86 彼と彼の家族がとった選択は自然なものだった。
色々と収束しつつ、ちょっとだけホラーな展開です。
彼と彼の家族がとった選択は自然なものだった。
「まったく、いい加減にしろよ。」
そう言って父親は、ジェレインの頭を一度だけ叩いて、彼を許した。
「そうよ、今がどれだけ大事な時期かわかっているの。」
そう言って母親はジェレインの行動を咎めつつ、荷物をまとめてしまった。
「ごめんなさい。」
本心がどうあれ、ジェレインは素直にその言葉を口にした。
一連の騒動で学校が騒がしくなり、ジェレインの周囲も色々とあれとなったため、ジェレインとその家族は引っ越しを数か月前倒しにして、街を去ることを決意した。
「そうですか、今後のジェレイン君の活躍を期待しております。」
「向こうでも頑張れよ、サインの価値をあげてくれ。」
見送りは、校長とバスケのコーチのみ。一足早い卒業の見送りはささやかなものだった。
「忘れ物はないな。」
学校への挨拶を済ませたら、そのまま引っ越し先を目指す小旅行となる。休憩を挟みつつ、日付が変わる前にたどり着ければラッキーらしい。
まるで逃げるようだ。いや、実際、逃げているんだ。
後部座席で窓を見ながら、ジェレインはそう自嘲した。
高校進学と共に彼が転校することは学内で噂になっていた。彼の進学先の学校の名前を知っている人は知っている。誰もが彼の栄転を喜び、祝福してくれた。
だが、別れを惜しんだり、彼の引っ越し先や連絡先を教えてくれと言ってくれたりするる友人はいなかった。
「がんばれ。」「応援している。」
そう言って、バスケ部のメンバーはメッセジーカードをくれたが、そこの言葉も表情もどこかほっとした様子なことも、彼は気づいていた。
携帯やSNSで連絡が取れるとはいえ、あまりに薄情だ。
そうやって恨み言を言ってやればよかったのだろうか、そんなことを思う一方で、納得はしていた。
自分に才能があるのは、小学校の時から分かっていた。かけっこは負け知らずだし、ボールの扱いは誰よりもうまかった。テレビで見ていたプロバスケ選手の動きを真似して見せたら、両親もコーチもほめてくれた。地元のバスケチームではすぐにレギュラーになれた。
「なんで、そこから投げて入るんだよ。」
「動きがおかしい。」
驚かれ、ほめられ、頼りにされ。いい気分になったが、すぐに物足りなくなった。同年代では彼の相手は務まらなかったのだ。
シーズン以外ではバスケができないことも不満で、街のコートで大人に混じって毎日のようにプレイをするようになった。
「この子の才能は本物です。」
そんなことを言われたのは、両親に頼み込んで参加したサマーキャンプのコーチからだった。広くてピカピカのコートに、手強いライバル。バスケ好きばかりでバスケのことに夢中でも怒られない。そんなキャンプを満喫していたら、迎えにきた両親にコーチがそう言った。
「ぜひとも、うちのクラブに参加してください。」
そのまま、戸惑う両親をコーチと共に説得して、彼の所属するクラブチームの練習に参加することになった。最初は通いで高校生のチームと一緒に練習し、高校生になったら寮へ入って本格的にチーム入りする約束となった。
本格的なクラブチームは実力も熱意も高く、地元のチームとは次元が違った。
「最高だ。この前はさあ。」
「ふーん。」
嬉々としてクラブでの話をしたが、周囲の反応は冷たかった。いや、今ならわかるが、当時の彼の熱量の高さに周囲がついてこれなかったのだ。
「それよりさー。」
露骨に話題を変えられることが何度かあって、クラブでの練習について友人たちの前に話すのはやめた。バスケ好きの彼からその話題がなくなれば、おのずと話すことが減った。そしたら、いつの間にかストイックなプレイヤーと言われ周囲から距離を置かれるようになった。
この時点で態度を改めていれば、今日のような寂しい別れにならなかっただろう。そう思わなくもないが、そのままで済ませたのも自分の選択だ。と彼は理解している。
そう思うぐらい、自称ファンという人間達や嫉妬したチームメイトの視線は煩わしかったし、彼はバスケに夢中だった。一方で、彼だって年ごろの男の子であり、女の子と仲良くしたいという気持ちがないわけではない。好みのタイプについて友人とバカ話をしたかった。
そんな思いとは裏腹に、熱心なファンはどんどん騒がしくなり、チームメイトからは嫉妬混じりに微妙な距離を取られるようになった。気づけば、気さくな話をできるのは新聞部の変人と言われる幼馴染だった。おのずと学校で過ごす時間よりも、クラブでの練習の時間の方が大きくなった。
彼の居場所はもう、街にはなかったのだろう。
彼の私物が盗まれるようになったのは、3年生になり、そんな生活にも慣れきっていたときだった。
「あれ?」
最初は靴下が長持ちするなと思う程度だった。バスケクラブの備品はマネージャーがまとめて洗濯にだしてくれるので、清潔なものが常にあったが、それにしても長持ちだと思った。
だが、ある日、コーヒーをこぼして消えないシミが着いてしまった靴下が練習終わりに新品同然のものに変わっていた。
「はっ?」
チームメイトのものと間違えたのかと思ってチームメイトや監督にもたずねた。彼の靴下は見つからなかった。コーチやマネージャーが気を利かせて取り替えてくれたなら一声あってもいいはずだが、それもない。
その後、異変は続いた。靴下やシャツなどが定期的に新品と交換されているのではないかと思い、彼はこっそり印をつけてみた。そしたら、それは事実だった。
気づいたときは、背中に冷たい物が伝った。私物を管理しているロッカールームはチームメイトなら出入りは自由だが、ロッカーには鍵がかかっているのでおいそれと、中身を持ち出せるものではない。新品に代わっているので気づかないが、一体いつから自分の私物はもちだされていたのだろう?
よく考えると、おかしい。そうおもってゴミ箱を調べたら自分の飲んだカップやストローなどもゴミ箱からなくなっていた。これもこっそり印をつけていたので、すぐにわかった。
分かってしまった。
「これは問題だな。」
「ええ。」
すぐにコーチに相談し、そのまま生徒指導の先生にも話がいった。こっそりとマネージャーやチームメイトにも相談した。が、犯人は愚か、確固たる証拠も見つけられなかった。
「ミザリーじゃなかったのは、よかった。」
犯人の候補が1人。証拠の怪しい動画が一つだけあった。
同じ小学校出身で少しだけ仲の良かった女子とそっくりな人物が盗みを働く動画を見たときは、自分の目を疑った。髪とメガネが特徴的だけど、それ以上に尖った性格な彼女は、今でも好感が持てた。あっさりと自分の潔白を証明した彼女の堂々とした態度は、新聞部の友人を思わせる図太さを感じて懐かしい気持ちにさせてくれた。
だが、彼女が犯人でないと、私物の盗難はますます謎めいたものとなってしまった。まるで、彼自身がうごかしたのではないか、そう思えるほど証拠もなく、彼の私物は入れ替えられていた。
「限界ね。」
「街をでよう。」
両親が引っ越しを前倒しにして街を離れる決意をするのにそれほど時間はかからなかった。
手口の巧妙さを考えると、先生や職員など学校関係者すら疑わしい。そんな場所に息子を通わせるわけにはいかない。もともと引っ越すつもりだった一家は、その日程を前倒しに、信頼できる親戚や知り合いにだけその事実を告げて、今日にいたった。
これを逃げると言わずになんというべきだろうか?
だが、知らないうちに自分の私物が持ち出されているという事実は、それだけの恐ろしさがあった。
「まあ、これで終わりだな。」
被害は学校の中だけ、引っ越してしまえば、これ以上悩まされることはない。両親の励ましなどなくても彼はそれを理解していたし、引っ越し先では、バスケ三昧の日々が待っている。
そう言う意味では、この事件には感謝である。もっと早く引っ越したいと思っていた自分の願いがかなったとも言える。生まれ故郷を離れることを両親はためらっていたが、親しい友人もほとんどいない母校は、彼にとってはどうでもいい場所になっていたのだ。
「これで、悪い縁がなくなると思おう。」
最近あった噂から、そんな言葉が漏れた。そうだ、悪い縁がなくなって、これからは良い縁が来るだろう。それは強がりでもあり、それ以上に希望であった。
そう思っていた。
「いた? なんだ?」
急に虫に刺されたような痛みを感じて手を見る。
「なんか、虫?いやそんなわけないか。」
洗車したての車に虫はいないし、どこかにぶつけた感じでもない。だが、その痛みは、彼を現実に引き戻すほどの衝撃があった。まるで、
「はっ、なんだよ、これ。」
身に覚えのない傷。やけどのようでありながら、もう痛みはない。だが、そこには何かで縛った後のような痣があった。
まるで、彼を逃がさないように紐で結んだかのような痛みだった。
???「ズットイッショダヨ。」
ジェレインさんの私物関係の事件は、迷宮入りしました。
次回も微ホラーかつ、「緑の縁」編は最終回の予定です。




