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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
本編的断片
17/48

◇異世界で復讐劇? 後編




 「空の警備は手薄だな」

 「!」


 突如バルコニーから響いた重低音に、カイファスは跳ね起きるようにソファから立ち上がり、懐の短剣に手を伸ばす。

 バルコニーには一羽の大きな鳥がとまっていた。鷹に似たその大鳥は焦げ茶の艶やか翼を持ち、威風堂々と手すりに鎮座している。鼻筋から首の後ろに掛けての鬣のようなアッシュグレイの羽が王者の風格を思わせた。

 しかしその姿を見せていたのも一瞬で、瞬く間に大鳥の姿は溶け、徐々に人型をとっていく。数秒もしないうちに靄は一人の男の姿を形作った。と同時に、鋭い金の瞳がカイファスを射抜く。

 変態を遂げた男を見て、カイファスは得物を構えるべきか躊躇した。

 姿を現したのは忌まわしき魔族の男。カイファスは数日前に再会した柚葉の言葉を思い出したのだ。

 命が繋がっているということがどういうことなのか、微細を知らない。傷つけるだけで柚葉に影響を及ぼすのか、命さえ奪わなければ柚葉も無事であるのか。

 もちろん調べてはいたが、いまだ正確な情報を得られていないのだ。

 カイファスの迷いを感じ取ったように、魔族の男が口を開いた。


 「抜いてもいいが、勧めはしない。柚葉が言ったことは事実だ」


 筋肉の隆起した太い腕を組み、バルコニーの手すりに寄りかかる男は目の前で柚葉を連れ去った魔族の男に間違いない。この国で人型の魔族など目にすることはほぼ皆無と言ってよく、間違いようがなかった。柚葉の名が挙がったことからも明らかだ。

 しかし、わかっていても、男は柚葉とともに居たときとはあまりに雰囲気が違いすぎて、カイファスは微かに戸惑う。

 柚葉に甘えるようにして擦りより、ともすれば微睡むような空気さえ放っていた男は、今や暗雲も落とすほどの重く不穏な空気を纏い、獲物を前にした猛禽よりもなお炯々《けいけい》たる眼光でカイファスを睨み据えている。

 剥き出しの上半身は強靭な筋肉に鎧われ、その肌色も相俟って鋼のように見える。両の肩口や胸元に施された銀の刺青が異様さを放ち、獲物を品定めするように自在に収縮する瞳孔がヒトではないことを知らせる。

 両の上腕に嵌められた腕輪は鈍い金で同色の細い紐のような装飾が幾筋も腕輪から垂れ下がっているが、上半身に身につけているものといえばそれだけだった。

 相手は完全に丸腰だというのに、全身に刃を突きつけられているような気がするのはどういうわけだろうか。

 この国の次代を統べるはずだというのに、カイファスは目の前の男に完全に圧倒されていた。

 背筋を冷たい雫が伝っていく。

 その軌跡が見えたわけでもないだろうに、バルナスはフンと小さく鼻を鳴らし、白けた様子で金目を眇めた。


 「柚葉のかつてのつがいは随分と不甲斐無いらしい」

 「っ! な、…んだと! ……っ」


 挑発するような言葉に咄嗟に声を荒げ、カイファスは慌てて言葉を飲みこむ。舌打ちしたいのを寸でのところで堪えた。

 しかしカイファスの様子など気にした風も無く、バルナスは続ける。


 「貴様は何もわかっていない。柚葉のことも、この脆弱な国のことも、――貴様自身のことも」

 「……何が言いたい」


 地を這うような声で問う。それでもバルナスの腹の底に響くような声には敵わなかったが、カイファスの出せる一等低く、硬い声だった。


 「そのままの意味だ。柚葉は流れに身を任せた自分も悪いと思っているようだが、貴様も同じということだ。……いや、気づいた柚葉よりもいまだ気づかぬ貴様の方が余程愚かだろうな。流れの中で掴むべき藁も逃した」

 「……」


 理解し難い言葉にカイファスは眉を寄せ、しかし反駁の言葉を飲みこむ。魔族の言葉など、真面目に聞くものではないと頭のどこかで警告音が鳴っていた。惑わされるな、冷静になれ、と胸のうちで繰り返す。

 男は威圧的な雰囲気とは裏腹にゆったりとした様子で、バルコニーから動く気配もない。

 だがカイファスは警戒を怠らず、懐の短剣からも手を離すことなくバルナスを見据え続けた。

 柚葉のことを考えればカイファスはバルナスを傷つけられない。しかし逆は可能だ。バルナスはカイファスを傷つけることができるのだ。それも、いとも容易く。

 悔しくともそれが事実であるから、敵わないと本能が告げていても短剣から手を引けない。

 いざとなれば、柚葉の命よりも己の命を優先する。簡単に殺されるわけにはいかなかった。

 カイファスは次代の国王であり、民を守り育んでいく立場にある。誰よりもそれに相応しい教育と素養を身につけてきた。

 硬く口を噤み緊張を漲らせるカイファスを見、魔族は研ぎ澄まされた金の瞳を細める。嘲るのでも呆れるのでもない視線は、淡々とカイファスを観察していた。


 「そう警戒せずとも殺しに来たのではない。柚葉の望みはそんなものではないからな」

 「……では何だと言う」


 その問いは前者に対してか、後者に対してか。

 カイファス自身さえも判断できなかったが、バルナスは後者についてのみ口にした。


 「さて。それは貴様が己の目で確かめればよい。我が教える筋合いはない。ただ、……そうだな。柚葉はどこまでいっても柚葉だ」


 そう言ったバルナスの金の瞳は柚葉の影を追うように僅かに優しさを含んで細められる。

 カイファスはそれを苦い気持ちで見つめた。


 「柚葉の言葉に嘘はない。彼女が言った通り、彼女の復讐は復讐であり、国のためでもあるのだろう」

 「…………」

 「――しかしそれでは生温い!」

 「っ!!」


 突如部屋中に吹き荒れる風に、カイファスは必死で足を踏ん張った。舞い飛ぶ書類や書物、その他の小物を避けるために顔を腕で庇ったが、直ぐに突風はおさまった。


 「貴様らが柚葉にしてきた仕打ち、ひと時たりとも忘れるな。柚葉の嘆きと我の怒りは別のところにある。それを心して過ごすがいい」


 そうして街でのときと同じよう、一陣の風を残して一人の魔族は姿を消した。

 後には荒れた室内とそれ以上に荒れ狂う感情に翻弄される、一人の愚かな男だけが残された。





 ◆◆◆◆◆



 ――カタン


 小さな音がして、疑問に思う間もなく腰にぎゅうと何かが巻きついた。

 香草を使ったスープの味見をしようとしていた手を止め、見下ろせば腰もとにアッシュグレイの丸い頭があった。


 「バルナス」

 「……」


 呼べば金の瞳が嬉しそうに柚葉を見上げた。


 「おかえりなさい」


 頭を撫でると更に顔を蕩けさせて、ぎゅうと再び柚葉の腰もとに顔を埋める。

 バルナスはいま、八歳ほどの少年の姿をとっていた。

 本来は屈強な二メートルもある魔族の男のバルナスだが、家で動き回る際には基本的に少年の姿をとる。小さな方が狭い部屋では動き易いからだ。

 バルナスの気分次第では十歳や十五歳程度になることもあるし、人型を取らずに鳥の姿で過ごすこともある。成鳥になってからはそれが可能だった。

 彼は今、八歳の気分らしい。


 柚葉が始めてバルナスの人型を見たときは五~六歳程度の姿だった。

 薬草店から帰宅すると雛鳥の姿が消え、代わりに腰に抱きついてきた見知らぬ少年に驚愕したものだ。

 金の瞳を見て、何故か柚葉には直ぐに彼が雛鳥の変化した姿だとわかった。肌の色は人にあらざるものだったが、不思議と恐怖は感じなかった。

 ただ半信半疑のまま『ひーちゃん?』と呼びかけたのだが、少年は嬉しそうに頷いた後に少し困ったように眉尻を下げ、頭を振って『バルナス』と訂正してきた。雛鳥の鳴き声から安易につけた呼び名は流石に気に入らなかったのかと思ったが、本来の名前が“バルナス”というらしかった。

 名前があることを考えるとやはり刷り込みの時期は過ぎていたはずなのに、バルナスが何故柚葉を親鳥のように慕うのか。柚葉にはわからなかったが、それから柚葉の鳥と時々少年との日々は始まった。


 子育てのような位置からスタートしたため、柚葉にはいまだにバルナスを幼い少年として扱ってしまうときがある。彼はとっくに成鳥だというのに。

 バルナスとて甘えるために少年の姿をとる癖に、柚葉があまり子供扱いをすると拗ねたように鳥の姿をとって口を利かなくなることがある。あるいは家の中でも時折青年の姿をとって見せる。まるで本来の姿を忘れるなとでも言うように。

 しかし頭二つ分も背の高いバルナスを見て、柚葉はどちらかというと、随分大きくなったなあ、と子の成長を喜ぶ親のように感慨に耽ってしまう。たとえとっくに親子の関係などではなくなっているとしても。


 ちなみにいえば、バルナスは鳥の姿でも大きさは自由自在だ。手の平サイズの小鳥になることも出来れば、鶏サイズになることもできる。

 ただ、人型のときとは違い、鳥の場合はどれも成鳥の姿で大きさだけが変化する。小鳥サイズと言っても見た目は猛禽だった。それを見たときに、『小さいときは小鳥の方が可愛いのに…』とポツリと言ったのが聞こえたのか、その後数日バルナスがどんよりと落ち込んでしまい、柚葉は彼の機嫌を立て直すのに苦労した。

 以来柚葉は、バルナスのどの姿も可愛い、大好きと褒め倒すことにしている。

 実際、子供姿のバルナスは可愛いし、どんなサイズの鳥姿もふわふわで大好きだ。


 八歳ほどのバルナスを腰に貼り付けたまま柚葉はスープの支度を済ませたが、それ以上は流石に身動きが取れず、バルナスの頭をひと撫でして声を掛けた。


 「ご飯できたから、お皿を出してくれる?」

 「……わかった」


 渋々柚葉から離れたバルナスに笑みが零れる。無心の愛情が嬉しかった。


 食事の準備が終わって席につくと、目を煌かせてスープを口に運ぶバルナスを見ながら柚葉は気になっていたことを尋ねた。


 「そういえば、さっきはどこへ行っていたの?」


 成鳥になってからバルナスはときどき家を抜け出すことがある。

 薬草店のお昼休みに柚葉が一度家に戻ることを知っているため、その時間には必ず姿を現すのであまり気にはしていないのだが、今日は少し帰りが遅かったのだ。普段なら柚葉が食事を作っている後姿をじっと見つめているのに。

 柚葉が首を傾げていると、バルナスはスプーンを口に運ぶ手を止めて柚葉を見た。金の瞳が爛々として見えたのは気のせいだろうか。バルナスは直ぐに視線をスープに戻し、素っ気無い口調で呟いた。


 「兎の様子を見てきた」

 「……兎?」

 「ぶるぶる震えていたので可愛かったぞ」


 微かに唇の端が上がったのに気づかず、柚葉は眉尻を下げた。


 「……生で食べちゃだめだよ?」

 「食べはしない。己を虎と勘違いしているようだから身の程を知らせてやるのだ」

 「……?」


 そんな兎がいるのだろうかと、柚葉は疑問符を乱舞させてさらに首を傾げた。


 「其奴は他にも思い違いが多い。我が教えてやろうと思ってな」

 「……そっか」


 偶に柚葉には到底理解できないことを言うバルナスを前に、柚葉は頷くことで話を終わらせることにした。

 バルナスが柚葉に理解できないように話すということは、柚葉に理解して欲しいともするべきとも思っていない事柄だということだ。

 柚葉が本当に知りたいと思うことや、知っておいた方がいいことは決して隠さないのがバルナスである。ならば今回の話題は追究せずともよいということだと柚葉は受け取った。


 それからはまた穏やかな食事が始まった。






こちらはここでひとまず終了です。

『復讐劇?』はネタバレをふんだんに含んだ断片集になった気がします。

もちろんまだ謎な部分とか、省いた部分とかもたくさんあるんですが。

もふもふと戯れる様子が書けなかったのが少し心残りです。柚葉は眠るときは鳥バージョンのバルナスのお腹の下で寝ています。暖かいんだぜ。リアル羽毛。

『復讐劇?』はカイファスと柚葉の過去の関係で、連載にするとしたらR18じゃないと駄目なのかなあ、とか思っています。どうなんだろう?



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