◆拍手お礼ss 【人違い】
拍手に載せていたものに少し手を加えました。
内容は変わっていませんが、文章量が倍以上になっています。(冗長。
【後日談 超短編】
「おやシュイちゃん、今日もエダリオンのお遣いかい?」
「はい、いつものを」
「はいよ、働き者にはオマケもね! あとで後ろの色男と一緒に食べな」
そう言って良い笑顔とともに渡された、橙色の皮の果物が二つ。
オマケは嬉しいけど、何だか微妙な……いや、多大な誤解をされているような気がする。深く突っ込まれたり、からかわれたりしなかっただけ良しとするべきなんだろうか。
困惑しながらそっと後ろを見やれば、私の視線に気づいた月色の瞳の彼が慎ましやかに微笑んだ。
お世話になっている家のご主人に頼まれた物を買出しに来たのはいいけど、まるで護衛騎士みたいに私のあとをついてくる彼には正直、困惑を隠せない。
どう見ても護衛なんて雇うような身分の人間には見えない私が、どう見ても腕の立ちそうな、加えて見目も良ければ品もいい彼を引き連れて庶民の台所を歩く姿は、さぞ不釣り合いで滑稽だろう。なんて、ちょっと卑屈なことまで考えてしまう。
まあ、エダリオンさんにお遣いを頼まれたとき、私を訪ねて来ていた彼が同行を希望したのを、きちんと断りきれなかった私が悪いんだけど……。
いや、私は断ろうとしたんだ。彼が市場へついて来たらどうなるかなんて火を見るより明らかだったし、何より私はまだ彼との距離を測りかねていたから。
それなのに――。
ああ、もう! あのときのことを思い出すと、なんとも言えない脱力感が襲ってくるから、思い出したくない。
ただ一つ言えるのは、彼が、表情や態度から滲み出されている雰囲気ほどには控えめでも従順でもない、ってことだ。
「守維、そちらも私が」
「え、あ、いえこれは――」
「……」
「……」
「……」
「……お願いします」
「はい」
もう何度こんなやり取りを繰り返しただろう。
一通り揃えた荷物は全部彼が持ってくれている。
お遣いを頼まれたのは私だし荷物だって私が持つのが当然なのに、彼はそれを許してくれない。私が固辞すると、彼は決まってこれでもかと眉尻を下げる。そんな困ったような顔をされたら、なんだか私の方が我儘を言っているような気分になるわけで。仕方なくお願いすれば、彼はほっとしたように優しい笑みを浮かべるのだ。
私は別に彼を困らせたいわけじゃないし、邪険にしたいわけでもない。それをするには、あまりに彼が紳士的過ぎた。
だけどこの、紳士的だけどやんわり押し切られている感じが妙に釈然としなくて……。
なんだろう、据わりが悪いというか、真綿で包まれて心地いいと油断していたら、徐々にぐるんぐるんに締め上げらてしまいそうな、そんな嫌な予感がするというか……。
実は、こんなことはもう随分と続いている。
あの日――彼に路地裏に追い詰められた日以来、彼は決して声を荒げないし、私に不用意に触れてくることも無い。だけどその代わり、控えめな笑みと柔らかな物腰で、けれど強行に私の側をついて回るようになった。もちろん毎日ではないけど、三日と空けずに顔を見せているんだから、結構な頻度だと思う。
王都からこの町までは馬でも半日はかかる。神殿の騎士を務めていた彼が頻繁に私に会いに来るのは、何も仕事をサボっているわけじゃない。サボるのとどっちが悪いかはわからないけど、どうやら彼は神殿騎士を辞めてしまったらしい。騎士と言えばこの町でも羨望の対象だというのに……。
その上、王都からこんな辺鄙(と言っては町の人に失礼だけど)な町に引っ越しまでしてしまったんだから、私はますます彼へどんな態度で接したらいいかわからなくなる。
ここまでする理由って、いったい何なんだろう。
「あの、……食べますか?」
「――ええ、いただきます」
逡巡して、橙色の果物を一つ、差し出してみる。
そっと微笑む彼が、どうしてこんなに私に拘るのか。
いまだ人違いだという可能性を考えてももらえず、もう一度それを話題に出せばまた彼があのときのように不安定になりそうで。
あれからずっと、私はただ曖昧に彼に笑いかけることしかできないでいる――。




