9 民事不介入という言葉は嫌いだ。
別視点 名もなきモブ(ゲーム内)の話となります。
民事不介入という言葉は嫌いだ。善悪がはっきりしているなら、悪は倒して、善良な市民の味方となるべきだ。ローガン・リキッドはそういう方針を持つ警官だった。30歳手前のそこそこベテランながら現場主義な上に感情的で人情深い。勘違いでガサ入れをしたり、未成年と間違えて補導したりとヘマをすることも多く、出世からは外れているが、地元では愛され信頼されているおまわりさんで通ってる。
「これが事実なら許せないな。自分の子供をなんだと思ってるんだ。」
「医師の診断書と、配達業者の噂だけだから証拠としてはまだ弱いんですから、くれぐれも落ちついた対応をお願いしますよ。今回はまだ事情の確認なんですから」
「ふん、どうせ。玄関先やキッチンに無造作に証拠が置いてあるよ。アレはそういう手合いだ。俺の勘がそう言っている。」
心配そうな役場の職員を助手席に乗せてハンドルをにぎりながら、ローガンはふんと鼻をならす。
「まさか、この街で虐待の事案なんかが出てくるとはな、ガキを捕まえたことは何度もあるが、親を捕まえるのは初めてだぞ。そもそも俺はアイツが引っ越してきた時から怪しいと思ってた。」
また始まったと職員は溜息をついて視線を外へ向けた。ローガンの考えが、猪突猛進すぎるところはあれど怒りを覚えているのは職員もそうだった。平和な田舎の街において、非行もどきの少年少女を保護して親との関係を取り持つことはあっても、虐待や育児放棄というのは初めての事案だった。この職業になる前に研修としてそういう現場や事例に立ち会った職員からしても、ウッディ・リドルの所業は初めてのことであり、なにより許せるものではなかった。
ただし、それが事実であった場合だ。
リーフ・リドルは健康であると医師は診断したが、家族だけが知っている特殊な病気で、注射のあとは特殊な治療の可能性もある。父子家庭が諸々の手続きを遅らせてしまうこともある。限りなく黒に近くても、証拠を集めて冷静な対応が求められる。
一方的な思いで親子を引き離すことは、双方にとって不幸な結果になりかねない。一時的な保護をしつつ、親を支援し説得しより良い親子関係を手助けするのが自分たちの役割なのだ。
車道にパトカーを止めて、ローガンたち3人が車から降りると、ウッディ・リドルはせわしなく庭をウロウロしていた。その目はやや血走り、長いこと外にいたのか、革靴は汚れていた。
「どうも、リドルさん。ちょっとよろしいですか?」
車内での剣幕を隠し、ローガンはニコニコと笑ってウッディに近づく。
「お巡りさん? 何かごようで? いやそれよりも娘を知らないか?友達と遊びに行ったきり帰ってこないんだ。」
「まだ四時前ですよ。子どもが外で遊んでいても、不思議じゃないですよ。なにせ夏休みですから。」
「だからって、あの子はいきなり遊びにいって連絡もなく、まだ帰ってこない。こんなこと今まで一度もなかったんです。それに、今日は特別な日なのに。」
こちらに気づくや否や、詰め寄るウッディ・リドルの姿は子どもを心配する親のようであり、言葉は過保護なものだが、違和感はない。横から観察している職員の感覚では、一般的な父親のそれと変わらなく見える。
「そうですか、一応あとで、パトロール中の同僚とも共有しておきます。この時期は遅くまで遊び歩く子どもも多いから巡回も強化しているのですぐに見つかりますよ。」
「だったら、すぐにお願いします。あの子をすぐに呼び戻さないと。」
そこまで言うなら探しに行けばいいのに?職員たちは首をかしげた。ウッディ・リドルの足跡は庭中にあるのに、こうして自分たちが近づいても道路へはでようとしない。
一種の混乱状態なのかもしれない。外出を極端に嫌がる、あるいは外へでることへ強迫観念があるのかもしれない。と職員は心にメモをしながら、会話はローガンに任せた。
「で、リドルさん。実はですね。この家から異音と異臭がすると通報がありましてね。」
「な、気密は完璧なはず?」
「気密?」
「ああ、いや先日娘とBBQをしたんですが、肉を焦がしてしまって匂いがひどかったんだ。きっとそれじゃないかな。掃除と消臭はちゃんとしたはずなんですが、それかもしれません。」
「そうですか。」
ローガンは家をウッデイ・リドルを見比べ腕を組んで考え込む。異臭というのはローガンの出まかせだ。しかしウッデイ・リドルの慌てようは、怪しさがあった。
「念のため、家の中を確認しても構いませんか?それが一番簡単に疑惑が晴れるのですが。」
「あ、いや、それは困る。家の中には仕事で使う、繊細な道具なども置いているんだ。」
「そこは、立ち会っていただき、中を見るだけですので。」
「困る、仕事の関係で重要な情報もあるんだ。」
「・・・まあ、そう言われましても、こちらとしても確認をしないことには。」
ひょいと家の中を覗き込もうとするローガンの前に慌てて回り込むウッデイ・リドル。まるでコメディ映画のようなやりとりだが、そのすべてが、彼への疑惑を深めるものでしかない。
「そ、そうだ、時間を貰えないか。少しだけ片付けをさせて欲しい。それなら。」
「その言い方、まるでなにか後ろ暗いことでもあると思ってしまいますよ。」
「そんなことはない。なんだ、なんで今日になってこんな。」
がりがりと頭を掻きむしりながらウッディ・リドルは地団駄を踏んだ。
「落ち着いてください、こちらも公僕です。何も触りませんし、通報に関係しないなら口外もしませんから。ちょっとだけ中へ失礼しますよ。」
「まて、やめろ。家に近づくな!横暴だぞ。」
「いえ、見るだけですって、それとも正式な令状をとってきますか?このままだともっと面倒なことになりますよ。」
がしっとローガンの腕をつかんで引き留めるウッディ・リドル。だがこれもローガンの手の内だ。ギリギリ挑発にならない程度に相手を追い込み、手を出させる。
「やめろと言っているんだ。」
大声をあげてローガンを威嚇するウッディ・リドル。
間違いない。彼は何かを隠している。
大人たちは、確信をもって相手の次の手を考えるのであった。
ゲームの主人公でも、主人公でもなく、国家権力が真面目に働いた結果。悪役は普通に逮捕されました。




