいはあのときの出来事も無駄ではなかったのかもしれない。


 夜勤明けでほんの少し鈍る頭でつらつらと考えながら、俺はその日、人気の少ない騎士宿舎を歩いていた。

 男所帯の騎士宿舎は、廊下までも何だか男臭い気がする。

 一応、週に一度は清掃係が手入れをしてくれているらしいが、それも男だからかあまり行き届いてはいない。

 できれば細やかな仕事をしてくれる女性に整えてほしいものなのだが、不埒な騎士が侍女を襲う事件が数度起き、それ以来、騎士宿舎は女人禁制になってしまったらしい。まったく馬鹿をしてくれたもんだ。お陰様で、騎士の出会いの場は減るばかりだ。

 廊下の隅に溜まる埃から目を背けながら、昼間でも薄暗い廊下を進む。

 見た目に清潔感は無いが、造りはしっかりしているのか、歩いていて廊下が軋むということはほとんどない。急な召集で大の男が何人も駆け抜けていくこともある廊下の床がキシリともしないというのは、大したものだと思う。


 ――カタン


 なんとはなしに耳を澄ませていたところに、小さな物音がした。

 ちょうど通りがかった部屋から聞こえたようだ。

 ごく小さな音だったが、耳を澄ませていたことに加えて足音を立てずに歩く癖があったことも相まって、俺の耳にははっきりと聞こえた。

 普通に考えれば、非番か俺と同じように夜勤明けの騎士が部屋で休んでいるんだろうと思う。

 だが、俺が通りかかった部屋は、――空き部屋だ。

 色々な理由で騎士宿舎の部屋が空くことは多く、歯抜けのように所々が空室になっているが、ここもその一つだったはず。


 ――キシッ


 まただ。

 確実に誰かいる。

 たったいま廊下の床が鳴らないことに感心していたところに、何かが軋む音が室内からした。

 騎士宿舎自体の造りは頑丈でも、備品についてはこの範疇外だ。個室のそれぞれに備え付けられている棚やベッドは、正直言ってあまりいいものではない。

 今の音は、ベッドに人が乗ったときの音によく似ていた。

 白昼堂々、侵入者だろうか。

 鍛えられた騎士たちの住処に侵入するのは一見して無謀に思えるが、上手くすれば警備の手を減らせるということもあって事例が無いわけじゃない。むしろ、前例はいくらでもある。警備が甘いわけではなく、上位を打つための布石として狙われやすいのだ。


 ――何かあってからではまずいよな。


 俺はできるだけ物音を立てないよう注意しながら、そっとドアノブに手を伸ばした。

 ゆっくりと回してみるも、鍵がかかっているようで開かない。

 空き部屋に鍵がかかっていること自体はおかしなことではないが、扉の奥からはやはり人の気配がする。

 眉を顰め逡巡した俺は、それでも早々に意を決すると腰に佩いていた剣を抜いた。


 ――ガンッ


「――っ誰かいるのか!」


 剣の柄でノブを叩き壊し、ドアを蹴り開けると同時に誰何する。

 勢い込んだというのに、そこに居た人物と目が合って、俺は頭が真っ白になった。


「――」

「……?」


 きょとん、と瞬きをする、黒い髪と瞳の華奢な少女。

 ベッドに腰掛け何か読んでいたのか、手には群青の装丁がされた本が乗せられている。


「……ラスさん?」

「――な、なんで君が?」


 お互いに呆然と呟いた。


 ――なんで彼女がこんなところに!?


 呆然とはしているが、心中は疑問符の嵐だ。

 異世界から来た少女が騎士宿舎の空き部屋にいるなんて、どう考えてもありえない。

 しかし彼女が侵入者だとして、彼女にとっては益など何も無いし、そもそも侵入してこれから何か仕掛けようとしている人間にしては、寛ぎ過ぎだ。

 俺に突入されたことに、心底驚いているような表情なのも解せない。

 ――いったいこれはどうなっているんだ……?


「――ラスティアード?」

「あ?」


 二の句が継げずにいる俺の後ろから、不思議そうに名前を呼ばれた。

 反射的に振り返ると、全身鎧でも極彩色の衣装でもない、懐かしいラフな格好の爽やかなハルディオがいた。


「あ、ああ、丁度いいところに! 何故か彼女がこんなところにいて――もしかしたら、何かに巻き込まれたのかもしれない」


 そうだ。

 事件に巻き込まれたにしては彼女の危機感のない様子は気になるが、そうとしか考えられない。

 俺が最後に彼女を見た外廊下脇の茂みでの一件から数日。彼女が消えたという情報は耳にしていないが、発見が早かった所為かもしれない。無事ならそれでいいが、犯人の目的もわからないから上にはきっちり報告しなければならない。

 ――と、不意に鼻腔を刺激する香ばしい香りがするのに俺は遅まきながら気づいた。引きよせられるように視線を下ろすと、ハルディオの手に湯気をくゆらせるスープやパンなどの軽食が乗せられた盆があるのが見えた。美味そうだ。美味そうだが――


「……それは何だ?」


 知らずごくりと唾を飲み下しながら聞いてみる。

 ハルディオは何でもないことのように答えた。


「彼女の食事だ」

「は?」


 いや待て。

 彼女の食事?

 どうしてハルディオが彼女の食事を用意している?

 ――まさか、ハルディオは彼女がここにいることを知っていたのか?


「……なあハルディオ、ここは騎士宿舎だよな?」


 慎重に尋ねれば、ハルディオは「そうだな」と首を縦に振る。


「騎士宿舎は女人禁制だったはずだが」

「そうだな」

「――えっ」


 後ろから、驚いたような声がする。彼女は知らなかったらしい。

 そして、ハルディオは女人禁制の騎士宿舎に少女がいることを知りながら放置し、それどころか食事まで与えていた。

 と、いうことは――。


「……お前が連れ込んだのか?」

「……連れ込んだという表現には異議があるが、まあ間違ってはいない」


 間違ってねぇのかよっ!!


 そう叫ばなかった俺を、誰か褒めてくれ。

 ハルディオはいったい何を考えているんだ?

 色々と、これはまずいことだとわかっているのか?

 まさか、急展開の末に二人はできちまったとか!?

 それで、まずいと知りながらこんなところで密会を――


「お前が人目のある場所で会うのは危険だと言ったんだろう。気を付けて見てみれば、確かに外は彼女にとって危険ばかりだ。騎士宿舎ならば俺もお前もいるし安全だろう。普段は鍵を掛けているから、そう簡単には他の騎士が気づくこともないだろうしな」

「えっ」

「……俺もいるしって、俺は彼女がここにいることを聞かされてないんだが。しかも彼女まで驚いているみたいなのは気のせいか?」

「ああ、そういえば理由は言っていなかったかもしれないな」

「し、しばらくここにいろ、としか言われてません!」

「そうだったかもしれない」

「…………」


 なるほど。

 よくわかった。

 これはあれだな。


 さらっと 監 禁 していたわけだな。


 俺はハルディオの手から盆を奪って少女に持たせた。

 首を傾げているハルディオを横目に腰に剣と同じく常備している縄を取り外す。

 何をされるのか理解していないハルディオを無視して、淡々とやつの両手を縛りあげた俺は、近くの信頼できる騎士に少女が食事を終えたら侍女長のもとへ送り届けるように頼み、ハルディオを引き摺って俺の部屋を目指した。


 ちょうどいいことに俺は夜勤明けで明日の朝まで非番だ。


 寝る間も惜しんで説教してやる。


 ハルディオの予定?


 知らん。


 頑丈な硬い床に正座で一日説教だ。喜べ。






ぶっとんでるのは格好だけじゃありませんでした。



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