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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
拍手お礼再掲とおまけ
36/48

◇拍手お礼ss 【糧召喚】


【とある日常】


(ロード、仕事は)

「……さてな」


 心の声はきちんと届いている。なのに、何のことだと言わんばかりの態度。

 ソファにごろりと横になり、怠惰なことこの上ない様子で金の瞳を細める。まるで、他に脅かされることのない猫科の猛獣が木陰で寛いでいるかのような気怠さと優美さが漂っている。

 那由はそんなローディハイを見下ろしながら、大きく溜息を吐いた。


(仕事はしなきゃ駄目なんじゃないの)

「……」


 ローディハイは魔界における将軍職についている。

 魔界と言っても阿鼻叫喚の地獄絵図な世界ではなく、今は強大な力を有しながら平和主義である変わった魔王の下、血気盛んな魔物や魔族たちも平定され、実に静かな世が広がっているのだ。

 そんな中での将軍職など、大した仕事はないと言ってもいい。

 ローディハイの現在の主な仕事と言えば、魔王城の警備統括や己が領地の管理などである。

 しかしローディハイはこれをよくサボった。

 出仕したかと思えば大抵は幾ばくも経たないうちに屋敷に帰って来て、日がな一日、暇を持て余す那由を眺めている。

 そう、眺めているのだ。

 那由は暇をしているにも関わらず、相手をするかと思えば黙って那由がぼーっとしているのを眺めていたり、眠くも無いのに那由を抱えて眠ろうとする。

 そんなローディハイは那由にとっては何の役にも立たない――それどころかある意味邪魔な存在ですらあった。


 今回仕事をサボって帰宅したローディハイのとった行動は後者で、那由を抱えて優雅にもソファで午睡中だ。


(ロード。仕事)

「……」


 元来真面目な性格である那由は、やらなければならない仕事を放棄していると思うと、それがたとえ自分でなかったとしても気になるってしまう。

 これがまったく関係のない人間だったり、たいして親しくもない相手ならば那由だって完全なおせっかいとわかる指摘はしない。あとで困るのはその人自身であるから、どうでもいい。

 しかし、親しくはなくとも遠慮などしたいとも思わないローディハイが相手であるなら別だ。

 それに、自分の身を守るためとはいえ、那由自身はほとんど自由に外出もできないでいるというのに、外に出られるローディハイがわざわざ屋敷に戻ってくるというのが気に食わない。たんなる僻みと言ってしまえばそれまでだが。

 那由は反応を示さないローディハイに抗議を込めて身を捩るが、しっかり腰に腕を回されていて抜け出せない。

 それでも一切眠くない那由は暇つぶしを探しにも行きたかったため、不興を買う覚悟でローディハイの微睡みを邪魔するように話しかけ続けた。


(ロード!)

「……エンリケニアがやっている」


 しつこく呼びかければ、随分と端的な言葉が返ってきた。だがこの短く吐き出される言葉の意味を捉えるのも慣れてしまった。

 つまり、ローディハイは己の仕事を家令であるエンリケニアに押し付けてきたらしい。

 呼び名に“家”とついてはいるが、家令の仕事は屋敷の中だけにとどまらない。軍部の仕事は別だが、領地に関してならばローディハイに近い権限を持っている。側近と言った方がしっくりくるかもしれない。

 ローディハイがエンリケニアに仕事を丸投げするのは稀なことでもなんでもないが、今回のそれは以前エンリケニアが独断で決めたメイドの件の仕返しのようだ。執事のクウィデアが早々にローディハイを連れ戻しに来ないのがその証拠だろう。

 エンリケニアも、メイドの件では必要なこととはいえ、騙し討ちのように事を推し進めたため、最近ではローディハイの多少の横暴ならば受け入れる態勢にあるらしい。

 エンリケニアが許容しているなら、那由には口を出せない。那由はあくまで肩身の狭い居候だ。ローディハイに対しては肩身を狭く感じているなどと悟らせはしないが。


(……)

「諦めろ」


 何も言えなくなった那由を追い打つようなローディハイの言葉。

 那由は盛大に嘆息した。

 梃子でも動かぬ様子のローディハイを見、脱力する。

 本当に自己中心的な男だ。

 したいことをしたいようにしかしない。

 相手の状況は考えない。

 気持ちも丸ごと無視。

 それを“らしい”と感じ始めている那由は、そろそろ毒され始めているようでゾッとした。


 いつか死ぬほど顎で扱き使ってやる。


 那由は絶対に叶わないであろう願いを抱きながら、ぱったりと上体を倒した。

 ローディハイの上に容赦なく体重を掛けながら、ちらりと上を見上げる。

 全く堪えた様子のないローディハイはもはや眠りについているのかもしれない。長い睫毛が伏せられていた。胸が大きく規則的に上下していて、唇がほんの微かに開いている。

 目と鼻の先には奇麗に浮き出た喉仏。


 ――コレを突いたら女の私でも魔族をヤれるだろうか。


 那由が物騒なことを考えたとき、眠っていると思っていたローディハイの腕が上がり、目元をぼすりと覆われた。

 顔全部を覆いそうな大きな手。

 覆われた瞼から脳に甘い痺れが走り、次いで急激な睡魔に襲われる。


 ……このやろうっ、魔力を使うなんて卑怯だ!


 強制的に齎された眠気に抗う術はなく、那由はもう逆らうのも面倒で、素直に脳を蕩かす魔力に身を委ねた。





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