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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
本編的断片
16/48

◇異世界で復讐劇? 中編 その二




 「バルナス」


 腰に巻きつく逞しい腕の持ち主が誰なのか、柚葉には直ぐにわかった。

 柚葉が今一番に側にいて欲しいと願う者。

 一緒に過ごしたのはカイファスよりもずっと短い間でしかないのに、何より、誰より信頼している。全てを預けてもいいと思える者。

 見上げると思った通り、頭二つ分近く上から猛禽のような鋭い金の瞳が柚葉を見下ろしていた。

 バルナスと呼ばれた有翼の男が降り立った拍子に、地面に散ったソルエやヨティツェが吹き飛ばされ、あるいは踏み潰されたのを視界の端に、柚葉は小さく吐息を零した。

 柚葉よりも高い体温に包まれ、安堵感が全身の力を抜いていく。波立っていた気持ちも冷静さを取り戻した。

 存在が側にあるというだけで、何も恐ろしいことなどないと思える。過去の憤りも遺物として胸の奥に沈めることができた。


 柚葉が筋肉質な胸板にそっと手を添えると、バルナスの鋭かった瞳が幾分和らいだ。

 額に頬を摺り寄せられる。何処か幼いその仕種は肉食を思わせる彼の大きな体躯には不釣合いだ。だがそれも柚葉には可愛く思える。

 柚葉が胸に身体を預けると、腰に巻きつくバルナスの腕がぎゅうと狭まった。


 「――魔族……!」


 柚葉とバルナスの甘い雰囲気は、カイファスの硬い声により打ち壊された。

 身を低くし腰の剣に手を掛けるカイファスを、ぎろりと不機嫌そうな灼熱の金が睨み据える。

 一気に張り詰めた空気を打ち破るよう声を上げたのは柚葉だった。


 「カイファス、剣を抜かないで。この人を傷つけるのは国を傷つけることと同じです」

 「何を馬鹿な! 其奴は魔族だろう!?」

 「うん。でも、わたしと命が繋がってる」

 「な……っ!」

 「……」


 それは柚葉がこれまでに必死で考えた、唯一カイファスたちに対抗し得る手段だった。


 城で過ごした日々の半分近くが苦痛と隣り合わせだった。

 愛した人の不貞を何度となく見せ付けられ、相手の女の蔑みに晒され。終いには全てが嘘だったと知った。

 カイファスからの愛も、王や臣下たちからの厚意も、それまで聞かされていたこの世界での自分の存在意義も。

 全てを明らかにする彼らの話を聞いたのは、ほんの偶然だった。

 柚葉が召喚されて二年、カイファスと結婚してからもすでに一年以上が経過していた頃で、彼らも油断していたのだろう。柚葉が侍女から離れ、内庭を歩いているとき、風に乗って頭上の部屋の窓から声が洩れ聞こえてきたのだ。

 途切れがちではあったが、大体の内容は理解できた。

 柚葉が見て感じていたもののほとんどがまやかしであったということだ。


 それからはとにかく塞ぎこむ日々が続いた。

 毎日が地獄のようで、突然見知らぬ世界に放り出された当初よりも余程ひどい精神状態だったように思う。

 けれど、嘘が露見しているとも知らず何度も見舞いに訪れる優しい男の仮面を被ったカイファスや彼の臣下たちを見ていて、ただ流され嘆くだけだった柚葉の心境にも変化は訪れる。

 このままでは駄目だと。

 悲しみに沈むだけでは何も変わらず、利用され続けるだけだと気づいた。

 甘言に浸っていた自分も悪いのだと必死に自身に言い聞かせ、柚葉は決意する。

 城を出ようと――。


 「魔族と命を繋げるなど……! 貴様、ユズハに何をした!」

 「……」


 カイファスは剣の柄から手を離すことはなく、厳しくバルナスを睥睨する。

 バルナスは柚葉をさらに抱き寄せ、額に唇を寄せたままカイファスに向ける鋭い目を眇めた。


 「何も」


 それだけ言うと、また柚葉の頭に頬を摺り寄せる。目の前で身構える相手にはもう興味を失ったとでもいうようだった。

 射るようなカイファスの視線など物ともせず、バルナスは柚葉を腕に抱き上げ、柚葉のお腹の辺りに顔を埋める。鼻を押し付けるようにされ、くすぐったさに笑みが零れそうになるのを柚葉は必死で堪えた。ここで笑ってしまうのは、流石に場にそぐわないだろう。

 怒気を立ち上らせたままのカイファスに向かい、柚葉はゆっくりと口を開く。


 「ねえ、カイファス。わたし、決めたの」

 「……」


 腹にぴたりとくっつくアッシュグレイの髪を撫でながら、柚葉は凪いだ声で言った。ほんの少し唇の端が上がってしまうのは抑えられなかった。

 カイファスは見たこともないほど穏やかな様子の柚葉を見て口を噤み、厳しい視線はそのままに先を促す。


 「わたし、あなたに……国に復讐する」

 「なっ……にを……!」


 明日は雨が降るらしい。

 そんな日常の会話のように何気ない口調で告げられた言葉は、重い衝撃でもってカイファスへ届いた。

 柚葉にべったりと張り付く魔族といい、一体この二年足らずの間に柚葉に何が起こったのか。カイファスは理解できずにいた。

 己の境遇に嘆き頼りなく揺れる黒の瞳も、憂いを含んだ笑みも、カイファスの知る柚葉のそんな様子は今は微塵も感じられない。

 そうだ、カイファスの姿を見れば嬉しそうに顔を綻ばせるあの笑顔もまだ目にしていないではないか。

 そう気づいて、カイファスはぐるりと胸をかき回されたような嫌な感覚を味わった。

 カイファスの言葉にただ頷くだけだったはずの少女は今その瞳に意思を宿らせ、自分以外の男の腕の中で安心しきった表情を見せている。いや、それどころか自分に反旗を翻しているのだ。

 想像だにしていない光景だった。


 二の句が告げないカイファスを見て、柚葉は笑いたくなる。

 カイファスの様子を見ればやはり、彼にとって柚葉の気持ちなどはどうでもよかったのだと思えてならない。

 もっと柚葉の変化に気を回し、柚葉の考えていることを理解しようとしていれば、柚葉ごときが巡らせる計画など直ぐに気づけただろうし、頓挫させられただろうに。

 カイファスたちはきっと自分達の嘘を隠すのに必死で、柚葉の嘘には気づけなかったのだ。

 全ての発覚から数ヶ月後、柚葉は一人王宮を出るために準備を重ねていた。表面上は何も知らない振りを通し、変わらずカイファスへ信頼と恋慕を示していた。

 あまり上手くない演技が通用したのは、偏にカイファスらの油断のお陰だったと思う。彼らは柚葉には何も出来ないと高をくくっていたのだろう。

 いや、それ以上に、柚葉が何を思い、何を感じ、何をしたいと思っていたかなどそれほど重要ではなかったのかもしれない。

 ただ、恋という想いを利用して、目の届く範囲に置いておくことさえできれば、それでよかったのだ。

 それが必ずしも必要なことではなかったとしても、彼らは自分達の威信のために柚葉を縛ることを選んだ。

 何も知らない頃の柚葉であれば――バレないようにやってくれれば、柚葉は幸せだったかもしれない。

 まさに王子然とした容姿を持つ秀麗なカイファスに大切にされ、存在してくれるだけで国が救われると言われ、誰もに傅かれて。


 だが、柚葉は既に全てを知ってしまった。

 何も知らない頃には戻れない。

 流されるという楽な道を選ぶことなど出来ないのだ。


 「わたしもう、カイファスが知ってるユズハじゃないよ」

 「……」


 バルナスの温もりに包まれて緊張が解けた所為か、口調から余所余所しさが抜け、かつてカイファスと接していた頃のものに戻っている。

 しかしもう虚勢を張る必要はなく、構わず柚葉は続けた。


 「全部知ってるの。わたしを城に留めるために、わたしの気持ちを――カイファスを好きだって気持ちを利用したこと」

 「――!」

 「召喚のこととかも、わたしなりに調べた。あなたに説明されたことと、色々違っていたね?」

 「……っ」


 ぎりっと歯の擦れる嫌な音が響く。

 カイファスは柚葉がこれまでに見たこともないような険しい表情をしていた。

 少しだけ、カイファスの本性を垣間見れた気がした。


 「わたしの気持ちは玩具じゃないのに。今まで召喚されてきた子たちのだってそう……!」


 バルナスの大きな手が宥めるように背を上下して、込み上げる気持ちを鎮めてくれる。

 柚葉は深呼吸した。


 「……だからね、復讐することにしたの」

 「――待ってくれ、ユズハ。君はきっと勘違いをしている。この国には間違った情報も多く流れて――」

 「わたしの気持ちを利用したことは否定しないの?」

 「!!」


 表情の強張りは、明らかな肯定を意味していた。


 「……いいの、本当にもう、全部知っているから。今さら謝って欲しいわけでもない。でも、復讐はする。

 大丈夫。わたしは国とあなたに復讐するけど、きっとそれは国のためになる」

 「君は何を――」

 「覚えておいて? わたしとバルナスの命は繋がってる。わたしを城に連れ戻そうなんてしないで。そんなことをすればきっとバルナスがこの国を壊す。バルナスを殺すことは私を殺すこと。だから私を放っておいて。――静かに復讐のときを待っていて」


 そう言い置くと同時に、柚葉を抱えたままのバルナスが強烈な風を巻き起こし、空高く舞い上がった。

 見る間に小さくなる影を、カイファスはただ見送るしか術はなかった――。






鳥(バルナス)の影が薄い。

次話で補強しようと思います。

今までにない筋肉系ヒーロー。

でも岩のようなマッチョではナイヨ。細マッチョでもないケド。(…



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