87 愛とは一方通行なものだ。
話の終わりを告げるあの人。
愛とは一方通行なものだ。親が子供に愛情を向けるのは、自分の分身であり愛おしく思うから、恋人に愛情を向けるのは、自分の番として子孫を残すため。アイドルや有名人に黄色い声を上げるのも、それを尊敬し、その活動や人柄にほれ込んでいるからだ。
真の愛情は見返りを求めない。なぜなら愛している時点で、その欲望は叶っているからだ。
「けれど、それでは不安だから、注いだ愛情が相手に届いているか確認せずにはいられない。」
遠くへと走っていく車を見送りならが執行人は、満足げにそうつぶやいた。
いつもなら口ずさむフレーズも今回はなりを潜め、夕暮れの街中でひっそりとたたずみながら、道を走る車とその中で顔を青ざめている少年のことを思う。
「そりゃ、君。終了を告げるのが僕様君の役割だからねー。まだ終わっていないなら、役割はないし、仕事はしないよ。」
誰に言うわけでもなく解説する。
本来ならば、彼の登場はもっとあと数年後のことになるはずだったし、つい先日のことだったかもしれない。彼がいるのは役目ではなく彼の好意からくる行為であり越権行為であった。
「だって、あそこまで真摯にルールを守る子がいるんだから。身の破滅よりもルールを守るなら、こちらもサービスの一つぐらいはしてあげたくなるじゃないか。」
喜色の声とともに、染み出るようにその輪郭が浮かび上がるが、通りを歩く人達は彼には気づかない。
わずかに緑を含んだ黒いマントで全身を覆った体格は子どもサイズ。すっぽりと隠された顔の部分は空洞のように質感を感じられないが、ランランと輝く瞳には隠しきれない愉悦の色が混じっていた。
「まさか、またこの街に来るなんてねー。」
一年ほど前までは、米国でももっともホットなスポットであったが、ウッディリドルというプレイヤーの敗北によりリドルはちりじりになり執行人も、この地での再収穫を諦めていた。
だが、この街に残ったリドルのかけらは、消え失せる前に、とある噂と出会った。
ネットや噂の中で誰かがそれっぽく味付けをして、そのまま広まったお遊びのようなものだった。さも現実とばかりに並べられた根拠となる歴史に、ギリギリ実現可能な方法。叶ったかどうかがあいまいな、効果。すべてが絶妙なバランスで作られたそれは、話としては面白かった。だがそれだけだった。
「縁の緑」と名付けられたおまじないは、子どものお遊びであり、何の御利益も効果もあるわけがなかった。リドルとそれらが結びつくなんてこともありえるはずはなかった。
しかし、とある少女はそれを信じた。
叶わぬ恋とどこかで知りながらも、己の愛の深さを制御できず相手に惜しみなく注ぎ、おまじないのわずかな可能性を信じて占いを実行した。些細なきっかけをおまじないの効果と信じて疑わず、更にのめり込んでいった。
よくよく考えれば、彼女と彼が接点が増えたのは当然のことだ。それだけ彼女は彼を愛し、彼のために尽くし、彼の傍にいるための努力を惜しまなかった。
どんな幸運も不運も行動がなければ生まれない。彼女が感じたおまじないの効果は、彼女の行動と執念の結果だった。
「純愛。そう言っても過言ではないものかもしれないね。」
執行人もそのすべてを見ていたわけではない。面白い気配を感じて、ここ数週間の彼女を見守っていただけだ。そんな執行人の目からしてもおまじないが、彼女と彼の関係の進展に因果関係を結び付けるものだとは思えなかった。
それでも、彼女の行動が、街に残留していたリドルを呼びよせたのも事実だ。
気づけば彼女に染み付いたリドルは、彼女の愛を昇華し、強化し、支援した。確率では片付けられないほどの因果を引き寄せ、彼女の思考を補助し、人々から彼女を疑うという発想を薄めさせた。盗難紛いの行為や不自然とも思える行動をしながらも周囲が彼女に注目しなかったのは、リドルの恩恵である。
「リドルはルール、ルールはリドル。いかなる願いも不死も叶う。」
薬指に緑の毛糸を結び、相手の持ち物をしばる。
相手と自分の名前を3度唱えながら、持ち物と指がくっつくまで糸をぐるぐると巻く。
最後にそれを燃やす。
これを誰にも見つからないように行う。
糸の長さは任意だが、長ければ長いほど相手との縁が増えて仲が深まる。
おまじないの条件は、リドルのルールとなり、御利益は報酬となった。本来ならばリドルの存在を知覚し、その性質を理解し、ルールを設定し、リドルを育てることで願いが叶う。だが、彼女の純粋さと狂気はそれらの因果は愚か、リドルの存在を知らないにも関わらず、リドルを引き寄せ、僅かながらに育て上げた。
幾人もの顛末を見届けてきた執行人をしても、これは珍しい事例だった。本来の用途から外れたり、意図しない形でリドルが育ったことはある。しかしながら、リドルのリの字すら知らない少女がこれだけの成果を上げたのは初めてのことだ。
「おまじないを見られたときはもうだめかと、諦めるかと思ったけど、あれは傑作だった。」
その現場を目撃されたとき、彼女が冷静に相手の心を折った。
自分が何を目撃したのか、なぜ攻撃されたのか、そんなことを考える余裕のないほどの痛みと恐怖。それによって5人の学生が心と体に大きな傷をおった。その惨状はすさまじく、当事者を含めてあの状況の真実を知ることができたものはいない。あえて言うならば、執行人だけだろう。
「まあ、僕は人の範疇ではないからノーカンでいいよね。」
目撃という意味では、執行人にさんざん見られているが、それもまたご愛敬だ。
なにより執行人は、ルールの監視とリドルの回収が役目だ。リドルに関わるルールやゲームの枠組みからは外れている。
「リドルはルール、ルールはリドル。いかなる願いも不死も叶う。」
歌うように話しながら、執行人はゆっくりと夕闇に溶けていく。
「ただし、チャンスは一度きり。」
今後、少女がどのような未来を勝ち得るかはわからない。それでも彼女が失敗するまではリドルは彼女を手助けしゆっくりと成長していくだろう。
育った愛は惜しみなく、あの少年に向けられる。それによって少年がどうなるかはわからない。愛とは与えるものであり、与えられたものがどんな結果を生み出すか。それを知るのはもっと先の未来の話だ。
「失敗しない限りは、見守ろう。」
彼に印をつけたのは、リドルの気まぐれであり、執行人からのご褒美でもある。
「あれだけがんばっていたら、応援ぐらいしたくなるよね。」
遠く離れていいても、いや離れているからこそ、リドルは2人の縁を繋ぐために育っていくだろう。彼女はこれからもより慎重かつ狡猾におまじないを続けるだろう。
相思相喰 お互いを食い合って彼女とリドルはどんな姿を手にするのか。
また近いうちに遊びにこよう。
未来を楽しみにしつつ、執行人は今度こそ闇の中へと消えていった。
なんだかんだ、ファンタジーでホラーな要素はあったわけで。
相思相喰は、誤字でなく捏造です。
といったところで、この章は一区切り。次の章のプロト調整のために数日投稿が遅れますが、また縁がありましたらお付き合いください。




