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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
本編的断片
26/48

◆混沌の細工師? 中編



 ちりん――。


 耳障りだと言われた羽音に注意しながら、静かにレイの前に移動する。

 本気で作業に集中し始めれば何をしてもレイは気づかないと思うんだけど、一応、気を遣ってね。

 今もレイは、到底飴とは思えない怪しい色の塊に繊細な細工を施しているようで、目の前に降り立ったあたしの方なんてちらりとも見ない。

 だからあたしは、ここぞとばかりにレイをこっそり観察してみることにした。

 何をいまさら、って思うかもしれないけど、この工房で生まれて半月、あたしはホラーで危険なこの場所に慣れるのが精一杯で、レイのことをじっくり観察する暇なんてなかったのだ。


 そうだ、思い返せば、最初は本当にこの工房は地獄かと思ったんだった。あたしはホラーが苦手だっていうのに、どうしてこんな怪しげな場所に生まれ変わっちゃったんだろう、って何度逃げ出そうと思ったか。

 だけど、生まれて一週間ほどは何故か工房から外に出られなくて。逃げるに逃げられなかったんだよね。工房から出られないと知ったときのあたしは、たぶん半狂乱だった気がする。叫ぶあたしにレイがぶち切れて、危うく叩き潰されそうになったことで正気に戻ったけど。

 ホラーな飴細工たちに囲まれ、戦々恐々としながら日々を過ごして、最近になってやっとレイの家の中だけなら動き回れるようになったんだけど、まだ家の外には出られないでいる。

 工房から出られるようになって色々見て回ったことでわかったのは、レイの家はどこも工房と同じく薄暗いってこと。工房から出れば平気なんじゃないか、って思ったあたしは甘かった、ってことだ。

 ただ、工房の外の窓は工房内のそれとは違って暗幕が引かれているわけではないから、昼間になればある程度は日が差すみたいで、それが少しだけ救いだった。

 ……いや、やっぱり全然救いじゃないかも。

 だって、日の入り方が微妙だから全体の不気味さは変わらないんだもん。

 廊下にある燭台は何かわけのわからない生き物がモチーフになっていて、少ない日の光を集めて目が怪しく光っているし、廊下の隅に目的不明で置いてある置物は、夕方になると薄暗い廊下に影を伸ばす。しかもそれがちょうど、廊下を歩く人を覗き込んでいるようにも見えて……。

 日があるうちでもそうなんだから、夜なんてもっと恐ろしい。

 昼間に光っていた燭台の目は夜になって陰鬱さを増すし、どんな仕掛けかわからないけど廊下を通る動きに合わせて追って来るように感じる。加えて、燭台の明かりを受けて廊下に伸びる置物の影は、蝋燭の揺らめきのお陰で踊り狂っているみたいになる、っていう。

 なんか色々、どう考えても人を脅かすために作られているんじゃないかと思ってしまうんだよね。

 こんなホラーハウスにどうしてレイは住んでいられるのか、あたしには到底理解できない。だけど好きな人は好きなのかもしれない。やっぱり好みって人それぞれだし。だから、突然生まれただけのあたしなんかがレイの好みに口出す権利は無いんだろう、ってことも理解してるつもり。

 つもり、なんだけど……。

 よくわからないのは、レイが本当にこのホラーハウスを好きかどうか、なんだよね。

 確かにレイは、外から帰って来ると安息の地に辿り着いたみたいにホッと安堵の吐息を漏らしているときがある。でも、暫く外出をしないでいるとまるで呼吸がしづらくなったみたいに青い顔でふらりと出て行き、しばらくすると顔色を戻して帰ってくる、なんてこともある。

 それだけなら空気の悪さの所為だとか工房以外をあまり掃除しないからだとか思えるんだけど、レイはたまに、工房やお店に並べられた作品を自分で作ったものだっていうのに、今にも叩き壊しそうなほど暗い目で睨んでいるときがあるんだ。

 そんなときは、よくわからなくなる。レイは本当にこの工房の雰囲気とか、暗黒な飴細工を好きで作ってるのかな、って。

 だから、作業中のレイをじっくり観察してみたくなったんだ。


 見つめる先で作業を続けるレイは、パチリパチリと小気味いい音を立てて暗い色の飴の塊から何かを切り出している。次いで細い棒のようなもので模様を刻み始めた。数ミリ単位の指先作業だけど、レイの手は絶対に迷ったりしない。作りながらデザインを考えるようでは飴が直ぐに固まっちゃうから、躊躇なんてしていられないんだろうな。

 手元を見据える翡翠の瞳はとても真剣で、瞬きすらほとんどしない。

 長い黒髪は一つに結わわれているけど結び方が緩すぎるのか両サイドが顔に掛かってしまっていて、随分視界が悪そうだ。長いローブのような黒い衣装も手元を邪魔しているような気がする。気にならないのかな?

 疑問に思ったけど、レイは気にしたふうもなく次々に暗黒な飴に細工を施していく。

 好きとか嫌いとか以前に、無心に作っている、っていうのが正しいのかもしれないと思った。

 薄い唇はきつく引き結ばれていて、見ていてなんだかこっちの方が緊張してきちゃう感じだ。

 レイって、……なんて言うのかな、見た目はたぶん、小説やアニメに出てくる二流脇役のような顔だと思う。ちょっと薄幸そうで、かつ意地悪そう、みたいな。……うん、すっごく失礼なことを言ってるのはわかってるの。でも客観的に見てね? 自分のことを棚に上げて、事実だけを分析するとね? ……どう言い訳しても失礼だね、うん。ごめんなさい。

 でも黒髪は決して艶やかなわけではないし、伸ばしっぱなしでセンター分けにしているからかなり野暮ったく見える。目は切れ長というよりは狐のように細く、一重に見える奥二重が鋭さを強調している気がする。鼻は高いし筋も通っているけど、その筋が細めでどこか神経質そうな印象を受けるんだよね。薄い唇もまた取っ付き難さに拍車を掛けているような……。

 もっとこう、血色の悪い顔色をなんとかして髪の毛もばっさりいっちゃって整えれば、ずっと爽やかになると思うんだけどなあ。なんとなく、この陰鬱さが全てを台無しにしている気がしてならない。

 飴細工を作っているときの表情はなんとなく鬼気迫るような気迫を感じて、たまに格好いいな、なんて思っちゃったりするのにな。


 …………。


 いやいやいや! 好きとか、そんなんじゃ全然ないんだけど、ほら、何かを真剣に取り組んでいる人って、問答無用で素敵に見えるときがあるでしょ!? うん、それ! そんな感じ!!

 って、必死すぎて逆におかしいね。この話題はもうやめとこ!



 ――カンカンカンッ


「――っ!!」


 突然、工房の外から硬質な音がして、おかしなことを考えていたあたしはびっくりして思わず飛び跳ねてしまった。


「――チッ」


 激しい舌打ちはレイからだ。折角集中していたのに、結構な大きさの音で集中力が切れてしまったのかもしれない。

 静かにしていたあたしの気遣いも台無しで、レイは手にしていた作りかけの飴細工を作業台の脇の屑籠へ投げ捨ててしまった。すごく勿体無い、と思うけど、実はこれも使い道はあるらしい。だからと言って遠慮なく投げていいものでもないとは思うんだけどね。


 ――カカンッ


 催促するようにまたドアノッカーが鳴らされて、イラついたらしいレイが鋭く工房のドアを睨みつけた。顔が般若みたいですっごく怖い!


「今出るッ! ……くそっ、時間を選べと言っているのに」


 後半を小声で吐き捨てるように言うと、レイはフードを被ってから工房の出入り口に向かった。私も慌ててその後を追う。

 ドアノッカーを鳴らすってことは、訪問者は裏口にいるんだと思う。レイのお店は夜間営業だから、まだお昼を過ぎたくらいのこの時間なら当然だ。

 だけど、積極的に人付き合いをしているとはとても思えないレイに会いに来る人ってどんな人なんだろう、ってすごく気になった。

 しかも、レイの口ぶりからすると、それなりに面識のある人だと思われる。

 いっそレイに聞いてみようかと思ったけど、今の不機嫌なレイから聞き出せるとも思えないので、こっそりレイの後ろをついていくことにした。



 ――で、短い廊下を抜けてあっという間に裏口へ到着。

 レイが開錠した途端、扉が勢いよく外側に引っ張られた。


「おう! 久しぶりだな、イレイズ。出てくるのがおっせぇよ!」

「――――」


 あたしは思わず大口を開けたまま来訪者を凝視してしまった。

 だって――、


「文句を言うな! いつもこの時間は作業中だから来るなと言っているだろう!」

「はっはっはっ! 俺もいつも言ってるだろ? 夜は女と子供の相手で忙しいって!」

「そんなの僕には関係ない。大体、港ごとに妻子がいるようなやつがいい旦那面したって無理があるんだ。情など持たず傍若無人に動くのが海賊だろ!」


(やっぱり海賊――!!??)






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